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狐火の市へ  作者: はなまる
魔法使いのおにい編

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其ノ二 おっきなおっきな木

『おっきなおっきな木』っちゅうのは、高台にあるいっちゃん大きな柿の木のことや。名前はうちがつけてん。

 秋になるとぎょうさん甘い実をつけるらしいねんけど、残念ながらうちはそれ見たことないねん。まだ青い実が小さいうちに、夏休みが終わってまうからや。


 四歳で出会(でお)うた『魔法使いのおにい』には、小学校に上がった年にこの、おっきなおっきな木の下で再会した。

 それから夏になるとこの木の下で会うのが、毎年のことになってん。


 おにいが魔法使いちゃうことに気づいたのは、小学校の二年生の夏。姿を初めて見してくれたのが四年生の時。今年こそは、正体を突きとめたろ思てるねん。


(翼があるけど、天使ちゃう思うねんなぁ。天使はあんな性悪ちゃうはずや。せやけど、悪魔にしては迫力が足りてへん)


 やっぱ、妖怪の線が濃厚やろか……。


(そもそも長い付き合いなんやから、名前くらい教えてくれてもええんちゃうか?)


 物想いに沈みながら、坂道を登る。ハチと一緒にゆっくり、ゆっくりと登る。


 ハチはずいぶんと年を取った。もううちの前を、村中案内するように走ることはせぇへん。せやけど、ここにだけは着いて来てくれる。

 坂道を登りきって顔を上げると、うちを追い越すように強い風が吹いた。


 高台は、今日も()え風が吹く。



「よう、メグ。今年も来たんやな」

「おにい! やっと会えた!」

「なんや、あんまり大きなってへんな。少しは背ぇ、伸びたんか?」


 木の下まで走り寄ると、おにいが毎年の決まり文句を口にした。


「四センチも伸びたでぇ! 髪の毛かて長なったやろ? ほれ、ポニーテールや!」


 頭を振って、高い位置で結んだ髪を揺らして見せる。


「なんやそれ」


 おにいがクスッと、からかうように笑うた。薄い紫色の瞳の上に長い睫毛がかかる。去年の面影よりも、頰の線が少し大人っぽくなった。


「夏みかんもろた。おにいも食べる?」


『おっきなおっきな木』に登る。おにいが寝そべるように寄りかかってる、すぐ下の太い枝に腰掛けた。うちも木登りがすっかり上達した。


「はい、おにいの分」


 メリメリと夏みかんの皮をむき、半分差し出すと、面倒くさそうに口を開けた。

 しゃあないなぁと口にひと房放り込むと「酸っぱ!」言うて顔をしかめた。

 こうしてると、ほんま人間と変わらんよう見える。着てる服も普通にTシャツやらや。靴は履いてへんけど。


(妖怪やとしたら、どこで()うて来るんやろ? だいいち、お金持ってるん?)


 おにいのことは、ようわからんことだらけや。名前を聞いても「呼びたいよう呼んだらええ」とか言うて誤魔化すし、年を聞いても「メグミよりは歳上や」言う教えてくれへん。

 翼を隠すのはやめたくせに、飛ぶところも絶対に見せてくれへん。うちがいっくら頼んでもダメやって言うねん。


「なんでなん?」って聞いたら「あまりの格好良さにメグが惚れてまうからや」やて。


 なんやそれ。



「おにいは、人間を食べるん?」

「何言うてんのや? 俺は甘党やぞ」


 主食が気になる。


「魂は? 魂、欲しい?」

「いらんわ。貰っても困るっちゅーねん」


 死神の線はない?


「血は?」

「アホか」


 吸血鬼ともちゃう……?


「尻子玉とか……」

「…………」


 そういや河童、翼あれへんわ。


「じゃあ……」

「もうええわ。どないしたんや?」


 額に手をあてられた。熱なんか出しとらんけど、少し大きなって、ゴツゴツしはじめた手に、ドキドキしてまう。


「別に。なんでもあらへんよ」


 赤くなった顔を隠したくて、プイッとそっぽを向いた。そしたら、おにいの握った手が追いかけて来てパッと開く。コロンと膝の上にあめ玉がこぼれた。


「魔法や!」

「魔法やあらへんけどな」


 懐かしい魔法が嬉しくて、つい笑ってまう。


「新しい術、出来るようにならへんの?」


 うちが『魔法使いのおにい』て呼んどった頃は、毎年、会うたびに新しく覚えた術を見してくれた。手の中につむじ風や小さな虹を作ったり、雲の形を変えたり。

 失敗して、つむじ風で二人とも髪の毛がぐちゃぐちゃになったりもしてんけど、次の夏にはちゃんと出来るようになっとった。


 雲の形を変える術は、不器用過ぎて上達したかどうかわからへんかってん。最後に「メグミの顔や!」て言うて作ってくれた雲は、つぶれたおまんじゅうそっくりやった。


「新しい術か? 出来るで。俺は天才や」

「見たい! やって見せてーや!」


「凄すぎて、メグミが怖がって泣くから、やらん」

「泣かへんよ! もうそんな子供やあれへん」


 見上げると、薄い紫色の目でじっと見つめられた。黙って見つめるとか、照れるやん。


「おにいの目は、きれいやわぁ。宝石みたいや」


 意味有りそうに見てきたくせに、手を伸ばすとスイッと逃げる。なんやねん、ほんま。


「雨雲が呼べる」

「へぇ、すごいやん!」


「カミナリが落とせる」

「うんうん!」


「地震も山崩れも、地割れも作れる」

「え……。ほんまに?」


 ほんまに凄い。神さまみたいや。せやけど、それって……。


「そうや。俺が…… ()()がその気になったら、この村なんか、ひとたまりもあれへん」


 笑いとばすことは、出来ひんかった。おにいは、うちが思っとったよりもずっと……ずっと『人間とは別の生き物』やった。


「ほれ……みぃ。怖がるやんか」


 おにいはそう言うと、バサリと軽い羽音を立てて、飛んで行ってしもうた。

 初めて見たおにいの飛ぶ姿は、自分で言うとった通り……。


 惚れてまうくらい、格好良かった。


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