14 宇宙人は、遠い存在
休みの日だからと変な時間に寝起きしたせいかあるいは気圧のせいか、その日の僕の頭はだるくて重かった。もともと低血糖になると頭がクラクラして体調に支障をきたしやすいタイプだ。そんな時僕はよく行きつけのダイナー《ケープタウン》に血糖値を上げに行く。
僕の脳みそが糖分を摂取して一息ついた頃、店内がにわかに騒がしくなった。店頭のテレビを見て何人かが声を上げている。ニュースで《スター・トラベラー》の突然の帰還が話題になっていた。彼らは自分たちの存在した痕跡の大半を残さずに、黙って立ち去ったようだ。地球人たちは宇宙人が地球に来た事を覚えているけれど、写真や映像、文書などの証拠は残らず、ただ彼らの記憶だけが残ったらしい。
僕の身近には《スター・トラベラー》がいなかったから、あまり関心を払えなかった。所詮テレビの向こう側の存在、好きでもない歌手の引退宣言と変わらない。
僕は手の中のカップの中身を確認した。特別不味くもとびぬけて美味くもない《ケープタウン》のブラックコーヒーは半分近く残っていた。
コーヒーのおかわり、どうしようかな。今の僕の喉の渇き具合からするともう少し飲みたい気分だが、もう一杯となると多すぎる気もする。
「おれは実物見たことねえしな、いなくなったとか言われてもな」
「なんでやつらの写真が消えるんだ? なんの証拠隠滅だ? じゃあなんで記憶としては残ってるんだ?」
「知らねえ~」
店内はまだスター・トラベラーの話題で盛り上がっている。なんとなくコーヒーをあおると冷めていて、味まで薄く感じられた。
何か考えるべき事があったような気がする。そんな訳ないか、今日は休日だ。何も考えずにゆっくり過ごしていいはず。そうやってぼんやりしていると、
「待たせたな」
声と同時に皿をさしだされ、僕は反応がワンテンポ遅れてしまった。端のとろけたバニラアイス付きのアップルパイが一切れ、眼前に突きつけられている。
上背のある《ケープタウン》の店主が机にそれを置いて立ち去ろうとする。
「あれ? 僕アップルパイなんて頼んでないよ」
「何言ってる、頼んだだろうが」
長々と話し込むほど仲良くはないが、お互い顔見知りでちょっとした世間話ぐらいはする店主。しっかりした性格の彼がミスをする場面に遭遇した事はあまりないから、僕が忘れているのか。
「……そうかもしれない」
パイと一緒に飲む用にやはりコーヒーのおかわりを頼もうか。顔を上げると昼間の光が窓から降り注いで、舞い散る埃を照らしていた。
普段見えないものが光の加減で見えたからだろうか、何かの気配を感じたように思えた。僕の周りに客はおらず、店主は既にカウンターの奥に消えている。アップルパイに視線を戻すと、バニラアイスの一部分が溶けた液体となって皿の上を静かに侵食していた。
アイスがすべて溶けてしまってはかなわない。フォークを手にとって僕はパイを切り倒す。口の中にパイ生地とリンゴの香りが広がると、それはいつか食べた味のように思えた。《ケープタウン》のアップルパイを初めて食べた訳じゃないから未知の味ではないと分かっているのに――何故か幼い頃の記憶がよみがえったように眩しく感じて気持ちが落ち着いて、僕は瞳を閉じた。
なにかが見えそうな気がして目を開ける。そこにはいつものダイナーの店内が広がるだけ。
あたたかいものが広がったのに、何故か胸の奥が僅かに軋んだ。




