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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第二章 世界の裏事情
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◼️王太子の誤算②

 過去を思い出して、ドルトルが口の端を持ち上げる。


 今ごろは、ホールで貴族たちが集まり、自分たちのことを先に聞いていることだろう。

 戦勝記念を兼ねた二人のお披露目パーティー。

 面食らっている貴族もさぞかし多かろう。



 アメリアは【七大貴族】の娘ではない。

 それどころか、無能と父親に罵られていたような娘だったのだから。



 上機嫌にくつくつ喉を震わせていると、アメリアが古代語で話しかけてきた。



『すべて順調でございますか?』

『そうだね。ちょっと怖いぐらいかな?』

『でも、サラさまはお怒りでしたわ。ポーションではあの傷は治せないでしょうし……』



 黒いポーションの回復効果は、フル回復に及ばないと二人は把握していた。



『そうだね……でも、手負いにすればサラは力を使えない。弱らせておけば、どこにもいかないでしょ?』



 アメリアは軽く肩をすくめる。



『そうですが……少しおかわいそうでしたわ。どうして、あそこまで深く傷を与えたのですか?』



 アメリアが不思議そうに尋ねる。

 自分を非難しているわけではなく、純粋にわからないといいたげな顔だ。



『……なんでだろう。致命傷を与えるつもりはなかったんだけど……』



 ドルトルはサラを刺した手のひらを見つめる。

 生々しい感触に心が高揚していた。

 ぐっと手を握り、虚ろな笑顔になる。



『……安心したかったのかな……』



 アメリアは口を開いて、笑顔を消した。

 彼女を見ることなく、ドルトルは幻想を瞼の裏に描く。



不死鳥(せいじょ)の両翼をもいでやりたかったんだよ。サラは僕のことを置いてきぼりにして、すぐに誰かの為に跳んでいっちゃうからね』



 彼女は強いが、防御を考えない戦法をする。

 聖女の力の制限──呪詛──のせいで、前に出るしかないと分かってはいるが、それでも前にですぎだ。

 傷を厭わない果敢な背中を何度、見たことだろう。

 それが、どれだけ歯がゆかったか。


 すぐに助けに行きたいのに、それはできなかった。

 王宮を守る第一隊しか任せてもらえず、その部隊も貴族会議で承認を得なければ動かせなかった。



『サラは、聖女に身も心もがんじがらめにされたんだ。小さい頃は、はにかむ顔がほんとうに可愛い、ただの女の子だったのに』



 ドルトルしゃま、と呼んでいた頃を思い出す。

 見せてくれなくなった笑顔に想いを馳せる。



『だから、かな。気づいたら、鱗を深く貫いていたよ』



 踏みにじられすぎて痛みを感じなくなった心の痕をなぞりながら、ドルトルは唇を持ち上げた。

 アメリアは薄く開いていた口を閉じて、言葉を口からこぼす。



『サラさまは頑なでございますからね』



 ドルトルがくくっとリズムを刻むように笑う。



『分かりやすく可愛がっていたんだけどな。ちっとも伝わらない。僕を男としてみていたかも怪しいよ。やっぱり、手っ取り早く抱いておけばよかった』



 半目して平然と言うドルトルにアメリアが軽く肩をすくめる。



『まぁ。ふふっ。そのようなことをおっしゃって……泣かれるのがお嫌だったのではありませんか?』



 ドルトルが足を止めた。

 アメリアも足を止めて、ほほえみながらこちらを見る。

 瞬きを繰り返した後、胸を膨らませて長い息を吐き出す。

 全身の力を抜くと、ドルトルは首をふった。



『……なんで、君には分かるのかな』

『光栄でございますわ』



 ドルトルは頭の後ろを手でかく。

 短く嘆息したあと、ゆっくり足を動かした。


 サラは手に入り、貴族には冷や水を浴びせられる。

 すべてが順調に進んでいた。

 上機嫌のまま廊下を歩き入り口に着いたとき、ドルトルは足を止めた。



「王太子殿下、王太子妃殿下のご入場です!」



 声高に紹介をされて、演奏が始まる。

 一斉に上を向いた貴族たち。

 二階から見下す二人は穏やかな笑顔の仮面を付けなおす。

 アメリアは純白のドレスの端を大きく広げて深く腰を落とした。

 両翼を広げる鳥のようなカーテシーは、王族に名を連ねる者にしか許されない最上の礼。

 それを見た一人の貴族娘は目を見開きアメリアを睨む。

 呆然と口を開く者もいて、貴族たちは張り付いた笑顔をしている者が多かった。


 アメリアの手を引きながら、螺旋階段を降りていく。

 会場に下り立つと、貴族が腰を落として頭を垂れた。


 会場を見渡すと、サラの部隊で副官をしていたヤルダーが、ミゲルをたしなめている姿が見えた。


 頭を下げないミゲルに苛立ちの顔を見せている。

 冷静な彼にしては珍しい表情だ。


 ミゲルは自分を見たまま仁王立ちしていた。

 眼光鋭い右目が、なぜ──?と問いかけている。

 ドルトルは答えるように呟いた。



「僕はあの時の誓いを守っただけだよ……」



 ドルトルは彼から視線をはずして、腰を持ち上げた貴族に柔和な笑みをみせる。



「おめでとうございます」



 うわべだけの祝辞を次々と述べていく貴族たち。

 張り付いた笑顔を見ながら、算段を立てていく。



 ──さて、誰を残そうか?



 貴族の顔を見ながら、自分の王国に必要な人材を選んでいった。



 見た目は華やかな時間を過ごしていると、サラが拐われたという報告が耳に入ってきた。


 アメリアにこの場を任せ、足早に執務室へと向かう。



「僕が直接、取り調べをする。責任者を連れてきて」



 軽薄な眼差しで指示をして、聞いた近衛兵は駆け足だした。



 *


 椅子に座らず、立ったまま護衛の責任者を酷薄な眼差しで、ドルトルは見下ろしている。

 膝をついた護衛官は唇まで青くして、サラが拐われた経緯をこと細かく説明した。



「君の話を要約すると、突然表れた褐色の男が()()を使って、砂のゴーレムたちを無効にし、君たちも倒してサラを奪ったというわけだね?」

「は、はい……そ、その通りでございます」



 青ざめた男が必死で頷く。



「砂のゴーレムたちを無効にしたのなら、その男は錬金術に詳しいってことかな?」

「……あれが錬金術というものなのか……とにかく、魔法のように一瞬で砂にしてしまったので……」



 男の話はドルトルからしてみれば、ありえない話だった。

 道具もなしに錬金術を使うことは、アメリアのように、【黒いマモノエキス】を使うしかない。

 彼女はマモノエキスできたハイヒールを履いているから、魔法のように錬金術を使える。

 相手も特別なものを持っているということだろうか。

 そうなら、かなり厄介な相手だ。

 一体何者なのか容姿を聞いても見当がつかない。


 彼女の護衛には自分が率いている第一隊の中でも、ゴーレムを最も上手く操っていた者を付けた。

 サラが目を覚まし、暴れたとしてもゴーレムがあれば自分が行くまでの時間くらい拘束できているだろうと思っていた。


 それなのに、こんなことになるなんて。

 サラを怪我させたままにしたことを後悔した。



「話は分かった。今までご苦労様。後は神の裁きを受けるといいよ」



 ドルトルが薄いほほえみを男に向ける。

 男は信じられないと目を血ばらせ、頭を床に擦り付けて懇願した。



「神の裁きだけは……どうか……!! どんな処罰も受けます! この首をいますぐ落としていただいても構いませんので!!」



 ドルトルは嘲笑した。



「首を落として処刑なんて、帝国みたいなことはしないよ。君もこの国の者なら知っているはずだ。

 罪をおかしたものは、審判の崖に手足を拘束され生きたまま、火炙りにされる。罪が軽ければ、炎が君の魂を浄化して、天に昇らせる。

 罪が大きければ、雨が降り炎は消される。火傷から体が朽ちはじめて、長く生き地獄を味わうだろうね」



 ドルトルの瞳に慈悲はなかった。

 男は唾を飛ばしながら喚きドルトルの足にすがろうとしたが、近衛兵によって取り押さえられる。

 そのまま引きずられるように部屋から出ていった。


 扉が閉まると、ドルトルは近衛兵に部屋の外に出るように手で合図した。

 誰もいなくなった部屋で控えていた影に指令を出す。



「今すぐシペトにゴーレムを飛ばして。馬より鳥の方が早い」



 影はすっと消えていく。ドアが閉まる音を聞いてドルトルは小さく息をもらす。

 逃げるなら帝国側でなく南にあるシペトからだろう。

 ゴーレムの配置をサラがいない間に各部隊にしておいてよかった。

 いや、それでもどこの者か分からない者にサラを奪われた屈辱はぬぐえない。


 視線を感じて窓の外を見ると、白い鳥が窓の外の枠にとまってこちらを見ていた。目が合い、忌々しげに睨む。


 鳥は不死鳥を思い出す。

 自分の最愛のものを奪った存在に憎しみしかない。



「……サラは僕のだよ。聖女だろうと、誰であろうと、彼女を奪うものは許さない」



 ぼつりとつぶやくと、黒い眼の白い鳥はみじろぎもしなかった。

 それを背後にドルトルは動き出す。


 ここから彼の計画は徐々に狂っていったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 結婚してから力を奪えば成功したろうに、やり方にこだわると面倒ですねぇ(^^)
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