其ノ四 狐火の市(支度中)
おらぁ、寝ぼけてたんかも知んねぇ。何しろ、あんまし寒くねぇ。それに、粉雪の中くるくる回るホタル草は、夢みてぇにきれいだ。
このまんま着いてったら、凍えてしまうんべか? おらぁ、化かされてるんか?
ホタル草は、子供を惑わす悪い妖怪の手下だんべか?
一番ちびっこいホタル草が、おれの足元にじゃれつくように低く飛ぶ。こいつだけ、まだ白くしか光れねぇみてぇだ。
「ほれほれ、兄ちゃんたちに置いてかれんど。おらぁ、大丈夫だかん早く行げ!」
手でパタパタとあおいだら、トンボ返りを切ってからおれの頭に止まった。
ちびっこいやつは、いつでも面倒ごとを押しつけに来る弟たちに似てる。上の兄ちゃんたちに甘えるとドヤされるから、おれんとこに来る。
「ふふ、しゃーねぇ(仕方ない)なぁ」
しばらく行ぐと、ぽっかりとした広場に出た。まるで夜祭りのように提灯の灯る広場に、オンボロ屋台がひとつだけ止まっている。
のれんをめくると、もこもこに着ぶくれた男が七輪を抱えるようにして座っていた。
「おっちゃん、こんな山奥に店出しても客なんか来ねぇぞ」
声をかける。顔を上げたおっちゃんは、天狗の面を被っていた。こんな季節、こんな場所に店出してるやつぁ、やっぱり変わりもんなんだな。
「おめさんみてぇな変わりもんが来るかんな。そば、食ってぐか?」
「金がねぇ」
「ああん? ボウズ。まった(本当に)変わったもん連れてんなぁ」
天狗の面のおっちゃんが、面倒くさそうに立ち上がって言った。ホタル草、あんな面を被ってるやつに言われたくねぇんべな!
「金なん、いらねぇ。年越しそばだ、食ってげや」
おっちゃんが鍋のふたを外すと、もわっと湯気であたりが白くなった。ホタル草がサッと逃げる。
そばを茹でるいい匂いが漂って、腹がぐぐうと鳴った。それと一緒に、村の方からゴーン、ゴーンと鐘の音が響いた。
除夜の鐘だ。
「そうか、今日は大晦日か」
山の中ではずっとひとりだったし、このところホタル草のことばっかりだったからなぁ。すっかり忘れていた。
「呑気なボウズだな。ほれ、食え」
雪が広場を白く染めていく。提灯の灯りにキラキラと輝きながら、ゆっくりと落ちて来る。
ホタル草は隊列を組んで、ふわふわと広場を横切り、除夜の鐘に合わせてくるくると回る。
「楽しげ(楽しそう)にしてんなぁ」
おっちゃんが、おれを七輪の近くへと手招きしながら言った。ふところから煙管を出して煙草をキュッと詰める。
「おっちゃん、アレが何か知ってるんか?」
「んあ? なんもかんもねぇんべ。光って飛ぶ草だ」
「違えねぇな!」
おっちゃんの答えが、おれはとても気に入った。その通りだ。それでいい。
「ホタル草っていうんだ!」
「へぇ、ボウズがつけたんか? 良い名だ」
おっちゃんと二人で、除夜の鐘を聞きながらそばをすすっていると、ひらりとのれんがめくれた。
「おこんばんは。そば、おくれ」
鳥の面をつけた女の人だった。
思わず、そばを吹き出しちまった。他に人なんぞ来るはずもねぇと思っていたし、また面を被っている。
(おれの知らねぇ、変わった習慣の村でもあるんだんべか⁉︎ 隠れ里っちゅうやつか?)
ホタル草といい……まだまだ世の中には、おれの知らねぇことがあるらしい。
ふと見ると、鳥面の女の人の肩が光っていた。
「あっ! ホタル草、花、咲いてる!」
女の人の肩で光るホタル草は、繊細なガラス細工のような花をいくつも咲かせている。
「おや、外の子たちは、おめさんが育ててくれたんかい? 元気そうで何よりだ」
「その花が、母ちゃんなん?」
「そうだよ。タネが大風で雪と一緒に飛ばされちまってねぇ。心配してた」
花をつけたホタル草が、パタパタと回りながらのれんをくぐって出て行くと、チビたちがわらわらと寄って来た。
母ちゃんの葉っぱの上に乗ったり、スリスリとすり寄ったり。みんな嬉しそうだ。
「母ちゃんにゃ、敵わねぇなぁ……」
迷子のホタル草たち。これでお別れだんべか?
こんなことなら、どこかに隠して閉じ込めておきゃあ良かった。おれだけの秘密の不思議なホタル草。
(せめて花を咲かせるまで、近くで見てたかったなぁ)




