協力者③
サラは表情を険しくして、フロックから新聞を受け取った。
紙面は文字しかない。
トップニュースには、アメリアが王太子妃に選ばれたことが発表されていた。
他にもドルトルが推し進めていた帝国との停戦条約を実現する方向で近く会談が行われること。
次世代の聖女に、アメリアが選ばれたことが書かれていた。
──戦う時代の終わり。次は戦いのない平和な時代へ。
その象徴として人を癒すポーションを開発したアメリア=ロンバールを新聖女にする。
今まで戦ってきた聖女サラ=ミュラーは功績をねぎらい、大聖堂にて神の祝福を受けている。
戦いが終わると、神に勝利の報告をしていた。
その儀式をしていることにされているらしい。
サラは食い入るように新聞を見つめ、読み終わると指先に力をこめた。
紙がよれて、皺ができる。
国は自分をお払い箱にした。
もう聖女ではない。
力があろうとなかろうと関係なく聖女サラはいなくなった。
平和な世の中に、戦う聖女はいらない。
それはそうだろうが、胸中は複雑だった。
ドルトルとアメリアが愛し合って、手を取り合い、新たな時代を作るというならきっと歓迎していた。
傷つく覚悟はできていたのだから。
でも、そうではないから余計に苦しい。
国の新しい時代に、自分だけ居場所がないのは切なかった。
黙ったままのサラに、フロックが鞄を差し出す。
「私は詳しいことは分かりませんが、サラさまの味方でございます。国を出るというのなら、ここに必要なものを入れました」
フロックの申し出にサラは驚く。
「セトさんがノームさまの所に行くとおっしゃってましたので、もしかしたらと思い準備しておきました。私たちのもので申し訳ありませんが、お役に立てれば幸いです」
フロックから鞄を受け取った。
大切に使い込まれた革製の鞄は艶やかに光っていた。
「なぜ、貴殿は私を逃がそうとする。……聖女の力を持ったまま逃亡する私は反逆者だぞ?」
フロックは笑顔のままだった。
「国の方針がどうであろうと、あなた様こそ聖女さまだと思うからです。後で下にいる妻に会ってやってくれませんか? サラさまにご挨拶したいと言っております。妻に会えば私が言っていることもお分かりになられるでしょう」
ほほえまれ、サラは首を縦にふった。
「服装も私のものでよければお使いください」
フロックは旅人が使うような革製のズボンとブーツ。
シャツや腰ベルトなどを渡した。
「若い頃、ウーバー国へ旅したときのものです。……サイズが合えばよいのですが……」
「それなら、おれがサイズ調整してやる。着てみろよ」
サラは頷き、その場で着替えようとした。
フロックが慌ててセトの背中を押して部屋を出る。
「え? おれも?」
「女性の着替えに立ち会うものではないですよ」
「あぁ、そっか」
パタンと音を立てて扉がしまった。
サラはセトに作ってもらったワンピースを脱ぎ、フロックの用意してくれたものに着替えた。
サイズは靴が大きいくらいで後は緩いくらいだ。
「終わったぞ」
声をかけると二人が入ってきた。
セトはサラを見てにっと唇を持ち上げる。
「そういう格好も似合うな」
褒められてもサラは答えることができずに、手を前に組んで指を動かした。
「……そうか?」
「うんうん。似合う、似合う」
「……そうか」
あまり連呼しないでほしい。恥ずかしくなる。
セトは笑顔のままでサラに近づくと、ワンピースを作ったときの動作をして、あっという間にぴったりのサイズにしてしまった。
後ろにいたフロックが感嘆の声をだす。
「いつみても見事なものですね」
「そうか? さてどうやって国から出るかなー」
セトは窓際に立って、砦を鋭く見据える。
「おー、すげぇ人が集まってんなー」
「お前はどうやって国に来たんだ?」
「ん? 正式な通行書をもらってきた」
セトは雑嚢の中から通行書をだした。
そこにはウーバー国、公認錬金術師の名称がかかれていた。
「ウーバーでは錬金術師の試験があってそれにパスしたんだ。だけど、あんたはないし、ここはひとまず派手に正面突破するか?」
セトが悪戯っ子のように笑う。
サラは首をふった。
「あまり派手にやると人目につく。民を巻き込むのは避けたい。だが、夜は砦に火がつく。一晩中、明るい。どのみち見張りの兵には気づかれるだろうな……」
サラはセトの横に立って窓の外をみた。
二階の窓からは石で舗装されたメインストリートが見えた。
他国との玄関であるシペトは活気がある街だが、今日は閑散としていた。
ストリートには人が誰もいない。
サラはフロックを見る。
「人がいないようだが、今日は何かあるのか?」
「あぁ、それならば多くのものは大聖堂に向かっているようです」
サラは意味がわからないと片方の眉をあげた。
フロックはゆるい笑みを見せた。
「戦が終わるとサラさまは大聖堂で神にご報告をいたしますよね? その間、みなも大聖堂の近くにいき、同じように祈るのです。ご尊顔を見ようと多くの者が出払っています」
フロックの言葉にサラはそういえば、と思い出す。
大聖堂で一晩、報告をした後に外にでると大勢に囲まれた。
すぐに馬車に乗せられてしまうので、手を振るぐらいしかできなかったが、遠いこの地からも来る者がいるとは驚きだ。
「なら、ちょうどいいや。壁に穴開けて堂々と通ればいいじゃん」
セトが明るい調子で言う。
「壁に穴か?」
「すぐ作れる。気になるなら、ちゃんと塞ぐ」
突拍子もないことを平然と言うが、彼ならやりそうな気がする。
「そうするか」
「決まりだな」
とんとん拍子で決めてしまい、一つ息を吐き出す。
窓の外から、もう一度、母国を見た。
仲間と共に守ってきた国をこんな形で去るとは思わなかった。
それに、なんとも形容しがたい不安感が胸にある。
自分が去ったとき、この国は大丈夫なのだろうか。
あの黒いポーションは本当に大丈夫なものなのだろうか。
考えて、苦く笑った。
「私ができることなんてないのにな……」
他の人の心配している余裕などないのに、心の隅ではこの国の人のことを考えてしまう。
自分は聖女ではなくなったというのに。
「どうした?」と、セトが声をかけてきた。
「少し、不安でな……」
「不安?」
「黒いポーションのこととか、色々だ」
「そっか。なら、おれの腕の修理が終わったらまた戻ってくるか?」
提案されたことに、ぎょっとする。
「簡単に言うな……相手は一筋縄ではいかないんだぞ?」
「そっか。なら、腕を直して準備万端にすりゃいい。それに、おれの仲間は頼りになる奴らばっかだし、協力してくれる」
陽光が差し込んで、セトの笑顔はいっそう眩しく見えた。
「……そこまで付き合わせるわけにはいかないだろう……お前を危険にさらす」
「危険なら、余計、一緒にいたほうがいい」
セトは間髪いれずに笑顔で答える。
「おれはあんたと居ると楽しい。ほっとけねえんだよ。だから、パーティを組もう」
セトは右手の拳をつきだしてきた。
「パーティ?」
「冒険者同士がチームを組むとき、【パーティ】って言うんだ。
互いにないものを補って戦うのがパーティだ。
おれは錬金術が使えるし、あんたには鋼の武器がある。おれたちが組めばどんな相手でも、ぶっ飛ばせるだろ」
にかっと笑ったセトを見ながら、サラは目尻をゆるめた。
仲間ができたような高揚感があふれた。
共に戦う人がいるというのは心強い。
──と、考えて、セトを仲間と見ている自分に気づいて驚いた。
あまりに彼が真っ直ぐすぎて、心が動かされているのだろう。
気づけばサラの口元には微笑が浮かんでいた。
「……パーティか。いい言葉だな」
セトが突きだした拳に、自分も拳を作って軽くつけた。
「宜しく頼む。セト」
名前を言うと、彼の瞳が大きく開いて揺れた。
不意にセトが自分の手を握って引き寄せた。
ふわり──と、羽がついたように体が軽くて、彼の体に吸い込まれていく。
窮屈なコルセットも、鉛のように重いドレスも着ていないからだろうか。
心を沈めるハイヒールもなく、自分を律する鎧もない。
ただのサラ・ミュラーになって、セトの体に受け止められていた。
すっぽりとおさまってしまった体勢に困惑する。
「……なぜ、抱きしめている?」
「…………さぁ、なんでだろ?」
セトが疑問で返してきて、サラは訝しげな顔をした。
セトは口をすぼめて、やや乱暴にサラの後頭部をつかむと、顔を自分の胸に押し付けてくる。
ちょうど彼の心臓の辺りにひたいがきて、不思議な熱さを感じた。
チャークラがあった場所だ。
その熱が自分の頬にうつって、居心地が悪い。
感情が高ぶっているせいかドキドキする。
「理由がないなら離せ……」
「……いやさ……おれもそうしたいんだけど、なんか離れがたいというか、なんというか……」
ゴニョゴニョといいよどむセト。サラは眉根をよせる。
「パーティというのは、こういうこともするのか?」
「いや、その……たぶん?」
「たぶんなのか……?」
「…………たぶん」
数秒の沈黙後、声を出したのはフロックだった。
「セトさんに任せれば大丈夫そうですね」
にこにこと笑うフロックに、セトはがばっと両手を上げてサラを解放した。
フロックは深く頭をさげた。
「セトさん、どうかサラさまをお守りください」
セトは真剣な顔で「任せておけ」と言った。
下の部屋に降りると、フロックの妻がいた。
彼女はサラを見ると、頬を紅潮させて近づいてきた。歩き方がぎこちない。
「サラさま……聖女さま……」
妻は瞳を潤ませて、深々と頭を下げる。
「故郷のアントラを守ってくださってありがとうございます」
それにサラは息を飲んだ。
「貴女は国境の町の出身なのですね……」
妻は顔をあげて、両手を胸の位置で組んだ。
「はい。子供の頃、アントラは帝国との争いでひどい有り様でした。兵士の方々は勇敢に戦ってくださいましたが、牧場を踏み荒らされることも多く……その時に私も足を失いまして……」
彼女はロングスカートの端を持ち上げた。
片足が機械のものだ。サラは息を飲む。
「……義足です。この国では禁止されておりますが、主人とよくよく話し合った結果です。お許しくださいませ」
欠けた部位を他のもので補う行為を国は禁止していた。
葬儀をするときに鳥が啄めないからという、それだけの理由からである。
フロックが妻の隣に立ち、彼女の体を支えた。
「私が自動人形を作っているのは機械の便利さ、素晴らしさを広めたかったからです。機械に対して抵抗感が薄れれば、義足もいずれは認められるかもしれないと一縷の望みがあります」
フロックの信念は心に響いた。
──私は戦うばかりで他のことは見えていなかったんだな……
自分の無知を恥じながら、サラは二人に対して礼をする。
「話してくれてありがとう。あなた方の志は立派だ。……義足のことを早く知っておけばよかったな……今の私ではあなた方に何もできない。無念だ」
妻は「いいえ」と首をふる。
「勿体ないお言葉ですわ。サラさまは私の故郷の救世主。感謝をしてもしきれません」
彼女の言葉に、沈んだ気持ちが救われるようだった。
サラは微笑を浮かべる。
「貴女の故郷をみなと守れてよかった。心からそう思える。ありがとう」
手をだすと、恐縮しながらも妻は握手をしてくれた。




