協力者①
セトに視線を戻すと、彼はぽかんと口を開いていた。
瞬きだけを忙しく繰り返している。
じっと見ていると、セトははっとして心臓の辺りのシャツを掴む。
「どうしたいかって言われても……」
弱くなった声にサラは不信感を募らせる。
「お前は体が欲しいから、私の力を求めたんだろう? 目的を達成したいのなら、私の回復をせずにさっさと分解とやらをすればよかったんだ。なのに、殺さずにいるのはどうしてだ? 助けてくれたことに関しては感謝するが、私はお前が何を考えているのか分からない。お前は私をどうしたいんだ?」
吐けと念を込めて語気を強くする。セトは口をはくはくさせて、視線をあちらこちらに散らばせた。
──なんだ? 何を隠している?
今までペラペラしゃべっていた口は強くひき結ばれ、脱兎のごとく逃げ出しそうな様子。
セトはじりじりと後ろに下がっているから、サラは追い詰めるように視線を外さない。
「どうしたいって言われてもな……おれもそこまで考えてねえよ……」
セトは背中を丸めた。
小声で言われて、サラの眉がぴくりと動く。
「……考えてないだと……」
地を這うような声で尋ねると、セトは体をますます小さくする。
「……いや、おれも最初はあんたの力目当てだったし、奪ってやろうと思ってたよ? その為にあんたのことつけ回して色々調べてたし。けど……」
「けど?」
「…………なんか、話してみたら、楽しくて……」
「楽しい?」
「……あんたはおれがホムンクルスとか、ロボットとか知っても頭から否定しないし、おれの話も聞いてくれるし……その……楽しくて……」
しどろもどろに話すセトを見ながら、サラは警戒を少しだけゆるませた。
「……楽しかったから、殺さないということか?」
「殺す気なんて最初からねえよ」
「……お前の目的を達成するには私を殺すしかないような気がするが、違うのか?」
「っ……そんな短絡的なことはしねえよ! おれは人を殺すのはいやだ!」
歯切れの悪い答えに嘆息する。
セトはばつの悪そうな顔をするばかりだし、サラはどう受け止めていいのか分からない。
重い沈黙が二人を包んだときだった。
「まどろっこしいわあああ!!」
彼の肩周りの空気が揺れだして、七色に光りだした。
光りはみるみるうちに小さな女性の人型になる。
サラはぎょっとした。
七色の女性は目をつり上げて、セトに向かって叫ぶ。
「セト! 素直にサラさんが好きだって言いなさい!!」
「か、かーさん……」
かーさん?
この人ではない者が彼の母親なのか。
そういえば、話の流れで彼の母親は【はじまりの精霊】の一人だと言われていた。
精霊と思うと、妙に納得する容姿だ。
観察をしている間にも、二人は自分を無視して言い争う。
「まったく! あなたったら、ずっとサラさんを見てはニヤニヤしていたじゃない! ほら! サラさんがラバ肉をおかわりするとき、うまそうに食うなーって、ニヤニヤしてたでしょ! 」
「……ニヤニヤって……口は勝手に笑ってるなと思ってたけど……」
「いいえ! いいえ! ニヤニヤしてたわよ! 可愛いなって思ったでしょ!?」
「可愛い? ……普段と違っていー顔してるなとは思ったけど」
「それを可愛いって言うのよおおおお! かーさんの目は誤魔化せないわよ!」
女性はセトの服を小さな両手でまくりあげる。
褐色の肌があらわになり、心臓の辺りを指差した。
そこには丸い円が描かれている。
一度見たときより色がハッキリしていた。
「ほら! 【愛のチャークラ】がハッキリしてきたじゃない! このチャークラはセトにかけがえのない人ができたら出るようにしたものなの!
ノームとシルフと一緒にかーさんが記したマークだから間違いないわよ! あなたがサラさんに好意を持っているっていうなによりの証拠よ!」
女性が叫ぶとセトは押し黙った。
サラは置いていかれた状況に嘆息する。
割り込むように声を出した。
「話しているところすまない……」
一斉に二人がこっちを向く。
女性はサラを見たあと、自分の姿を見て、セトの服を離した。
鬼のような形相が一変して、にっこりとほほえむ。
「あら、やだわ。わたしったら……ほほほ」
女性はサラに近寄ってきた。
サラの手のひらぐらいの小ささだ。
ウエーブがかかった髪が彼女が動くたびに波打つ。
軽やかに飛ぶ姿は、童話の本から飛び出した妖精のようだった。
「はじめまして、サラさん。わたしは【はじまりの精霊】の一人。水のウンディーネ。セトの母親よ」
愛想のよい笑みを浮かべたウンディーネに、戸惑いながらも名乗った。
「……サラ=ミュラーだ」
「まぁ、まぁ! 精霊を見てもドン引きしないで、ちゃんと挨拶してくれるのね。ほんと、いい子」
よしよしとウンディーネが小さな手でサラの頭を撫でる。
頭を取られるのは戦士の最も嫌うことのはずなのに、嫌な感じがしない。
妙に気恥ずかしい。調子が狂う。
「色々なことを一度に言われて混乱しているでしょう? でも、信じてほしいの。わたしたちはあなたから力を無理やり奪うようなことはしないわ。サラさんは、わたしの姉妹の末裔だもの」
そう言って彼女はセトに向かって話していたことを説明してくれた。
サラマンダーを探していたのは事実だが、それとは別に自分のことを気に入っている。
ウンディーネは可愛い姪っ子みたいな気持ちで自分を見ていて、セトはサラ個人が気に入ってしまった。
彼の体にはホムンクルスとボディを繋げる【チャークラ】という術式がある。
人でいうと心と体を繋ぐものだそうだ。
チャークラは全部で七つあるそうだ。
「例えば、首のところ。ここにもチャークラがあってね、力が弱くなると、コミュニケーション力が落ちるの。言葉に詰まったり、思いがうまく言えなくなるのよ。セトを見て、少し薄くなっているのが分かる?」
セトの首を凝視すると丸い模様がある。
褐色の肌になじんで薄いと言われれば薄い。
「チャークラはセトが人間らしく動くカラクリよ。でね。この胸にあるのが、愛のチャークラ!」
ぺろんとセトの服をたくしあげて、心臓の辺りのマークをウンディーネが指差す。
「長く出てなかったチャークラがサラさんを見ていたら出たのよ! セトはサラさんに好意を抱いているってことよ!!!」
鼻息荒く力説されてもなるほど!そうなのですね!とは思えない。
サラは真顔のままセトを見た。
「そうなのか?」
セトは顎をそらして、挙動不審になる。
「……まぁ、そうなのかも?」
「かもなのか?」
「っ……好意なんてよくわかんねえよ」
セトがやけになって声を荒らげる。
「お前はわかんのかよ。好きとか嫌いとか。誰かを愛しているとかあんのか?」
問いかけられサラは言葉に詰まった。
──愛しているよ。
ドルトルの言葉が耳によみがえる。
彼がくれたのは愛は、自分を支配したいという欲求。
あれは愛とは違うもの。
そう思うのに、じゃあ愛するとはどういうことなのか見えてこない。
自分なりに彼を好きだったと思うが、今はやりきれない思いだけが残っていた。
サラは自嘲の笑みをもらす。
ゆるく首をふって、本心をこぼした。
「……愛している人はいない。私にも好意はよく分からない」
沈んだ声をだすと、二人は神妙な顔をして黙った。
サラは深呼吸をした。
感傷に浸っている暇はない。
過去を引きずっていたら、歩けなくなってしまう。
顔をあげて、じっくりと二人の顔を見る。
二人とも心配そうな顔をしていた。演技とは思えない。
騙し討ちするような気配もない。
彼らの言葉を信じて、自分に好意的と見ていいのだろうか。
ドルトルから逃げる為に力を貸してくれそうか。
それともまた裏切られてしまうのか。
窓から眩しい陽光が差し込んできた。
いつまでもグズグズしているわけにもいかない。
逃げるには一度、国外に出た方がいいだろうか。
しかし、国外へ逃亡できるような知り合いはいない。
ならば、自国で身を潜ませているか。
自分を匿ってくれるような人たちは……と考えてゆるく首をふる。
誰もがドルトルの手の内にいた。
ふと、信頼している仲間──ヤルダーとミゲルの二人の顔が脳裏を過ったが、すぐに打ち消す。
彼らには家族がいる。
ドルトルを敵に回したら、どうなってしまうのか。
巻き込めない。
長い沈黙をおしまいにするように部屋のドアがノックされる。
反射的にサラは身構え、力を集中させた。
セトが落ち着けと声をだす。
「たぶん、あんたも知っている人だ。そんな警戒をすんな」
セトはドアに近づいた。ウンディーネは姿を消す。
警戒を解かずにドアを鋭く見ていると、ドアが開いた。
そこにいたのは、壮年の男性。
見たことがある人だった。
サラは警戒を解いて目を見張る。
彼の名前はフロック。
国内で自動人形を開発している人物だった。




