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宇宙人と、地球の日々  作者: 伊那
最終章 その後の地球の場合
20/23

16 地球人と、迷子

 ピンコーン。

 帰り道だった。最寄り駅の中野で、いつも乗る電車から降りて、改札へ。すべてがいつも通りで、あたしはスマートフォンを改札機にかざして、足を進めて、頭で考えながらやるっていうより習慣化した行動を無意識に繰り返していた。

 通り過ぎたばかりの場所から無機質な音がして、乗客が改札内に入れない事をお知らせする。交通系ICカードか紙の切符の金額不足によって鳴らされる音だ。よくある光景だった。その音は続く。混雑する時間じゃなかったものの、立ち往生する人物に反射的にあたしは視線を向けた。

『え? え? なんなんこれ……』

 外国人観光客かなと思ったのに、流暢な関西弁が聞こえる。関西の自動改札機もない田舎から来たのかな。よく分かんないけど、すごく年上の男性ってわけでもなくてなんだかちょっと安心した気がする。

『チャージ足りてないんじゃないですか』

『へ』

 彼は何を言われているのかも分からない顔であたしを見た。

 人助けっぽいことがなんとなく気恥ずかしくて、その青年の顔を真芯でとらえるのは難しかった。

 その関西弁の彼は切符代わりになりそうなものは何も持たず、駅員さんは窓口業務で忙しそうだった。何人か改札を通ろうと人の波が生まれるのを見て、あたしはその青年を手招きして切符売り場まで案内することにした。

 横目で見たら青年は困ったような笑みを浮かべてた。

『地球の乗り物に乗るの初やってん』

 結局あたしは電車の乗り方や乗り換えの仕方まで教えてやって、ホームまで付き合った。前にも、年配の女性に道案内した事があったから、それと同じ気分だったのだ。

 別れ際に、やたらと感謝されて――やつは『惚れました』とか言いだす始末。




  ***




 あたしが生まれる少し前ぐらいに、地球は異星人の訪問を受けた。

 それからは、なんだかいろいろあったらしい。

 地球上のあらゆる政府が会議しまくって自国の利益がどうのとか来訪者を危険視したデモとか、ホントとにかく、いろいろ。

 昔社会科の授業で習ったけど、とりあえず異星人たちは地球を侵略したりしないって宣言した。それから地球に彼らの文明や技術を与えるつもりはないと言い切って、留学生を送るだけにしたらしい。留学生は人数制限があるから少ししか地球に来てないけど、今やそんなに珍しくもない存在だ。

 ちなみに《宇宙人》じゃなくて《スター・トラベラー》あるいは略称の《ST》って呼ぶ。

 そんな風に彼らスター・トラベラーはすっかり地球人たちの日常に溶け込んでいて、だからこそ 《それ》はいつの間にか始まって、いつの間にか終わっていた。

 特定の政府や組織が記者会見をして知られ始めたことではなかった。

 彼らが完全にいなくなってから、地球人はやっと気づいた。

『世界各地では今、スター・トラベラーがいなくなっています。スター・トラベラー本人そのものから、彼らの地球でのプロフィールや現在地を示すような情報、写真や映像、メールや手書きによる文章に至るまで彼らの存在を視認することができなくなりました』

 スター・トラベラーは地球よりもすごい科学を持ってるとかなんとかだったか。地球人たちの注目を集めずに全員で立ち去ることなんて簡単だったのだろう。元々彼らが地球の近くに自分たちの宇宙船で来ていたのに、その宇宙船すら地球人は見つけられていなかった。その透明な宇宙船に乗ってどこかへ行ってしまったのか。留学期間を終えて自国に帰ろうと?

『その時期はほとんど同時期であり、彼らが計画的に地球を離れたのだとも考えられます』

 宇宙人たちの痕跡が全てなくなってからあたしたちは《終わりそれ》を知った。

『交換した連絡先も消えてるんですよ。自分で消したりなんてしてないです、ほんとに。登録した時に友達にも見せたし、わたしの勘違いとかじゃないんで』

 連日、ニュースやネットはこの宇宙人集団失踪事件について持ちきりだった。

『いや実際彼らがもたらしたものは何もなかった。繁栄もなければ、争いもない。だからこれでよかったのです。いつか彼らを妬み文明を奪いたくなってからでは遅い』

 たくさんの特番が組まれた。

『逃げ出される前に彼らの技術をいただくべきだったのでは?』

 地球人と彼らの過去が語られたが、映像も写真も文章も何も残っていないので、ただただ関係者や研究者だかの自説が続くだけ。

『ぼくたちはとてつもない規模の催眠にかけられていたんですよ。地球まるごとね。彼らの特別な力によって彼らの肉体があたかもそこに存在するかのように地球人すべての脳に電気信号を送り……』

 あたしはテレビを消して、

『宇宙人、一回見たかったわーw』

 SNSを開くのもやめた。

『近所の兄ちゃんがスター・トラベラーだったんで、ショックです。気軽に挨拶とかしてくれて……』

 肯定も否定も、他人事のジョークも見る気になれなかった。

『残念っすねー。これからもっと別の宇宙人も来て地球がSF映画みたいになるんかなーって』




 多くの地球人が彼らのことを語った。推測で、偏見で、想像で。

 あたしは何を思えばいいのか分からなかった。突然、思いもよらない嫌なことを言われると頭が働かなくなるように、あたしの思考は停止したままだった。

 届いた情報が処理しきれなくて、感情にまでたどり着けなかった。

 あたしのスマートフォンからも、シュウヤの文字はなくなっていた。彼との文章のやり取りの履歴もひとつも残っていない。データから消えた電話番号は暗記でもしていればよかったのに、覚えていなかったから電話もかけられない。気恥ずかしくて本人の写真なんて撮ったことはないけど、一緒に行ったカフェで撮った料理の写真のその端に映る彼のごく一部の服さえきれいに消えていた。

 あまりにも微かなものでつながっていたあたしたちは、彼の存在を確認するための道具すら僅かだった。

「なんで……?」

 一緒に行ったディノストリーム展で彼がくれたキーホルダー。今でもまだ鞄についてる。壊れたキーホルダーの代わりに彼がくれたものだ。

 あの時のことはちゃんと思い出せるのに、上手く彼の顔を脳裏に描けない。何度も顔の形を確認したわけじゃないけど、思い出そうとしても目も鼻も口もぼんやりとして輪郭さえおぼつかない。

 どうやら地球人みんなが同じように少しずつスター・トラベラーのこと自体を忘れていっているらしい。最初に視覚情報を一気に消し、次には記憶をゆっくりと消していくつもりなのか。そうでなくとも人間の記憶なんて時がたてば曖昧なものになっていくというのに。

 おそろしかった。この記憶の喪失が作られたものだということが。彼らスター・トラベラーは自分たちの痕跡をすべて消し去ってから地球を離れた。長い時の経過による忘却ではなく、作為的に自分たちが存在した証拠を消し去るなんて。地球人には不可能なそんなすべがあることも、それを簡単にやってのけることも、怖かった。

「なんで?」

 あたしは他のスター・トラベラーのことなんて全然知らない。前に外国で活躍するスター・トラベラータレントならテレビで見たことがあるけど、ちゃんと会って話したのは夙也シュウヤだけだ。

『雨夜ちゃん。人の気持ちいうんは、ムリに変えてええもんと、ちゃうよ?』

 いつかスター・トラベラーの彼はそう言っていたではないか。

 誰かと共に過ごした思い出は、ひとの思いがこもったものは、その時感じた気持ちは、大切だって言いたいのかなって思ったのに。

 なんで――?




 気がつくとあたしは高三になっていた。

 学校に行けばいつもの日常が広がっていて、彼と過ごしたのはこの高校じゃなかったから学校ここで思い出す必要はなくて、だから高校生活に没頭することでその他のことを忘れようとした。それが成功していたかは分からないけど、周囲に何か気づかれることはなかった。

 あたしが笑いたくないのに笑えば、周りは誰も気づかない。なんでもない振りが上手くなっていくのは、ただ自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。

 そしていつか嘘が本当に――なるのだろうか。

 誰かと過ごした過去が嘘に、偽物に?

 そんなのいいことではないはずだけど、でもそうでも思わないと何もかもがやりきれない。

 いつの間にか、彼と出会ったきっかけが何だったか思い出せなくなっていた。どこか駅で会ったような気がするけどそれがどこだか、本当に駅だったかもはっきりしない。

 そもそも、彼って、いったいどんな人物だった?

 彼は何色の髪をしていた? 目はいい方だった? 彼とどこかに出かけたことがあるような気がするのに、どこに行ったのか、何を話したのかも分からない。覚えていない。

 幼い頃の自分の記憶を思い出せないように、どんどん失っていく。


 外は寒く土砂降りなのに室内は暖房であたたかく明るく賑やか、それくらいにあたしの内側と外側で落差があり、すべてが噛み合わない。窓からの景色になんて自分には関係ない。

 あったかい室内にいれば寒さなんて感じることないのに、窓の外の曇り空がなにか、不安をあおるような――


 声がした だれかの

 曇った空の切れ目から淡い光がさすような


 顔を上げると、どこかで見たような背中が前をゆく。

 中野駅の雑踏の中にまぎれこみそうになる、一人の青年の後ろ姿。

「――シュウヤ?」

 あれは。あのジャケットは、あの髪の色はもしかしたらあたしがよく知る人物のものでは?

「ちょっと、待って!」

 勝手に動いた足が、あたしを連れ出す。すぐに通行人にぶつかってうわ言のように「すみません」と相手も見ずにつぶやいた。

 バス停に向かってる? どうしたらいい? いまあたしは彼をなんて呼ぼうとした?

 青年が、腕時計を見て顔を上げる。

 別人だった。

 メガネをかけて、髪も少しくせっ毛だった。顔立ちも何もかもが探しているあの人とは違う。

 もう顔も思い出せないのに、どうして本人じゃないと分かったのか。

 なんで?

 なんで、あたしはこんなにもわけのわからない、名前も顔も記憶にないひとを探そうと、走って、間違えて、何も思い出せないのにみじめな気持ちになってるの?

 なんで?

 むなしい。

 くやしい。

 かなしい。

 くるしい。

 こわい。

 こころがぜんぶ、抜け落ちたみたいに

 あの時から見ないようにして遠ざけたものがぜんぶ、今頃になって押し寄せる

 思い出そうとしても砂のように指の隙間から、ぼろぼろとこぼれ落ちていくものたちのために

 あたしは

「……、っ」

 認めたら、だめだ

 足元がぜんぶ崩れ落ちていくから これを喪失だと認めたらだめなんだ

 だめなのに、とまらない

 こわれたものは

 二度ともどらない




「泣いてるん……?」

 それは、当たり前のようにするりと滑り込んできた。

「雨夜ちゃん、どないしたん?」

 そのひとはうずくまるあたしの名前を呼び、顔をのぞきこむ。まるでそうすることが日常の一部のように振る舞う彼は、地球上に存在しないはずのひと。

「なっ……、なん、で……?」

 困惑した瞳も、芸能人にいそうな顔立ちも、穏やかな声も。何故かあたしはすべて知っていた。初めて会うようにすら感じるのに、どこか懐かしいひと。

 あたしは我が目を疑った。

 これ、まぼろし?

 その幻覚を掴むと、相手の肩に触れられていっそ疑問だった。

 頭を掴むとちゃんと形があって本当にびっくりする。なんだろうこの現実感あふれる幻覚は。なんか見たことある生き物がいる。

「あ、あの……雨夜さん?」

 顎を掴まれて困惑する人物にあたしも一度手をはなした。

 知ってる。

 あたしはこのひとを知ってる。

 相手が立ち上がろうとしているのが分かり、あたしも反射的にそれにならう。

「なんで……ここにいるの……?」

 青年は自分のポケットからハンカチを出してあたしの目元にあてる。彼の行動が何を示しているのかまったく気づかず、イマドキの男子大学生はハンカチなんて持ち歩くものなのかなとぼんやり思った。

「なんや、置いてかれてしもて」

 初めて会った時の、改札機に締め出されて困ってるみたいな笑みで夙也は言った。

 何も変わらない彼に、いっそ腹が立った。

「ずっと……、っ、何ヶ月たったと……!」

 言葉にならないそれがあふれて、あたしの拳が彼の胸を叩く。

「……ごめんなあ」

 地球に置いてかれたのが本当なら、どうしてこの数ヶ月姿を現さなかったのか。

 それ以前にどうして地球から消えようとしたのか。問いただし続けたいのに、これ以上口を開いたら別のところからも何かがこぼれそうで、上手く舌が動かなかった。

「ほんまやったら、顔出すのはあかん気がするねんけど」

 その声が思っていたより近くから聞こえて少し驚いたけど、これは幻なんかじゃないってやっと分かった。目を閉じるとあたたかなものに包まれる。

「雨夜ちゃんの涙は、見過ごせんやろ……」

 人類じゃないその存在は、それでもあったかくて、ついそれにひたってしまう。

「誰のせいだと思ってんの……」

 頭上の夙也の唇から呻きともため息ともつかない吐息がこぼれる。

 たぶん疑問や考えることはたくさんある

 でも今は、このぬくもりを確かめることだけがすべて

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