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狐火の市へ  作者: はなまる
魔法使いのおにい編

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其ノ六 掟破り 下

 煌々(こうこう)と灯る提灯の明かりの中、広場の真ん中で、白髪頭の婆さまとザンバラ髪のおっちゃんが、向かい合って将棋台を囲んどった。

 うちがおすおずと歩いて行くと、婆さまが顔を上げて言う。


「なんじゃ、馴染みの柿の木に呼ばれて待っておれば、ズタボロの小娘かいな。なんの用じゃ?」


 馴染みの柿の木……。おっきなおっきな木のことやろか? うちは手の中の葉っぱをギュッと握った。


「あの……」


 けれど婆さまの迫力に押されて、言葉に詰まってしまう。婆さまのお尻で揺れとる九本の尻尾や、頭の上の耳も気になる。


「狐火の市なら、今夜は立たんぞ?」


『こんな作法も守らん小娘に力を貸しおって……。柿の木のジジイめ、掟破りにも程があるわ』


 婆さまがブツブツと小言のように呟く。


 うちのせいで、柿の木……おっきなおっきな木が悪く言われてカチンと来る。うちのために光ってくれたのに。勇気を(ふる)い立たせて、口を開く。


「このあたり一帯が、ダムに沈む計画があります。二年後の春には工事がはじまる。水が来る前に、逃げて下さい」


 婆さまは長く黙ったあと、片方だけ眉を上げて言うた。


「それで……お主は、それを言いつけに来たのか?」


 小狡いことを、と言われた気がして、カッと頭に血が昇る。


「み、水が急に来たら困るんやないですか?」

「困る? わしらがか? たかが人間どものすることで?」


 婆さまの目が細くなり、威圧感で肌がビリビリと泡立つ。


「まあまあ大婆。そう(あお)りなさんな」


 将棋盤を睨んでいたおっちゃんが立ち上がった。髪の色といい、ヒョロリとした立ち方といい、どことなくおにいと似とる気がする。


「ふん。わしは呼び出された用件を聞いとるだけじゃ」

「お、怒らへんのですか? 住処を追われてまうのに」


 婆さまが怒っとるのは、うちに対してや。


「人間を、滅ぼして欲しいのか?」

「そんな!」

「違うのか? 気に入らんことを、自分では出来んことを、わしらに押し付けに来たんじゃろう?」


『ちゃう!』。そう叫ぶことは出来へんかった。


 その通りかも知らへん。


 うちは、自分のどうにもならない気持ちをぶつける先が欲しかったんやないやろか?

 慰めて欲しかった。大好きな村がなくなってしまうことを、誰かに一緒に怒って欲しかった。


 緊急事態は、山の動物や妖怪にとってやない。『うちにとって』の緊急事態や。大好きな場所を取り上げられそうになって『嫌や嫌や』と駄々をこねとる。


 すごい術で、えらい人を懲らしめて欲しかった。ダムなんて辞めにして欲しかった。勝手に決めて教えてくれなかった大人たちを、ぎゃふんと言わせて欲しかった。


 動物たちを助けて欲しかった。おっきなおっきな木や、ホタルの飛ぶ泉や、鹿の暮らす山を、守って欲しかった。


 うちが頼めば、おにいや妖怪たちが、すごい術で、全部どうにかしてくれると思っとった。


「うち、調子のええこと、ばっかりやん」


 婆さまに言うたんやない。ただのボヤキや。情けなくて、恥ずかしゅうて、うちは狐の面を被うて下を向いた。


「嬢ちゃん、ここは狐火の市や。あやかしたちも人間も、その(ほか)のもんも。欲しいもん探しに、手に入れに来る場所や。願いごとを叶えてくれる、都合のええ神さんがおる場所やない」


 おっちゃんがまた将棋盤に向こうて腰を下ろしながら言うた。懐から煙管(キセル)を取り出して咥える。


「しかも、今夜は開いておらんわ」


 大婆は作法にはうるさいからな、とおっちゃんが笑ろた。莫迦(ばか)もん当たり前じゃ、と婆さまが突っ込んだ。


 自分でなんとかせな、あかん。


(うちは、迷子になって大人が迎えに来てくれへんことに癇癪(かんしゃく)を起こしとった、四歳の頃と、同じことをしようとしてたんやね……)


 狐の面を外し、姿勢を正す。うつむいたまま逃げ出しては、うちのために光ってくれた、おっきなおっきな木に顔向け出来へん。


「うちがアホウでした。甘えた言うて恥ずかしいです。掟破りも堪忍して下さい。よく考えてから出直して来ます!」


 うちが思い切り頭を下げると、婆さまが目を三日月形にして言うた。


「まあ待て、小娘。ついでじゃ、もうひとつ正直になってみんか? そっちなら、わしは手を貸さんでもないぞ?」

「えっ……?」

「柿の木が呼んだのは、わしだけじゃないはずじゃ。さっき、シロに会うたじゃろう?」


 シロ? もしかして、おにいの名前?


「シロをつかまえたいんじゃろう? わしと、一芝居(ひとしばい)打ってみんか?」


 婆さまの悪魔のような囁きに、うちは首を横に振ることは出来ひんかった。


「あの小僧は近くにおるぞ。お主が心配で、ハラハラしながら様子を伺っておるわ。ちょいと突っつけば、すぐに飛んで来る」

「心配はいらん。わしらの声は小僧には聞こえておらん。わしの術が、あんな半人前に破れるはずない」

「お主は黙っとればええぞ。どうせ芝居なんぞ出来やせんだろう?」


 婆さまの悪だくみは完璧やった。それにうちはもう、おにいに会えずにいるのは辛抱出来へんねん。おにい、堪忍や……。



      * * * *



『困ってはおらんがなぁ、頭に来ないとは言うとらんぞ?』


 婆さまが悪そうに笑いながら言うた。あまりの迫力に、うちは本気でビビリ倒した。う、動けへん!

 婆さまの目が茶色から、金色へと変わる。


『お主が……その身で、責を負うんじゃな?』


 婆さまがゆっくりと手を上げる。ひぃ、と喉から声が漏れる。バシーンと雷の落ちる音がして、目が眩んだ。


 その瞬間。うちの鼻先を、見覚えのある白い翼がかすめた。


「婆さま! こいつは何も知らんかったんや! 山が水に沈むのは、こいつのせいやない!」


 おにい……や。おにいの声や。おにいの背中や。ほんまに助けに来てくれた。ヒーローみたいや!


「やっと出て来おったか。まったく、いつまでも逃げ隠れしおってからに」


 婆さまの言葉に、おにいが「えっ……?」と声を漏らし、ポカンとして立ち尽くした。


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