◼️王太子の誤算①
王太子視点は裏のお話です。
ダークファンタジーです。
読める人だけ読んでください。
サラがいた国の王家は、なんかいっちゃってる人がたくさんいるやばい国……ぐらいの認識でいてもらえれば、読み飛ばしても大丈夫だと思います。よろしくお願いします。
サラにポーションを飲ませて、大聖堂に向かわせた後、ドルトルとアメリアは祝賀パーティーに出席するために、正装に着替えた。
「いこうか、アメリア」
ドルトルが腰をかがめて、白い手袋をした左手を差し出す。
椅子に座っていたアメリアは白い手袋をした右手を差し出した。
彼女が立ち上がると、フリルまで純白でまとめられた王太子妃のドレスに視線をうつす。
「よく、似合っている。もう足はいいの?」
「ありがとうございます。ポーションを飲みましたから、足はこの通り問題ございません」
アメリアはスカートの裾を持って、ゆっくりと腰を落とす。
美しい所作をして、優美にほほえんだ。
彼女は黒いハイヒールを履いてサラと戦った。
鍛えられたサラの攻撃をかわせたのも、ゴーレムを操れたのも黒いハイヒールを履いていたからだ。
しかし、細身のアメリアが黒いハイヒールを使うと全身の筋肉疲労が激しい。
サラが倒れた後、アメリアもすぐに倒れた。
それもポーションを飲んでしまえば、すぐに回復できる話であった。
ドルトルの満足げな視線を見て、アメリアは、錬金術師が使う常用語──【古代語】で話しかけてきた。
『ほんとうはサラさまにこのドレスを着て欲しかったのではないですか?』
ドルトルは碧眼を二度、まばたきした後、涼しげな笑顔になり古代語で返す。
『昔はね。でも、そのドレスは堅苦しすぎて、サラには似合わないかな……』
脳裏に純白のドレスを身につけたサラを想い描く。
ドレス姿は成人してから、数えるほどしか見たことがないが、いつも緊張して困った顔になっていた。
思い出して、くつくつ喉を震わせ、笑いを噛み殺す。
『すごく可愛い顔をしてくれそうだから、やっぱり見ておけばよかったかも』
そう言うと、まぁと声を上げて、アメリアはほほえんだ。
二人は控えの部屋を並んで出た。
二人が歩く廊下は、等間隔に燭台があり、異様に明るい。
幅も広くはなく、二人が並ぶと誰かとすれ違うことはできなかった。
廊下の入り口は、太陽のように輝いていた。
三段作りのシャンデリアが光をホールに浴びせているせいだ。
ここは王宮の大ホールの二階にあたる。
王族と名を連ねる者しか歩くことは許されない場所だった。
ここをサラと歩んだことはなかった。
夢見た日もあったが、それはもう過去の出来事だった。
*
千年近く続く、宗教国家アーリアでは、時代錯誤ともいえる制約があった。
母国が奉るロスター教では、近親婚が尊ばれた。
昔は兄妹同士が最上とされていた。
その結果、煮詰まった血は出生率を下げた。
ドルトルも王妃がやっとの思いで産んだ子供。
彼女は産後のひだちが悪く儚くなっている。
王族の直系の子供はドルトル、サラしかいない。
ドルトルからみると、サラは叔父の娘。いとこだ。
王族の役目は二つある。
玉座に座る者は、血を繋ぐ男子を産ませること。
玉座に座れないサラの父親のような他の子供の役目は、聖女になる娘を産ませることだった。
その為、サラ自身は知らされていなかったが、上に何人か兄がいた。
その兄たちは産声をあげる前に、白いおくるみにくるまれ静かに息をとめられた。
サラの父親は、自分が聖女の父になることに特に固執していたため、とても残酷で、無慈悲なことが行われていたのだ。
サラの父親が聖女を産ませることにこだわったのは、兄に対する劣等感ゆえであるが、この国では長く聖女が不在であったのも要因だ。
先代の聖女と王家の間でもめ事が起きて、以来、百年近く王家からは女子が産まれなかった。
サラは待望の聖女であった。
今の国王は王妃を失って以来、王宮内の礼拝堂にこもりっきりで、国政に無関心だ。
国王は貴族の出してきたものを、承認するだけの人であった。
国王に代わり、七つの都市をおさめる【七大貴族】が中心となり、政をしていた。
国政には口を出さないが、王太子妃は王の承認がいるという慣例は残っていたため、次の王妃──ドルトルの伴侶は【七大貴族】の中から選ばれるだろうと、貴族たちは予想をしていた。
そのため、貴族は娘が産まれると熱心な教育をした。
それに呼応するように、貴族の娘は淑女教育が一般的となった。
アメリアも苛烈な教育をうけた一人であった。
ドルトルが成人の年を迎える十五歳に彼の婚約者が決まり、十八歳の年に王太子妃が誕生する予定だった。
ドルトル、十四歳。婚約者が決まる前年、貴族の反発をかうことを承知で、サラを婚約者にしたいと会議の場でいった。
その場はざわめきたった。
「サラさまは聖女であらせられますぞ。聖女は神の使い。結婚できる相手ではございません」
貴族たちが口々に言う中、虚ろな目をした王が口を開く。
「ドルトルよ。サラは人ではなくなったのだ。愛情は捨てよ。あれを人とは思うな。
お前の役目は、聖女が謀反を起こさぬよう監視をし、時に甘言を述べ感情を支配し、聖女が反旗を翻したときは、【賢者の剣】で粛清し、国を守ることだ」
十四歳のドルトルは嫌悪で眉根をよせる。
彼が守れというのは国民ではなく国の体面だ。
好きな人と愛を交わすことも叶わない国など滅んでしまえばいいと、どす黒い感情に飲まれそうになる。
「一年後……私が成人した時に開かれる剣闘大会でミゲル将軍に勝てたら、サラが婚約者だと言うことをお許しください」
ドルトルの声に貴族たちがざわめいた。
「ミゲル将軍といえば、辺境の要。国内一の剣士ではありませんか……」
現在はサラの配下にいる隻眼の老兵ミゲルは、元々国境を守る将軍であった。
現役の将軍と、青年と呼ぶにはまだまだな体つきのドルトル。
勝てる見込みはなかった。
「ミゲル将軍はお強い。王太子殿下の御身を傷つけるような振る舞いはなさいますな……」
一人の貴族が言うが、ドルトルは鋭い視線を向けた。
「有事には聖女を屈服するのであれば、それぐらいの力がないとできないと思いますが」
ドルトルの声に貴族は押し黙る。
「分かった……」
「陛下……!」
「お前の気の済むようにすればよい……だが、恋慕を抱いてもどうしようもないぞ。これは定めだ」
国王の言葉にドルトルは沈黙を返した。
一年後。ドルトルは貴族の予想を裏切り、ミゲルの左目を傷つけ勝った。
勝ち取ったサラとの婚約者だったが、貴族の反応は冷ややかだった。
正式な手順を踏んでいない婚約。
王の口添えがあったとしても、軽いものだ。
──王太子殿下は一時の熱に浮かされているだけだ。いずれ目が覚める。その時はわが娘を国母に。
その当時、誰もドルトルが思いを貫くとは、思っていなかった。
年を重ねるごとに変わらない思いを抱くドルトルに対して、貴族たちは策を巡らせたが、すべて無駄に終わる。
着飾った娘をあてても、「僕の婚約者はサラですから」と、ドルトルは笑顔で言った。
功を焦った貴族の一人が、ドルトルのベッドに娘を忍び込ませたが、彼は娘を容赦なく剣で切ろうとしたこともあって、事態は膠着していたのだった。




