其ノ一 魔法使いのおにい
いっちゃん最初にお兄に会うたんは、四歳の時や。
うちは迷子で、大きな木の下で泣きべそかいとってん。『こないに泣いてるんに、大人がだぁれも来ぃへんて、いったいどういうこっちゃ?』て半分キレとってん。
いっちょ本格的に泣いたろか思たら、ぶっとい木の幹の向こう側から、あったかい手ぇが伸びてきた。
「大丈夫やで。今、おかんが走って来る。もうちょいの辛抱や」
うちの手ぇを取り、ぎゅっと握ってくれた。その声は、うちより少し年上の男の子の声やった。手も柔らかぁて、そないに大きない。
「だれなん?」
うちがそう言うて、木の向こう側に回り込もうとしたら止められた。
「こっち来たらあかん。術が解けてまうんや」
「じゅつってなんやのん?」
「術は……こんなんやで!」
そう言うて開いた手のひらの中には、おっきなあめ玉が乗っとった。
「わぁ、魔法みたいや!」
うちが驚いて泣き止むと、あめ玉を口の中にポンと放り込みよった。
「こっち見ぃへんなら、おかんが来るまで一緒に居たる」
そう言うてまた閉じた手ぇ開くと、今度は小さな青い蝶がおって、ふわりと飛んで行った。
「すごい! もっとやってーや!」
うちは迷子やちゅうことも忘れて、大喜びでなんべんもなんべんもお願いしてもうた。
木の向こう側の『魔法使いのおにい』は、しゃあないなぁ言いながらも案外嬉しそうに、なんべんも魔法を見してくれた。
しばらくして、おかんが慌てて迎えに来た時、どないしても顔が見とうなって、約束を破って木の反対側に回った。
そこにはビー玉がひとつ転がってるだけで、さっきまで手ぇ繋いでくれとった魔法使いは、影も形もななっとった(なくなっていた)。
『さすが魔法使いや!』
約束を破ったことは棚に上げて、うちはそんな風に喜んだ。
* * * *
毎年、うちはおかんの生まれた家で夏休みを過ごす。たった一両きりの電車が、二時間に一本だけ走っとるような山ん中や。車もほとんど走っとらんし、信号も見たことあれへん。
子供の少ない山奥の村に、遊び場があるわけやない。それでもうちは夏休みが来るのが、毎年楽しみやった。
夏休みの朝は、目覚まし時計を鳴らさずにやって来る。代わりに裏の家んちのニワトリが鳴く。うちの日課は、ハチを連れて村中を歩き回ること。ハチは爺ちゃんが長いこと飼っとる、年寄りの犬や。
ハチは爺ちゃんと婆ちゃんに、むっちゃ信頼されとって『ハチが一緒や』と言うと、たいていは心配せぇへんで送り出してくれた。
うちは毎日どこへ行くとは決めへんまま、ハチの行きたがる場所へ着いてゆく。
廃校になった小学校の前を通り、だんだん畑の小道をゆき、林の中を覗いては引き返す。水の音を頼りに小さな泉を探したり、甘い匂いに誘われて赤や黄色の木苺を見つけたり、タヌキかイタチのような動物を見かけて、走って追いかけたりもするんやで!
林の中に鹿の親子がおったこともある。両親と住んどる街には、野生動物やらいるはずもあらへん。うちにとって村で過ごす夏休みは、毎日が冒険みたいやった。
猿と目ぇ合うたときは、ちょいビビったけどな。
そんな風にウロウロして、村の年寄りに挨拶しとると、甘いものやくだものをぎょうさんもらえんねん。そしたら手みやげを抱えて、うちは村はずれの高台を目指すんや。
村を見下ろす高台は、坂道をえっちらおっちら登って行く。息が切れても休んだりせえへん。汗が目に入っても辛抱や。
なぜなら、この高台にはとびきり良え風が吹く。
うちがこの高台を目指すんは、なんも風に吹かれるためだけちゃうんやで! ここでしか会われへん人がおる。そん人に会うんが、うちの夏休みの一番のお楽しみや。
いついるか、わかれへん。いつもいるわけちゃう。
それでもうちはもう何年も、夏の間中、毎日毎日ここに通てる。
初めて会うた時、決して姿を見せへんかった『魔法使いのおにい』。
今は、おっきなおっきな木の枝葉に、隠れるようにその翼をたたんで、まどろむようにうちを待っとる。




