シドの国番外編 偽善者でもない大悪党
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時間軸は盗賊の国に行く直前くらいです。
いつの世も弱肉強食が必然である。無論、護衛も連れずに集落から遠く離れた森を進む世間知らずがいれば、当然それを狩る者もいる。
「た、助けて……」
「祈り一つで飛んでくる便利な神でもいればいいネェ」
胸ぐらを掴まれ命乞いをする少女を、粗暴な格好の女は太った男の方へ「あげル」と放り投げる。汚らしく鼻息を荒げる男は、幼気な少女の身包みを剥ぎ服をまさぐる。
「へへ……さんきゅー……これで金貨の1枚でも出りゃあナァ」
馬車から出てきた別の女が男をからかう。
「オメェどうせモテねぇんだから、取り分そん子だけで十分だろ」
粗暴な女も馬車に乗り込み、顔だけを覗かせる。
「アタシらコッチの端金で我慢するからヨ。ホラ、早く走らせロ」
女は顎をしゃくって男に指図する。
「ったく……人使い荒いよナァ……」
「た、助け……お願い……します……」
男はブツブツと文句を言いながら少女を破いた衣服で縛り上げる。
「お嬢チャン可愛いから我慢するかナァ」
吐息を馬のように荒くしながら、不気味な笑顔で口づけをしようとする男。
「いっ……!嫌っ……!!」
少女は首をブンブンと振って拒絶するが男は止まらない。
「だっ誰かっ!!!」
「ハイ誰かですっっっ!!!」
突然威勢の良い女性の声と共に、少女は高速で動く何かに首根っこを掴まれて姿を消した。男は突き放された衝撃で思わず尻餅をつき、あたりを見回す。すると木々の向こうに身の丈2mはあろうかという紫の髪の大女が、まるで子犬を捕まえたかのように少女の襟を掴んで持ち上げているのが見えた。
「正義のヒーロー参上っ!!」
大女はニヤリと笑って男を睨む。
「ラルバ……正義のヒーローは人質をそんな持ち方はしない」
「うるさい。引っ込んでろラデック」
ラデックと呼ばれた金髪の男は草陰から顔を出して、見つからぬよう盗賊に目を向ける。
荷台にいた女2人も堪らず外へ出てきて武器をとり、男も慌てて腰の剣を抜いて魔力を込める。
「真っ白肌に黒い白目……クソ速ェし、多分アイツ“シド”だ!」
「どうすル?勝てるかナ?」
「殺るっきゃないだろう!撃て!」
女盗賊の1人は両手の短銃をラルバに向け乱射する。もう1人の女盗賊は銃弾の雨の中姿勢を屈めてラルバに走り、両手にダガーを構える。男は剣を振り上げ、魔力を込め続けてギラギラと直視できぬ程の閃光を放つ。
「ラデックあげる」
大女のラルバはラデックのいる茂みに少女を放り投げ、両手をわきわきと動かし盗賊と対峙する。
銃弾がラルバに額を貫こうとした次の瞬間。身を翻らせ、銃弾の雨の隙間を蛇のようにすり抜ける。ダガーを構えた女に近づき、ダガーを“手首ごと”奪って剣を振り上げている男に投げつけた。男は剣を振り下ろしてダガーをラルバに向けて打ち返す。魔力で強化された一撃は衝撃波を放って電撃を伴いラルバの頭に命中する。
「痛っ、かっちーん!!怒った!!」
苛ついたラルバは地面を蹴り上げ、男の視界を遮る。そして一瞬で背中に回って後頭部に回し蹴りを打ち込んだ。
銃を構えていた女が慌てて標準を絞り直すが、トンボのように急停止急加速を繰り返すラルバを捕らえきれず、接近を許した瞬間に銃を奪われ地面に押し倒される。ラルバは女の額に人差し指を突きつけ親指を立てて、銃を弾くようなジェスチャーを取った。
「ばーん!私の勝ち!」
子供のようにニカッと笑うラルバを見て、女盗賊は震えた声でなんとか言葉を紡ぐ。
「た……助けテ……くだ……くだサイ……」
「祈り一つで飛んできてくれる便利な神がいると良いねぇ」
「ようし!お前達と勝負をしてやろう!もちろん勝てば逃してやるぞ!ああ私はなんて寛大なんだろうか……極悪非道なクズ共に救済の道を用意してやるとは……」
手足を折られ抵抗できない盗賊達は縄で達磨の如く縛られて地面に転がされている。怨嗟、悔恨、恐怖、憤怒。様々な感情が入り混じった狂気も、目の前で戯ける悪魔には届かない。
「さてさて!お前達は今前から〜えっと〜名前が分からんな……えっと、銃女、剣女、ブサイク!」
ラルバは勝手にあだ名をつけて3人を次々に指差す。
「お前ら今から互いのやった悪いことを一人一つだけ言え。別に言わなくても良いが。例えば“アイツはこないだ犬を虐めていた〜”とかな。それらを聞いて私が一番悪いと思った奴を虐める。最後まで生き残ってた奴が勝者だ!」
3人は未だ黙っている。狂人の享楽に付き合うことが死への1番の近道であることを経験から知っていた。何より自分たちがそうであった。
「なんだ?別に早い者勝ちではないが……最初に聞いた方が心を揺さぶられやすいからお得だぞー?」
ラルバはふらふらしながら3人の顔を1人1人覗き込む。しかし誰も口を開かない。
「困ったなぁ……仕方ない。一番虐めがいのありそうなブサイクを殺すか」
「…………えっ」
ゆらりと男に近寄り拳を振り上げるラルバ。
「へーきへーき。一撃じゃあ死なんよ。手加減は得意だ」
「えっえっ?えっ、あっ!え、あっ!ああああのっ!メランは猫殺すのが趣味ッ!!!」
「バッバカッ!!!」
「ほぉう?」
男は恐怖に抗えず叫んだ。
「君がメランちゃんかい?猫を虐めるのは良くないなぁ……」
「違っイヤっド、ドンマは赤ん坊を犯し殺した!何人も!」
「なんと!それは悪いなぁ……あ、1ラウンド1人1個だからな。もう言うのナシだぞ」
ラルバが男に近づき不敵な笑みを垂れ流す。
「ひっひっ!やだやだやだやだっ!!!」
もう1人の女は奥歯が砕ける程に歯を食いしばり仲間の、仲間だった2人を睨んだ。
「バカ共……!」
ラルバが拳を振り上げる。
「それじゃあ、まずは一発……」
「ああああああああああっ!!」
盗賊3人の最後の些細な抵抗は、どす黒い悪意に呆気なく流された。
草むらに隠れていた少女は、静かに咽び泣きながら俯く。
「耳を塞いでいた方がいい」
ラデックは少女に自分のジャケットを着せながら背中を摩る。
びちゃり。少女の足元に何かが水音と共に飛んできた。真っ赤な液体に塗れた木葉程の大きさのソレは、何かは分からぬが想像には難くなく、実際的中することになる。
「あああああぁぁあああぁああああぁぁあっ!!!」
視界の外から男の絶叫が響く。
「おおおでのっ!!俺の“耳“ぃぃぃいいいいいっ!!!」
「大丈夫大丈夫。まだもう片っぽあるだろう」
「ごめんなさっ!ごべんなさいっ!もうしませんっ!もうしませんっ!」
「はっはっは。そう謝るな。別に怒ってないよ私は」
ラデックが少女の手を耳元にあてがう。
「聞かない方がいい」
少女は耳に手を強く押し当てる。耳の凹凸が妙に手のひらに生々しく感じられた。目をぎゅっと瞑り、小さく蹲る。しかし絶え間ない絶叫と罵声と高らかな笑い声は、そんな稚拙な抵抗虚しく鼓膜を揺らす。
目を閉じた暗闇に声が響く。
「第二ラウ〜ンド!誰から行く?誰でもいいぞ!」
少女は残酷な惨状を恐れつつも、4人の声から情景を想像することを止められない。
「メランンンっ!!メランはこないだババアの孫を目の前で殺してたっ!!」
「うっせェドンマ!テメェだってその死体とヤったろ!!」
「やめろテメェらッッ!!コイツの思う壺だッッ!!」
盗賊3人の罵り合う声。
「これはメランちゃんの方が悪いねぇ……んひひひっ」
嘲り笑う女の妖しい嬌声。
「なっ……!いヤっあのっ!」
風船を破るような破裂音。
「あああああああっ!!」
「鼓膜イったかなぁ?まあ片っぽだし、まだ聞こえるよね!次行ってみよう!」
「ドドドドンマッッッ!!殺スッッッ!!!殺す殺すころすコろスっ!!!アイツ赤ん坊食うんだッッッ!!生きたままッッッ!!!」
「なんと!それは恐ろしい奴だ……」
「違う違う違う違うっ!!一回だケっ!もう食べナイッ!おいしくナイッッッ!!」
「ドンマくぅん……そんな懺悔は通らんなぁ……?」
「あっあっ!レッ、レルバニャはもっと食べルッッ!!赤ちゃんいっぱイ!!」
「あぁ!?テメェ適当なことほざいてんじゃねぇぞ!!?」
「それはもっと悪いなぁ!ねぇレルバニャちゃん?」
「でたらめだ!こんな狂言信じんのかっ!!?」
「信じるかどうか決めるのは私だ」
不愉快な粘液の潰れるような音。
「がああぁぁあああっ!!?」
カサッと、何かが草の上に落ちた音が聞こえた気がした。
「目玉よりも鼻の方が良かったか?そんなことない?」
「ドッドンマァァァアアアアアアッッッ!!!」
「うぁうぁうぁ……!おおお俺悪くナイッ!」
「ドンマァアア!!アイツはっ!!アイツは家で女を何人も飼い殺したっ!!年端もいかねぇ娘を何人もっっ!!」
「ひぃぃいいっ!!やややってナイッ!やってナイッ!!」
「ヤってんダロウガ!それどころか!コイツ死んだ娘をわざわざ親に届けルんだっ!!無残な死体のままナッ!!」
「やっでナイッ!!やっでナイヨッッ!!」
「ありゃあこら残念2点先取されちゃったねぇドンマくん」
「やっで!やっでナイッ!やっでナイッッ!!」
「悪いことするだけに使うなら、生殖器なんて無い方がいいな!」
「やだやだやだあああぁぁぁあああああああっっっ!!!」
若干の地面の揺れと、突然ピタリと止む悲鳴。
「さあてドンマくん!憎いよね?悔しいよね?どうしたら仕返しできるかなぁ?」
「ううっ…………ぅぅぅぅぅうううううウウウウッッッ!!!」
「ドンマァ!テメェはゼッテー許さネェ!!アイツは
「レルバニャはメランの犬も殺しタ……」
男が女の罵声を遮る。
「……ア?」
「ほう……」
「やってねぇっっ!!」
「レル……レルバニャ…………レルバニャァァァアアアアアアッッッ!!」
「ドンマの嘘だっ!!惑わされんなメランッッッ!!」
「嘘じゃナイッ!!嘘じゃナイッ!!噛まれテ蹴っテ殺しタッッ!!」
「あああああぁぁぁぁァァァアアアッッ!!」
「おやおやぁ、これはレルバニャちゃん大ピーンチ!!」
「勝手に人のせいにしてんじゃねぇっっ!!ドンマてめぇだろっっっ!!!」
「ウッセェェエエッッ!!レルバニャはっ……レルバニャは自分の母親を殺したっっ!!」
「ああぁ!?あんなんノーカンだノーカン!!事故だろうがっっ!!」
「ウッセェッッッ!!死ネッッッ!!!死ネッッッ!!」
「はーいお仕置き代行張り切っちゃうよーっ!!」
「おい信じんなっっ!!私じゃねぇっ!!」
「レルバニャが殺しタッ!!レルバニャが殺しタッッ!!」
「ばっかーん!!」
ベキベキと何かが砕けるような音と、ミチミチと何かが引き裂ける音。少女は祖父がウサギを捌いている時を思い出し、最悪の想像をして強烈な吐き気を覚えて思わず耳から手を離し口を抑える。
少女は 見てしまった。
見るべきではなかった。しかし、自分の想像を否定したくて、僅かに振り返り視界の端で見てしまった。恐怖に染まった思考は、微かな視覚情報を最悪にも最高の精度で保管した。想像以上に想像通りの現実があった。
「おりゃおりゃおりゃーっ!」
口から二つに裂けて紐になった赤。
「ってダメじゃんこれ。殺してしまった」
どちゃり。と地面に落ちて絡まる肉塊。
ラデックが後ろから少女を抱きしめ、手のひらで耳を覆う。華奢な少女の手よりも大きくて分厚い男の手は、気が狂うような世界から少女を引き剥がし、人の声は聞き取れないほどのノイズにしか聞こえなくなった。しかしそれでも声色や僅かに判別できる母音から、見えもしない情景が少女の頭の中でぐるぐると渦巻く。
「いやあドンマくん!無事に生き残ったねぇ!おめでとう!」
ラルバが嬉しそうに拍手をしながら血塗れのドンマを称える。当の本人は最早喋る気力も枯れ果て、静かに目を瞑る。
「さあてと、ラデックー!おーい!」
ラルバが茂みに手を振ると、体を震わせた少女を連れてラデックが姿を見せて近寄ってくる。
「気は済んだか?」
「うーん、まあそこそこ」
満足そうなラルバを見て、ドンマは最後に気力を振り絞って呟く。
「…………コ…………殺さ……ナイで…………」
「殺す?私が?無抵抗の人間を?まっさかあ」
ラルバは呆れたように笑いドンマに手を振る。
「ラデック。こいつを治してやってくれ。それなりでいい」
「いいのか?」
「別にお前の気分次第で放置してもいい」
「それは少し気がひけるな……」
ラデックはドンマの八つ裂きにされた顔に手を添える。
「これに懲りたら、もう2度と人を襲わないことだ」
ドンマは僅かに首を縦に振る。
「………………あ」
「どうしたラルバ?」
「人を襲うのは悪いことだなぁ」
ラルバがニヤリとドンマを見下す。ドンマは何が起こったのかほんの少しだけ察してラデックを見る。ラデックは口元に手を当てて俯いており、聞き取れないほど小さく「しまった」と呟いた。その声にドンマの思考は津波のような濁流に呑まれた。
「…………ッ!!…………さナイで…………!こ、ロ…………さ……ナイで…………!!!」
「ドンマくん頑張って一発だけ耐えろ!安心しなさい。私は手加減が得意だ!!」
ラルバの蹴りがドンマの頭部をバターのように引き裂いた。無理やり上体を起こされたドンマは再びその場に倒れ込み、大粒の涙をボロボロと流した。
「ラデック!蘇生!早く!」
「流石にこれは無理だ……」
ラデックが狼狽ていると、すぐにドンマは涙すら流さなくなり息絶えた。
「あーあ。せっかく改心したのに見殺しにするなど、可哀想に」
ラデックは何か言いたそうにラルバを見るが、本人はすでに興味が失せており背を向けて歩き出していた。その後を追いかけようとしてから、隣で震え上がっている少女の存在を思い出す。
「ラルバ!この子はどうする!」
「え?好きにしたら?」
困惑しているラルバが再び歩き出したのを見て、ラデックは少女に目線を合わせる。
「あっちに1時間も歩くと廃墟になった研究所がある。死体はたくさんあるが敵はいない。雨宿りくらいはできるだろう」
少女の背中をポンと叩いてラルバの方へ走っていく。
少女は嵐のように起こった出来事を未だに受け入れられず、暫くその場に立ち尽くしていた。
「さあてラデック。これからどんな悪党に会えるか楽しみだなぁ!!」
「そうか」
これは魔法と科学の入り混じった世界で、悪者を尽く虐めたい人造人間ラルバと、脅されて無理やりついて来させられた研究員ラデック2人の、奇妙な国を旅する“悪党惨殺ハートフルファンタジー”である。