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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第二章 世界の裏事情
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謎の錬金術師④

 なぜ、彼は自分にこんなに懸命になってくれるのだろう。


 何より不思議なのは、セトから敵意を感じないのだ。


 ドルトルとは違う理由で聖女の力を狙ったというのなら、手の内を明かしすぎだ。

 錬金術師なのも、ゴーレムの話も黙っていれば、自分よりも優位に立てただろうに。


 サラから見るとセトの行動はちぐはぐで、自分の敵と切り捨てられなかった。



「おい! 黙るなって! 心配になるだろうが! 腹が減ったのか? ……おかしいな。エリキサーを飲んだら、腹はすかねえはずなのに。なんだ? 眠いのか? 疲れたのか? どこか痛むのか? なぁ、おいっ!」



 自分の肩を揺らすセトが必死すぎて、ますます警戒がゆるむ。

 こんなに真っ直ぐな感情をぶつけられるのは、いつぶりだろう。

 ラバ肉をご馳走してくれた少年を思い出してしまう。



「落ち着け」



 サラはセトの頭を両手で掴んで動きをとめる。乳白色の瞳が眼前で丸くなった。


 その目を見ながら、セトがここにいる理由を知りたいと心から思った。



「お前の目的はなんだ? なぜ、私を助けた」



 真意を吐けと目で訴えると、セトは丸くしていた瞳を細めて不敵に笑った。



「いいな、その目。やっぱ、あんた、格好いいや」



 嬉々と輝きだした瞳に、サラは動揺しない。



「ごまかすな。理由を言え」

「言うよ。だから、離せって」



 サラは厳しい眼差しのまま、セトから手を離した。



「んー。何から話すかな」



 悩むセトに驚く。こんなに素直に話してくれるのか。



「そうだな。あんたに近づいたのはその賢者の石に興味があるからだ」



 セトはサラの首を指差した。そこは聖女の力の名残り──赤い鱗が見えている箇所だ。


 ──やはり、と思うと同時にますます理解ができない。


 力を奪いたいなら、自分が寝ている隙に奪ってしまえばいい。

 なのに、彼は自分を完全に回復してしまった。

 力を回復させないといけない何かがあるのか。



「この力になぜ、興味があるんだ?」

「おれがホムンクルスだから」



 セトは指を一本立てて胸をさした。



「あんたも見ただろ? フラスコの中で眠っているおれの姿。

 今はこのボディのおかげで、あんたとも話せているし、手足も動かせているけど、ボディがなければ、おれは何もできねえ。生きているけど、死んでいるようなもんだ」



 卵形のフラスコで丸まっていたセトの姿を思い出して、サラは沈黙した。

 彼は晴れやかに笑っているが、自分がその立場なら笑えない。

 当たり前だと思っていたことができない心境とはどういうものだろう。



「おれは自分の体が欲しい。何かを食って、うまいって感じてみてえな。人間ってさ、うまいもん食うとき、すげえいい顔すんだよなー」



 くくくっと楽しげに喉を鳴らしながら笑うセトに、なんと声をかけていいか分からなかった。

 セトは無言のサラを見て目を細くする。

 にっと持ち上がった口元は、気にするなと言っているようだった。

 正面を向いていたセトが体を横に向ける。ベッドから足を投げ出してブラブラ揺らした。



「自分の体が欲しくてさ。この世界に散らばっている賢者の石の伝承を元にかーさんと旅をしてきた。

 賢者の石ってのは、名前を変えて色々あるんだよ。エリキサー、太陽の花に、ペリカン、仙丹(せんたん)。オリハルコンっていう金属もあったな」



 セトは足をとめて目をつぶると、体を倒した。

 ベッドの上で大の字になる。



「なぁ、おれって何歳に見える?」



 不意の質問に話を聞いていたサラは彼の顔をじっと見た。

 意図がわからないが、話の流れにのる。



「……若く見える。私と同じくらいか、年下か?」

「ブーー!!」



 セトが目を閉じたままおもいっきり声を出す。

 サラは仏頂面になった。

 彼は片目だけあげて、自分をみてニヤリと笑う。



「三百歳」

「──は?」

「だから、三百歳。つっても、最初の百年はフラスコの中にいるだけだったけどな。結構、年寄りだろ?」



 年寄りというか、考えられない年だ。

 自国の平均寿命は六十歳なので、真実なら彼は人からかけはなれている。


 変な感じだ。

 話していることも、彼の人間になりたいという願いも理解できるものだというのに。


 セトは体を横にして肘を立てて頭をのせた。真っ直ぐな瞳と目が合う。



「賢者の石の伝承を辿っていけば、【はじまりの精霊】のひとり、サラマンダーに会えると思っていた。はじまりの精霊は錬金術のいわば大元だ。おれが体を持つためのレシピをつくれると思ったんだよ。ようやく会えたな」



 深く吐き出すような声は重さがあった。彼が何を抱えて今までを過ごしていたのか、すべてを察することはできないが、平坦な道ではないように思えた。



「そうか……お前の目的はわかったが、【はじまりの精霊】とはなんだ?」

「あー、んー、言ってもいーけど、びっくりすんなよ?」



 セトは体を起こして真剣な顔をした。



「あんたが住んでいるこの星は、ひとりの神様が錬成したことから始まったんだ。神様は大地と空気を錬成したあと、

火の精霊(サラマンダー)】【水の精霊(ウンディーネ)

土の精霊(ノーム)】【風の精霊(シルフ)

 四人を錬成して、生き物を作るようにいった。だから、サラマンダーははじまりの精霊って言われているんだ」



 神が世界を作ったという話は驚くことではなかった。

 ロスター教では創造神アフラ=マズダが大地と空、そして人間を作ったと言われていた。



「神が世界を作ったか……それが真実かはわからないが、理解はした」

「まじか!?」



 セトが前のめりになって、サラの顔を覗き込む。顔が近い。サラは反射的に顎をそらした。



「めちゃくちゃな話だと思わねえの?」

「……私は国の神話を聞かされて育ってきた。神の存在を知っている」

「あー、なるほどな……」



 セトは体をひいて、自分の顔を右から見たあと、左からも見て正面を向いて短い息を吐いた。

 ふっと彼の口元がゆるむ。



「ほんとうに驚いてないんだな。おれの話も平然とずっと聞いてるし、面白い奴」



 観察してくる視線に、サラは目を据わらせる。



「色々と聞いて、これでも驚いている。それで? お前はこの力をサラマンダーと言うが、私は不死鳥であると言われてきた。間違いじゃないのか?」

「あぁ、それな。うん。おれにも分からないんだけど、あんたの力の元は火に強いトカゲ──サラマンダーのはずだ」

「……なぜ、そういいきれる」

「かーさんが言っていたからだ。おれのかーさんは、【はじまりの精霊】のひとり、水のウンディーネだ」



 精霊と聞いてサラは顔をしかめる。



「それではよく分からない」

「まぁ、そうだよな。でももし、不死鳥なら、鳥なんだし鱗じゃなくて羽毛がでているはずだ」



 びしっと言われて、サラは言葉につまった。

 羽毛と言われると妙に説得力がある。



「あんたの鱗は強度があるみたいだけど、フェニックスの羽毛は強いものじゃない。あれは、五百年の命が尽きて、炎に入れば復活できるっていうだけで、見た目がキレイなただの鳥だ。

 あんたの力の元はサラマンダーだ。

 指で【スキャン】したときに材質を確かめたから間違いない。

 サラマンダーは火につよいトカゲで鱗もあるし、あんたが力を使うときはサラマンダー特有の緑の目になる。だけどなあ……」



 セトは眉をあげて、頭をがしがしかきむしった。



「サラマンダーの鱗も強度はないんだよな。あんたの戦いをみたけど、鳥みたいに跳躍してたし、変なんだよな」

「変……なのか?」

「変だよ。トカゲは跳ばねえだろ」



 砂の中にもぐる小さなトカゲを思い出す。

 鳥みたいに跳ばなかった。

 セトは顎に手をあてて、首もとにある赤い鱗を観察する。



「サラマンダーなのに、サラマンダーぽくない。なんつうか、戦闘向きに進化したって感じだな。分解して、成分をみたくなる」



 何か恐ろしいことを言われたような気がする。

 セトはこの力をたやすく解き放てるということか。サラは体を一気に緊張させた。



「……分解したいということは、やはり貴様も殿下と同じことを考えているのか」

「落ち着け。目がトカゲになってる。殿下と同じってなんだよ」



 サラは口をひき結んだ。

 セトは嘆息して、全身の力を抜く。



「よくわかんねえけど、あんたにあの王子が何かしよーとしたのは知っている。それをあんたが嫌がっていたこともな。あんたの力に興味はあるし、なんでそんなんになってのか知りたいけど、無理強いはしねえよ」



 本当だろうか。

 サラは心を静めて、もう一度彼を見た。隙だらけだった。

 今、逃げ出そうと思えば逃げれそうなくらい気迫も何も感じない。

 彼の言葉を信じてもいいのだろうか。


 セトは表情を引き締めた。



「分解してみてぇけど、あんたの持つ賢者の石は特殊だ。人に同化して力を与える賢者の石なんて聞いたことない。

 おれの頭の中の【レシピ】には、錬成方法も分解方法もない」



 セトが自分の頭をとんとんと指で軽く叩く。



「【レシピ】?」

「……えーっと、魔法でいうと呪文みたいなもんだな。錬金術を発動するには、作り方や分解方法を記したレシピがいる。おれの頭には、ありとあらゆるレシピが入ってんだよ。

 で、レシピ通りにやらないと錬金術ってのは発動しないか、イレギュラーなことが起こる。最悪、素材を全部ダメにする。

 おれが無理やりあんたを分解すれば、あんたを殺しかねないってことだ。そんなこと、したくねぇよ」



 裏を返せば、セトは自分を殺す術を持つということだ。今まで見せられた錬金術というものを見る限り、はったりだと言いきれない。

 ──殺される。

 彼にもたやすく殺されるかもしれないという恐怖はサラの心を暗くした。

 彼とこのまま居てもいいものか迷う。


 サラは鋭くセトを見たまま重い口を開いた。



「殺す気はないというのなら、私をどうしたいんだ?」



 核心を突く。

 セトが素直に言うとは思えなかったが、答え次第ではすぐに逃げようとサラは目線だけで窓を見る。

 ガラス窓。力を使えば簡単に割れそうだ。


 いつの間にか、外は朝もやがかかっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『何かを食って、うまいって感じてみてえな』 これは力になってあげたくなりますね! [一言] ゾロアスター教! 今回は設定てんこ盛りだったのに自然に読めてしまうのはネーミングの妙だと思いま…
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