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宇宙人と、地球の日々  作者: 伊那
第五章 フェルナン・グラシアの場合
16/23

幕間 さまよえるオランダ人

 そのオペラを見た時のアリシアの感覚を何と呼ぼう?

 それが誰のための物語か、誰のことをえがいた物語か、知ってしまったような感覚。

 これは、わたしだ。わたしたちの物語だ。




 わたしたちは《共有》をする事で実際に経験した事を自身でも思い返す。

 自分と向き合うと、過去の時点では感じる事が出来なかった、自分でも気づかなかった思いに遅れて気づく事がある。

 あの時、わたしはきっと悲しかったんだと思う。

 何かを感じる事を諦めて、遠ざけて、凍らせて。

 それが《共有》で解凍された時わたしは、わたしたちは――


 コミュニティ全体のために何かが切り捨てられる、それはわたしたちにとっては当たり前の事だ。犠牲などではない、取捨選択なのだ。

 わたしたちは自分たちの種の保存のために必要であれば何でもする。それがわたしたちにとっての普通、常識、優先事項だからだ。そういう風にできているのか、そういう風に刷り込まれているのかは分からない。

 故郷を遠く離れて、第二の故郷候補を見つけて、わたしはきっと故郷を捨てた事を後悔したのだと思う。

 思い出す、あの日の事を。必要な事なのだと言われればその通りだと頷く。

 ただ我々が生まれただけ、それだけの大地だ。生存のために必ず必要だった訳ではない。家を引っ越すようなもの。今のわたしたちにとっては無用のもの。

 だって、そう思わないと故郷の滅びは止められないのは、変わらないから、意味のない事を思っても仕方ないから。

 もう少し、あそこに居たかったなんて思ってはいけないのだ。

 もう少し、あの場所に。

 それは後から誰かに伝染する。


 わたし、わたしは――

 離れたくなかった




 リヒャルト・ワーグナーによって作曲された『さまよえるオランダ人』、幽霊船伝説に基づいたオペラだ。時は十八世紀、ノルウェー。死ぬこともできず呪われた身の“オランダ人”は海の上を永遠にさまよう運命さだめにある。七年に一度だけ陸地への上陸が許され、その時に永遠の愛を誓ってくれる女性がいなければまた海の上をさまよい続ける。一方陸地では村の娘ゼンタが“オランダ人”の肖像画に心惹かれていた――。

 物語が進むにつれ、アリシアはありもしない自分の心臓が高鳴るような錯覚を覚えた。このオペラはアリシアにとって、地球上のどの物語よりも興味深いものに感じられた。

 幽霊という存在、死の概念、捉え方、何もかもがアリシアたちとは違う。根本からして、生物としての存在の仕方が人類とアリシアたちとではまったく異なるのだから、彼女たちが元々持たない、想像することもできない考え方とも言える。

 それだけではなくストーリーがあまりにも、あまりにも――




 幽霊船伝説。

 神の怒りを買い永遠にこの世を彷徨さまようことになった一人の船長がいる。

 わたしたちは――地球で言う神という概念はわたしたちには存在しなかったが――絶対の超越者を怒らせるような事をしてしまったのではないか。可能だからと不要なものはすべて排除し、傲慢にもその生まれ持った形状を捨て去っても尚、自身を正しいと疑わなかった。報いというものがあるのならば、それは全てを処分し全てを当然と捉えた後に訪れた。

 そして生きるべき故郷を失い、寄る辺を自らの手で壊し、生きることも死ぬこともできずに宇宙という名の大海をさまよっている。

 さまよえるオランダ人とは、わたしだ。わたしたちのことだ。

 生まれた惑星を失い、宇宙をさまよい、呪いを解こうと陸地に心惹かれる。

 ワーグナーのオペラでは、最後には村娘ゼンタがその身を賭してオランダ人への愛を証明したことにより、オランダ人は海上をさまよう呪いから解放される。

 わたしたちの呪いは、わたしたちへの愛は、わたしたちが昇るべき天はどこに存在する?

 わたしたちにとっての死は地球人のそれとは違う、地球人にとっての幽霊の概念はわたしたちには存在しない。何もかもが違うのにこんなにも同じで、しかしわたしたちにゼンタはいなかった。

 わたしたちは自分たちの手でゼンタを殺してしまったのだ。

 七年に一度の上陸の時に、己の呪いを解いてくれるであろう女性のことを死なせてしまったわたしたちは――

 もう二度とゼンタを想わない、ゼンタのような存在を作らない、もう二度と陸地を望まず幽霊船から降りないと決意したはずなのだ――。

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