其ノ一 いなくなったサエ
暗ぁい暗い夏の夜。
お山に明かりが三つ灯ったら、狐火の市が立つ合図じゃ。勇気があるなら宝物を持って、行ってみるとええ。
夜半過ぎに山奥で立つ秘密の市じゃけぇ。集まっとるのは、きっと人間じゃなかろうて。妖怪かバケモノかも知れんのぉ。
人間の店では決して手に入らん、おもろいもんを売っとる、不思議な市じゃいう話じゃ。
それは、駄菓子屋の隠居した婆ちゃんが言うとった話じゃ。他の友だちは、むかし話じゃ言うて笑うとった。
子供だからと担がれたかも知れんし、みんなの言う通り、むかし話やおとぎ話のたぐいかも知れん。
でもわたしには、どがんしても……どがんしても狐火の市へ行かにゃあならん、理由がある。
妹がおらんようなったのは、二か月前の事じゃ。
ある日、学校から帰って来たら、家の前がえらい騒ぎになっとった。
パトカーが三台も止まって、人だかりが出来とるし、お母ちゃんがぶち泣いとる。
いったい、どうしたんじゃろうて走って行ったら、近所のおばちゃんがわたしの顔を見るなり、青うなって言うた。
「ミサキちゃん! 大変じゃ! サエちゃんが、おらんようなったんじゃって!」
妹が……サエがおらんようなった? どがいな事じゃろう? サエはまだ三歳にもなっとらん。ひとりでは、家の外に出る事だって出来やせんはずじゃ。
それからしばらくの事は、なんだかふわふわ過ぎてしもうた。透明なガラスの上に立っているような気持ちじゃ。足元がゆらゆらして、踏ん張ることもできん。
警察の人に呼ばれて、わたしも色々聞かれた。サエがおらんようなった時の事も、教えてもろうた。
サエはお昼寝中に、お母ちゃんが買い物に出よった、たった三十分の間に居んようなってしもうたんじゃと。
サエがおらんようなった時、家の鍵は締まっとったらしい。ただ、二階のサエの寝とった部屋の窓が、大きゅう開いとった。
「窓から落ちた形跡はありゃせんかった」
駅前の駐在のおっちゃんが首を傾げながら言うた。サエは窓から飛んで行ってしもうたとでも言いいたいんじゃろうか?
そがいな訳あるか! サエは確かに天使みたいに可愛かったけれど人間じゃけぇ。わたしのたった一人の妹じゃ。神隠しみたいやら、消えてしもうたみたいやら、そがいなバカな事言うとらんで、ちゃんと捜査しんさいや!
わたしはよう泣いてよう笑う、もうすぐ三歳になるサエが、かわいくて仕方なかった。「ねぇね」とわたしを呼ぶ声が聞こえた気がして、夜中になんべんも目ぇが覚めた。
どこかで泣きよるかも知れん思うと、居ても立ってもおられん気持ちじゃ。
お父ちゃんとお母ちゃんは、お互いを責めて、そのあと自分を責めて、そうしてごはんの時に、だあれも話さんようなった。
それが、桜の花がすっかり散った頃の出来事じゃ。
田植えが終わっても、カエルがゲコゲコ鳴きはじめても、サエは見つからなんだ。
電柱やら、角のタバコ屋やらにサエの写真が貼られて、知らん人から電話がかかって来る事が増えた。
そのたんびに、お父ちゃんとお母ちゃんは、飛んで行ったけど、たいていは、がっかりした顔をして帰って来た。
蛍が飛ぶ頃、すっかり疲れた顔になってしもうた二人の顔を見て、わたしの心は決まった。
こりぁ、きっと、わたしがなんとかせにゃあいかんことじゃ。
サエは、ひとりでは帰って来られん場所におる。ほいで、そりゃあ、大人にゃあ見つけられん場所に違いない。
わたしは、たくさんの大人が一生懸命探しても見つからんのは、それが原因じゃ思うた。
だったら、……わたしがサエを見つけてみせる。きっと連れ帰ってみせる。
それにゃあ、不思議なものを売っとるという、狐火の市へ行かにゃあならん。
狐火の市へ行こう。
行って、サエを探す手がかりになる物を買うて来るんじゃ!




