協力者②
フロックはサラを見ると、その場で腰を落とし、両手をついて頭をさげた。
最上の挨拶をされて、サラはベッドから腰を持ち上げる。
自分が声をかけないと、フロックは声をだすこともしないと思ったからだ。
サラは困惑を隠して、フロックの前に立った。
「顔をあげてくれ」
フロックはゆっくりと立ち上がり、皺の深い目尻をゆるめる。
「王宮でお会いした以来でございますね。またお目にかかれて光栄です」
フロックはまた頭をさげた。
彼と初めて会ったのは王宮で開催されたパーティーでだ。
ドルトルが開催したパーティーで、彼の自動人形の技術を紹介され、彼と言葉を交わしたことがあった。
「貴殿がここにいるということは、ここはシペトか?」
「左様でございます。ここは、最南端の街シペトです。窓から国境の門が見えると思いますよ」
フロックに促され、サラはセトを気にしつつも窓に近づく。
遠くに城壁があり、検問所がある。
あそこから他国からの訪問者を迎え入れている。
警備兵が交代で見張る厳しい検問所だ。
通るためには通行証が必要になる。
今まで見えていなかった自分の場所に、サラは違和感をつのらせ低い声でセトに尋ねた。
「王宮からシペトまでは早馬で三日はかかる。私はずっと寝ていたということか?」
「いや、寝てたのは三時間くらいだな。あれから一晩しか経ってねえよ」
「それでは辻褄が合わない」
「ちょっぱやで走ってきたんだ」
平然と言いきるセトにサラは目を据わらせる。
どうやってそれをしたのか理解できない。
「サラさま、彼の言うことは正しいです。昨晩、王宮で祝賀パーティーが開催されました。今朝の新聞にものっています。ご覧になりますか?」
サラは口を引き結んで頷く。
フロックは表情をゆるめた。
「わかりました。すぐにご用意いたします。朝食もお持ちしましょう。お加減が良くなってよかったです」
フロックの言葉にサラは短く息をはき、疑問を口にした。
「……貴殿はこの者たちをよく知っているようだ」
「隠していて申し訳ありません。私はウーバー国で土の精霊ノームさまの存在を知り、【フェアリーメイソン】になった者です」
フロックは精霊と人をつなぐ【フェアリーメイソン】の一員だと言った。
この世界の機械系の技術は土の精霊ノームが派遣する小人が教えているのだと彼は語った。
手のひらサイズの小人が人間よりも高い技術を持って、夜に教えるのだそうだ。
フロックも初めて小人を見たときは大変驚いたと話して、天井にあるタペストリーを指差した。
「このタペストリーは、小人方に技術を教えてもらっている様子をあらわしたものです。
小人が人間に対して四角いものを見せているのが分かりますか?」
「見えるな……」
「あれは【タブレット】と、呼ばれる機械です。何千冊ともいえる本の知識があの中につまっています」
サラは驚いて目を開く。
「何千冊もか……? あの小さそうなものに?」
「はい」
フロックは穏やかな声で話すが、サラは想像できなくて首をひねってしまう。
「小人の他に【ドワーフ】という低身長の精霊もいます。彼らは私たちの言葉を理解して、小人の言葉を通訳してくれたりしました」
そこまでいって、フロックは昔を思いだしたのか小さく笑う。
「私はどうしても小人から直接、話を聞きたくて彼らの言語を必死で覚えました。懐かしいです」
その一言で、彼が小人たちを心から信頼し、尊敬しているのが伝わってきた。
「私の自動人形の発展は、彼らの助力があってこそです」
「すると……貴殿は精霊に教えてもらって自動人形を開発したと言うのか……?」
「はい。ウーバー国でも学びましたが、細かい助言はノームさまが派遣された小人たちによるものです」
ハッキリと言われてしまい、サラは唸った。
信じられない話だが、空想とも言えない話だ。
今は姿を消しているが自分もウンディーネを見ている。
本当に精霊たちはいるのだろう。
不思議な話だ。
便利な機械を精霊が教えているなど。
フロックは話を続けた。
【フェアリーメイソン】という組織は、国境を越えた組織だという。
ウーバー国には本部があるが、その存在は限られた者しか知らない。
「精霊に害をなすものが現れたら大変ですからね。厳しい規律があります。それにノームさまは、人の世に自分の存在を広めることを好んでいません。精霊と人は住む世界を分けるべきだと考えておられるようです」
「だから、存在を隠しているのか」
「はい」
サラは深く息を吐き出すと、セトが声をだす。
「人間ってのは、異質な存在を認めないって奴もいるし、悪用しようとする奴もいるからな。ま、【フェアリーメイソン】がいるおかげで、おれもアジトが作れているし」
セトは冒険者として世界を巡る旅をするとき、必ず【フェアリーメイソン】を訪ねていると付け加えた。
彼は二年間、この国にいると言っていたが、協力者がいれば動きやすいだろう。
会話に区切りがついたところで、フロックは朝食の用意をすると言って出ていった。
残されたサラはまたベッドに腰かけた。
たくさんの知らないことを聞かされて、頭を落ち着かせたい。
セトが近づいてきて、少し離れてベッドに座る。
「怖い顔してるけど、どうした? 気になることでもあるのか?」
心配げにこっちを見てくる。サラは嘆息した。
「知らないことが多すぎて困惑している」
「あー、まぁそうだよな……」
セトは体をサラの方に向けた。
「あんたにとっては知らない世界かもしれないけど、おれにとっては当たり前の世界なんだ。だから、なんつうか……おれたちは敵じゃねぇって思ってくれると嬉しいかな」
迷子になった子犬のような顔をされて、返答に困った。
「なぁ、あんたはこれからどうしたい?」
「え?」
「あの王宮には戻りたくないんだろ? なら、一緒に国を出るか? おれは腕の修理があるし、ノームじいさん所に行かなきゃいけねぇから、今日中にはこの国を出るつもりだ」
セトはぴょんっとベッドから弾みをつけて、降りた。
「付いてきてもいーし、ここに残りたかったらそれでもいい」
サラは驚いて声をだす。
「目的はいいのか? お前は体が欲しいんだろ?」
「欲しいけどさ。あんたから力を外すのはリスクが高いし、別の方法を探すよ」
あっけらかんと言われてしまいサラは開いた口が塞がらない。
口を閉じて思案する。
フロックにこのまま匿ってもらうか。
でも、いつまで?
自国にいればドルトルに見つかる可能性が高い。
フロックだってただではすまないだろう。
ならいっそ、セトに付いていった方がいいのではないか。
残るのも動くのもリスクを伴うのなら、動く方を選択する。
サラは覚悟を決めた。
「お前と共に行く。連れてってくれないか?」
セトは乳白色の目を丸くした。
「え? 一緒に行くのか?」
すっとんきょうな声をだされて、サラは不満げな顔をする。
「なんだダメなのか?」
「いや、ダメじゃねーけど……ちょっとびっくりして。だって、おれのこと不審がってたし……」
図星をつかれて、わずかに動揺する。
「お前のことはまだ半信半疑だ。だが、私はお前の使う錬金術のことを知りたい」
言葉を切って、サラは深く息を吐いた。
「私は殿下に捕まりたくないんだ」
その言葉を皮切りに自分の事情を説明した。
セトは唖然としていた。
「っていうと、なにか? あの王子はお前を好きだから聖女の力を強制分解するっていうのか?」
「そうだ」
「マジかよ……丸一日、焼く? なんだそりゃ。そんな錬金術、聞いたことねえぞ?」
セトが顎に手をあてて思案顔になる。
「しかも、聖女の命を使って賢者の石を錬成するって、大原則から外れたことしてんじゃねえか」
「大原則か?」
「錬金術は、不可能を可能にする夢みたいな術だけど、命を代償にしないというのが大原則だ。
10の力を作るのに、1を10個集めて作らなければいけない等価の世界。
10の力がないものを11にするために命を犠牲にすることを禁止している。
錬金術ってのは、医術でもあるからな。
人殺ししてまでやるものじゃねえよ……あんたの国の錬金術は、代償魔術って感じ……」
そこまで言って、セトは顎に手をあてる。
「魔術要素が強い錬金術……ゴーレムたち……──【言葉の錬金術】か?」
セトは呟くと、顔から表情を消した。
ロボットのような感情のない顔に、サラは薄く口を開く。
「それはないだろ……あれは三百年前の錬金術だ。今に使い手がいるなんて……占い師でもあるまいし、いるわけナイ……じゃあ、あの黒い液体の成分はナンだ?」
ぶつぶつ独りごとを言うセトの話についていけなくて、サラは口を開こうとするが、先に彼が話しかけてきた。
「なあ、あんたはあの黒いポーションを飲んでたよな? 飲んだときドウだった?」
どことなく機械っぽい声にサラは聞きたい言葉は飲みこんで、質問に答えた。
「……喉ごしは悪かった……草の匂いが強かったな……ポーションの力に驚いて私を含めて高揚していたな……」
「うーん。それだけじゃわかんねえな……」
セトは腕組みをして考え込んでしまう。
その時、また部屋のドアがノックされた。扉を開いたのはフロックだ。彼は朝食を持たずに、新聞と旅人が持つような鞄を持っていた。表情は固い。
「サラさま、セトさん。城壁の護衛の数が異様に多くなっております。新聞にかかれてある聖女さまの交代と関係あるのでしょうか」




