表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
17/70

逃亡②

 五体も相手に一人では無理だ。

 自分も続こうとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。



「え……?」



 サラは瞬きもせずに、セトの動きを見ていた。

 目を閉じたら、捕らえられないほどの速さだった。

 彼はゴーレムから距離があるところで、両手を地面につけた。

 ゴーレムを蹴るには足が届かないだろう。

 ──と、思っていたが、次の瞬間には両足でゴーレムの体を挟んで、簡単に地面に倒してしまっていた。


 ──どすんっ!


 土煙をまき散らしながら、ゴーレムの顔が半壊する。

 セトはすぐさま動き、腕をひねりながら足でゴーレムの頭を固定する。

 完全にゴーレムの動きをとめてしまい、心臓の辺りに拳を突き立てた。


 ──ドスッ!


 腕を鞭のようにふるい、くり出された拳はゴーレムの体を貫く。

 突き抜けた彼の手には白い紙が握られていた。

 セトは拳を引き抜くと、紙をサラに見せてくる。



「これこれ。これが護符。見えるかー? この頭文字を破いてやると……」



 彼は紙の一部をビリッと破いた。

 組敷いていたゴーレムが土にかえっていく。

 信じられない早業に、サラは呆気にとられていた。



「どうだー? わかったか?」



 呑気にセトが話しかけてくる。

 その間にも、彼の背後にゴーレムが迫ってきていた。



「後ろ!」



 とっさに声を出して駆け出した。

 だが、目の前でセトはゴーレムの拳をかわし、逆に腕をとって、肘鉄をくらわす。

 動きに無駄がなく自分の出る幕なんてなかった。

 彼は自分の想像よりずっと強い。

 それをまざまざと見せつけられていた。



「そっち、行ったぞ! そいつはあんたが倒せ!」



 一体のゴーレムが両手を広げて、こっちに向かってくる。

 サラは気をひきしめ戦闘態勢をとった。



 ──動きが鈍いな。



 アメリアが操っていたゴーレムより愚鈍だ。

 サラは一歩、踏み込み高くジャンプする。

 自分を捕まえようと手を広げていたゴーレムが空振る姿を目視。

 ゴーレムの頭上で旋回しながら、着地と同時に土を蹴った。



「はあああ!」



 肘でゴーレムの背後を壊す。

 確かこの辺りだ。

 ぼろっと崩れた土の中から白い護符が見えた。

 素早く手を入れる。


 破壊された箇所を修復しようと、生き物のように土がうごめきだし、手にまとわりついてきた。

 気持ち悪い感触に眉根をひそめ、腕を引き抜く。

 手の中の白い護符にはemeth──真理の文字が血で書かれていた。

 ゴーレムは体を反転させ、護符を取り戻そうと両手を高くあげた。



「頭文字だけ破れ!」



 セトの叫び声に、サラはeのところで紙を破く。


 ──どしゃっ


 自分を捕まえる前に、ゴーレムは砂と化した。



 ──倒せた。



 信じられなくて、破った護符をまじまじと見てしまった。



「やるなあ!」



 背後で一体のゴーレムを蹴り飛ばしながら、セトが軽快な声をだす。

 振り返ったサラは、すぐに彼の元に向かった。


 セトに吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたゴーレムが体を崩しながらも、ゆらりと立ち上がった。

 崩れたところが再生し、元通りになる。

 残りのゴーレムは、一体となっていた。



「今度は錬金術を使うから、あんたがとどめをさせよ? チーム戦だ!」



 セトはパンっと両手を叩き、右手だけを下にさげた。



「エメラルド・タブレット、オープン。再構成、開始」



 彼が手を地面につける。

 バチバチ!と閃光が走り、地面に転がっていた石と土が変形する。


 ──ドスッ! ドスッ!


 先端が石になった土の槍が地面から二本でてきた。

 両肩を貫き、ゴーレムの動きを止める。



「今だ! ぶっ壊してやれ!」



 セトの声が合図となり、反射的にサラは駆け出した。



「はあ!」



 心臓を貫くように拳をねじりあげる。

 赤い鱗で強化された渾身の一撃は、ゴーレムの体を破壊して、大穴を開けた。

 土に埋められた護符を見つけ、素早く手に取り破く。


 砂に還るゴーレムを見て、サラはほうと息を吐いた。


「やったな!」


 セトが拳をつきだしてきたので、軽く手を握りタッチする。

 満面の笑顔になったセトに、サラの唇も持ち上がった。



「パーティの初勝利だな」



 嬉しそうな声に、ふと手のひらを見た。



 ──震えていない……?



 いつも戦うと恐怖で震えていたはずの手。

 今は何事もなかったかのように静かだ。

 不思議に思って、手のひらを閉じたり開いたりした。

 敵が人ではなくゴーレムだったから、恐怖が薄かったのだろうか。それとも──


 サラは顔をあげてセトを見る。



「ん? どうした?」



 きょとんとする目を見ながら、安心感が胸に広がった。

 くすぐったいようなたまらない気持ちになって、はにかむ。



「んん?」



 自分のおかしな態度にセトは眉根を寄せている。

 それを見ていたら、ぷっと笑ってしまった。



「どうしたんだよ……?」

「笑ってすまない……お前は強いから、何かあっても助けてくれそうな気がしてな。安心して前にでれた。戦いやすかった」



 彼が背後にいると思うと、孤独を感じなかった。

 自分が戦わなくては、前に出て、みんなを守らなければ──という重圧がなかったのだ。

 それは、仲間を信頼していると口にしてても、無意識に背負っていたものだ。



 ──仲間なんだから、信頼して背中を任せてもいいんだな……



 心がすっと軽くなった。

 この戦いでセトへの信頼はぐっと増していた。


 セトは照れくさそうに頬をかいた。

 その時、馬の蹄の音が近づいてきた。

 サラは顔を引き締め音の方へ視線を向ける。

 跳ね橋から数体の騎兵が、こちらにやってきていた。


 すぐ人が集まってくる。

 サラは残りの聖女の力を発動させた。

 この力をつかえば、馬と同等ぐらいに足は速い。

 うまくいけば、まけるだろう。


 ──逃げるぞ。

 と、セトに声をかけようとしたとき、彼がこっちに向かって自分の荷物を投げてきた。

 とっさに両手で受け取る。



「逃げるから荷物、背負ってくれ」



 セトは錬金術をつかい、へその下に両手をつける。

 彼の下半身が一回り大きくなった。



「これでよし。ほら、背中に乗れ」



 セトが背中を向けて腰を落とす。

 この体勢は、おんぶしてやるということか。

 おんぶで逃亡……

 サラは状況が掴みきれずに目を丸くする。



「早くしろよ。人がきちまうだろ」



 訳がわからないまま荷物を肩にかけて、彼の背中に体を預けた。


 馬の蹄の音が近い。

 こんなことで逃げられるのか。

 疑問でいっぱいだったが、セトはよいしょっとサラを持ち上げると笑った。



「すげえ速いから、口は閉じておけ」



 反射的に口を引き結んだ。

 閉じた口を確認すると、セトは膝を曲げる。

 体勢が前のめりになり、自然と腕は彼の首回りへ。


 ──ダッ!


 一瞬のうちに頬に風圧を感じた。

 速すぎて周りの景色が見えない。

 あっという間に、母国は小さくなってしまった。


 森を抜け、平原を抜け、ぐんぐん加速するスピード。


 夜になる頃には隣のセヒア国にたどり着いていた。




 隣国セヒアは海が近い国で、大陸の玄関口と言われる場所であった。

 船に乗った冒険者や貿易商が多く出入りするこの国では、検問所自体がなく、二人はあっさり入国できた。

 深夜遅くのため、酔っぱらいが道端で寝ているくらいで、とても静かだった。


 セトはサラを下ろすと「フェアリーメイソンの所へ行こう」と言った。

 あまりに早く隣国に来てしまって、サラは拍子抜けしていた。

 セトの体はどうなっているのか不思議でならない。

 サラは人の気配がないのをいいことに、彼に尋ねた。



「お前の体は、不思議だな……」

「あぁ、そうだな。ロボットだからな、としか言いようがないんだけど……まあ、あんたから見たら魔法使いに見えるかもな」



 きししっとセトは笑う。

 魔法使いと言われると納得してしまう。

 昔読んだ話の中で雷を人がおとしたり、手から炎をだしたりする魔法使いの物語を見たことがあったからだ。

 それらは神話を子供向けにアレンジした冒険譚であった。


 自分もこっそり読んで、叱られたことがあった。

 兵法さえ学んでおけばよい、他の知識は不要と、幼少期はきつく言われていたからだった。

 そんな過去の出来事を思い出しながら、サラは改めてセトを見て微笑した。



「魔法使いか……本当にそんな感じだ。幼い頃は魔法使いの話に憧れがあったな……」

「へ? そうなのか?」



 きょとんとして立ち止まるセト。

 サラはくすくす笑い、胸に手をあてた。



「お前を見ていると、心臓に悪いが嫌じゃないんだ。自分でも不思議だけどな……」



 今の自分には聖女の立場も、誇りも何もない。

 絶望に落とされてもよいはずなのに、悲観しないで笑ってられるのはセトという不思議な不思議な魔法使いのせいだろう。


 セトはサラの微笑に驚き、ぽかんと口を開いていた。

 固まっている。


「どうした?」と声をかけると、セトははっとして顔を覗き込んできた。



「笑った……? なあ、今、笑ったよな?」

「──は?」

「なあ、もう一度、笑ってくんねえ?」



 サラは口を引きむすんで、眉を器用につりあげた。



「嫌だ」

「なんでだよ!?」



 サラはずかずかと歩きだし、セトは追いかけてくる。

 しつこく「もう一回」と言われたが、フェアリーメイソンの家に着くまで、サラの唇は持ち上がることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ