おまけ 春が来た!
あれから三ヶ月。
小太郎は無事に学校を卒業した。
春一番が吹き、冷たい雨とあったかい雨が、かりばんこっつ(代わる代わる)に降れば、川には雪どけ水が勢い良く流れて、端っこのぬるんだ水にめだかの子が泳ぎ出す。
山は大慌てで、春の準備に追われている。
小太郎も忙しかった。
炭焼きになって山で暮らすには、まだまだ足りないことがたくさんある。
母親に簡単な煮炊きを習い、父親には食える山菜やキノコを習う。もう少し陽気が良くなったら、また爺さまに窯のことも教わる予定だ。
一緒に学校を卒業した同級生の中には、都会へと働きに行くものもいて、山に篭って炭焼きになる小太郎はバカにされたりもした。
「コタ、山ん中で猿とでも遊ぶんか? そんなん、何がおもしれーんだ?」
「おもしれーぞ! 山にはまだまだ知らねぇことがたんと(たくさん)あるかんな!」
普段はのんびりした小太郎が、大きな声でそう言い返したので、相手が目を白黒させていた。
冬の間にも、小太郎は何度か山に入った。雪が降ったあとには、窯の様子を見る必要があったし、たまには風を入れないと小屋がいたむからだ。
小太郎は必ず、一番最初に小屋の裏の林へと行った。
(ホタル草、戻って来てねぇかな! 新しい芽、出てねぇかな!)
ホタル草が寝床にしていた雪溜まりを、念入りに確認して、肩を落として小屋へと戻る。
「あんなに懐いていたんに……。あーあ、新しいタネも飛ばされて来てねぇみてだし……」
がっかりしながら窯の手入れや、小屋の掃除をする。天気の良い日に、あの時の広場を探してみたこともある。
けれどホタル草の道案内で、雪の降る夜に歩いた道だ。広場へたどり着けることはなかった。
神社の狛犬にも会いに行ってみた。
狛犬はしかめっ面をした、ただの石像だった。大きさも全然違う。コロコロと広場を走り回っていたのは、両手のひらに乗るくらいの子犬だった。
小太郎が『やっぱりあの晩のことは、夢だったんべか……』と思いはじめた頃、爺さまがこっそりと手招きした。着いて行くと爺さまは、納戸から風呂敷包みを出して小太郎に渡す。
開いてみると、古めかしい狐の面と小さな提灯が入っていた。
「爺さま……!」
目を見開いて顔を上げた小太郎を見て、爺さまはニヤリと笑った。
「コタ。これが、なんだかわがるが?」
「うん、見覚えある!」
小太郎がこたえると、爺さまは頭をポンポンと叩きながら言う。
「そうか。んだば、コタはいい炭焼きになるど! 炭焼きの一番の仕事は、山のもんと仲良くするこった」
「炭、焼かなくていいんか?」
「馬鹿たれ、炭は焼けや」
爺さまの手のひらがゲンコになった。
「この面はなぁ、コタ。わしの親父からもらったもんだ。お前の父ちゃんは炭焼きにならんかったからな。コタにやる」
「この面かぶると、仲間に入れてもらえるん?」
「いいや、仲間になっちゃなんねぇ。人間はお客さんだ。遊びに行ってもいいが、こっち側に帰って来い」
爺さまは、新月の晩に狐火が灯ったら、行ってみろと教えてくれた。何があるのかは『行ってみてのお楽しみ』なんだと。
小太郎は荷物の一番下に、大切に風呂敷包みをしまった。
山に入る楽しみが、また、ひとつ増えた。




