逃亡①
フロックとその妻に見送られて、サラたちは静まりかえった道を歩いて城壁へと向かう。
白いローブを着て、フードは目深に被っているが、人がいないので、かえって目立つ。
すぐに城壁で見張りをしていた兵士が気づいて、こっちを見てきた。
サラは歩きながら意識を集中させ、千里眼で砦の上を凝視した。声を潜め、セトに話しかける。
「警備兵が三人。弓を持っている。後は動いていないがゴーレムらしきものも数体見えるな」
セトがフードをつまんで、顔をあげる。
「あ、本当だ。あんた、目もいいんだな」
「……お前も見えるのか?」
「おれの目は人間の数倍、良いんだ」
セトの体はロボットなので、そういう仕組みがあってもおかしくはなさそうだが、自分と同じものを見ているのは変な感じだ。
セトはサラが無言でいても気にすることなく、左肩を回して結合部の動作を確かめている。
「そこの者! 止まれ!」
怪しい二人に気づいて巡回していた警備兵が叫んでいた。
「検問所は向こうだぞ! 止まらんと、射つぞ!」
ボウガンを向けてくる警備兵。
セトが目を輝かせてニヤリと笑う。
状況を楽しんでいる顔をしている。
サラは兵士を鋭く睨んだ。
なぜ、母国語で話しかけてくるのか。
ここは他国からの訪問者も多いため、【大陸共通語】で話しかけるのが常識だ。
「射つってさ。どうする?」
「……気になることがある。走るぞ」
言い終わる前にサラは駆け出した。セトも続く。
「こらぁ! 止まれ! 止まるんだ! 威嚇しろ!」
「はっ!」
威嚇の言葉にサラは眉間に皺を刻む。意識を集中させ聖女の力を解放した。
クロスボウの矢が二本、上からふってきた。
しかもサラたちの顔にめがけてくる。
これは牽制ではない。
サラは怒りを募らせ、おもいっきり片足をあげて、二本とも蹴り落としてやった。
セトが「わお」という間の抜けた声をだす。
「城壁の上に行きたい。壁に足場を作れるか?」
「え? あぁ、できるけど……」
「なら、やってくれ」
セトは錬金術を発動させ、両手を石造りの壁につけた。
壁の一部が凹み、その分、隣が盛り上る。
上まで登れるような足場がいくつもできた。
約五メートルはある壁を跳躍しながらあっという間に上りきったサラは、口を開けてこっちを見ている警備兵を睨みつける。
白いローブで髪の毛を隠しているので、相手はサラだと気づかないようだ。
唾を飛ばしながら、「止まれ!止まれ!」と喚いている。
サラは無言で兵に近づく。
クロスボウをもたもたしながら装填しおえた弓兵が構えをした。
弓兵は、見るからに鍛練が足りていない軟弱な体つきだった。
クロスボウを持つ手が震えて、狙いが定っていない。
クロスボウの矢は鉄製で重たかった。
レバー式で発射するタイプのものではないので、弓を引き絞るときに筋力がいる。
狙いを定めるのも熟練者でなければ難しいもの。
自分が率いた第二隊にいたら、この者たちにクロスボウなんか触らせない。
──第五隊の連中は何をやっているんだ!
戦争とは無縁なシペト駐在の兵たちは、戦闘能力が低下しているのだが、それをサラは知らなかった。
知っていたとしても、怒りはおさえられなかっただろう。
彼らの態度も、腕前も何もかもが気に食わなかった。
「と、止まれ! ええい! 射ってしまえ!」
短絡的な指示にサラは目を見開く。
「馬鹿者め!」
叫んで一気に警備兵に駆け寄った。
一人の弓兵がひるんで矢を放ってしまう。
もう一人も遅れて弓を射る。
──ヒュンヒュン!
鋭い切っ先が頭をめがけてきて、サラは歯噛みしながら体を横にした。
一本の矢を避けながら、矢じりを鷲掴みにする。
さらにもう一本も手で握って動きを止めて、石の地面に叩きつけた。
カキンっと、鉄の音を響かせて、城壁の隅に矢が転がっていく。
避けたら背後に駆けてくる兵士に飛んでいってしまう。
そんなことも分からない愚か者たちに、サラの怒りは頂点に達していた。
ひぃぃ!と、つぶれた蛙のような声を出した警備兵の胸ぐらをつかんで引き寄せる。
「さっきから聞いていれば、なんなんだ、その指示は! 貴様は味方と国民を殺す気か!」
「は、離せっ!」
警備兵が暴れた拍子にサラのフードがとれてしまう。
出てきた赤い髪と、頬の赤い鱗、緑がかった金色の瞳を見て警備兵は顎が外れそうなほど口を開いた。
「せ、せいじょさま……」
ぼそぼそと呟く声にサラの理性は戻らない。
乱暴に兵を突き飛ばす。
警備兵は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。
「貴様は不審者に対して弓で威嚇しようとしたな。母国語を知らない他国の者だったらどうする気だ! シペトにはウーバー国からの訪問客も多いんだぞ! 話しかけるなら大陸共通語を使え!」
サラの怒声に警備兵は口を開いたまま言葉を失う。
サラは後方で竦み上がっている二人を睨み付け、指をさす。
「そこのお前ら!」
「は、はいっ!」
「お前らは弓を使うな! クロスボウは他の矢より殺傷能力が高いんだぞ! 鍛練を積んでから弓を持て! クロスボウを持ったときに指が震えるなど、弓をもつ資格はない!」
「は、はぃぃ……!!」
サラは国防の最前にいたので、自身の率いる第二隊にはぬるい態度を一切許さなかった。
一瞬の隙が生死を左右するからだ。
今回の三人の態度についカッとなってしまったが、この時ばかりはダメだった。
「なぁなぁ。人目は避けたかったんじゃねえの?」
セトが壁を上ってきて、呆れた声をだした。
そこでようやくサラは我に返ったが、後の祭りである。
周囲は警備兵が集まり、なぜここに自分がいるのかという疑問の視線を投げかけていた。
やってしまったサラは思わず片手で顔をおおう。
その間にセトは錬金術を使い壁を元に戻すと、サラの隣に立つ。
近くにきた彼に小声で話しかけた。
「……すまない。つい……」
「まぁ、気持ちはわかるけど」
きししっとセトは笑う。
サラは穴があったら脱兎の如く逃げ込んだだろう。
自分の状況をわきまえずに突っ走ってしまった。
恥じ入るしかない。
加熱しきった頭を冷やして、困った状況を打破しようと考えるが、何も言わずに逃げるしかなさそうだ。
──セト。と声をかけようと口を開いたとき、姿を隠したままウンディーネが小さな声をだした。
「セト! あれよ! あれをやりなさい!」
セトはぽんっと両手をたたき、声を張り上げた。
「はっはっはっ! 聖女はおれさまが貰った!」
なぜか、彼の性格がとちくるったものになっている。
サラは動転しながらも、小声で話しかける。
「何を言って……」
「しーっ。黙っておけ」
セトは警備兵を目でとらえながら、サラの肩をなれなれしく抱いた。
「かーさんに読まされたロマンス本に、こういう奴がいたんだよ」
「は? ロマンス?」
「略奪愛とかなんとかってタイトルの本。おれはあんたを強奪してきたわけだし、悪者になっときゃこの場はおさまりそうじゃねえ?」
「何を言って……」
そんなめちゃくちゃな理由で彼らが納得するはず……
「……くっ。貴様! 聖女さまを離せ!」
信じている。
一部の兵士がセトに向かって敵意むき出しの目をしている。
サラはポカンとした。
セトは都合がいいとばかりにニタリと笑う。
「こんな国なんか捨ててしまえ。おれさまと一緒に愛の逃避行と洒落こもうぜ」
いつになく低い声で言われて、サラは生暖かい目になる。
セトはノリノリで自分をすばやくお姫様抱っこして、その体勢のままおもいっきり壁からダイブした。
「──っ!!」
五メートルもある壁から、まっ逆さまに落ちていく。
降下はしたことがあるが、自分で着地できないのは怖い。
サラは無意識にセトの首に腕を巻き付けしがみついた。
彼は城壁の周りにある堀も越えて、器用に一回転して膝を曲げて着地する。
サラを地面におろして、にかっと笑った。
「……今のも錬金術なのか?」
「いや、ただ運動神経がいいだけだ」
ご機嫌なセトに、サラはでたらめな奴だと舌をまく。
「に、逃がすな!」
「ゴーレムだ! ゴーレムを起動させろ!」
城壁にいる警備兵が騒ぎだす。
セトはサラを軽く押して、後ろに下がらせた。
頭上から黒い影が降ってくる。
──どすん! どすん! どすん!
土の地面に叩きつけられたゴーレムは、足を折りながら着地する。
砂を撒き散らしながらも起き上がり、体が元に戻っていく。
服を着ていない土人間たちだ。
ゆるりと立ち上がった五体のゴーレム。
不気味な様相にサラの全身に緊張が走った。
鋭くゴーレムを見据えていると、セトが一歩前に出る。
「ちょうどいいや。ゴーレムの倒しかた、教えてやる」
サラは仰天した。
「ゴーレムは五体もいるんだぞ」
「平気。平気。簡単に倒せる。錬金術は使わないからよーく見とけよ」
「しかし、腕が……」
「大丈夫だってっ!」
返事を言いきる前に、セトがゴーレムたちに突っ込んでいった。
執筆に集中するため感想欄を閉じております。
完結まで引き続き更新しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。




