其ノ一 炭焼き小屋の小太郎
ちっとんばい(少しばかり)昔のこと。ある山に炭焼き小屋が御座ったそうな。
冬になると小屋からは、日がな一日煙が上がる。
ここいらの冬は、山から吹き下ろす強い風が、歩くにも難儀するほど吹き荒れる。風は煙を真横に流し、それを追うように風花(高い山から飛ばされて来た粉雪)が舞う。
そんな冬のさなかの、小さな山での出来事だ。
小太郎はこの冬十になり、はじめて窯番を任された。
爺さまと二人なら、炭焼き小屋に泊まり込むことは今までも何べんもあった。
「コタ。はー(そろそろ)、よかんべ(いいだろう)。窯開けてみぃ(みろ)」
爺さまがそういうと、いつだって窯の中にはキラキラと光る炭が行儀良く積み上がっていた。
爺さまの炭焼きはちいとも(少しも)大変に見えない。ところが、小太郎がやるとそうは上手く行かん。
売りもんにならんバラバラに崩れた炭をぎょうさんこさえて(たくさん作って)、窯を覗き込み過ぎて前髪を何べんも焦がして、大切な場面で居眠りをして、爺さまにゲンコ(ゲンコツ)をもらった。
「窯を覗いてりゃあ、いいってもんじゃねえが。ほれ、しっかり煙の色、見ろ。窯の声、聞け」
今年の冬は、小太郎ひとりで窯を守る。
爺さまの神経痛の具合がかんばしくないのだ。
年寄り扱いするなと強がってはいたが、山の底冷えは身体に障る。そこで一人前にはちいと早いが、春には尋常小学校を卒業する小太郎にお鉢が廻って来た。小太郎は最後の冬休みを、山で一人きりで過ごすことになったのだ。
「まーず(ほんと)、よいじゃねぇ(楽じゃない)」
小太郎は姉さまの持たせてくれた、握りめしを頬張りながらボヤいた。
良い炭を作るためには、窯の温度が全てだ。『炎を立てず、それでいて火を絶やさず』。こいつがやたらと難しい。
良い塩梅に空気を送り込んだり、締め出したりしなければならん。
爺さまのような熟練の職人ならいざ知らず、小太郎では、窯を離れる判断が出来ない。結果、目を離せず、気も休まらない。
ゆんべも窯の様子が気にかかり、夜中に何べんも目が覚めた。
それでも迎えた朝は穏やかだった。珍しく風が止んで、窯の煙がまっすぐ上に昇っている。小太郎は湯を沸かして、小屋の外で朝めしを食うことにした。
三割ほどが麦の握りめしは、すっかり冷えて硬くなっていて、パラパラと口の中でほぐれる。生のまま表面に塗った味噌の味を忘れんうちに、沸かした湯と一緒に、口の中でつるつると逃げる麦粒を呑み込む。
たったひとつ添えられた、丸のままの小茄子の漬物を、ゆるゆると噛んで中の汁をすすっていると、スズメが二羽、陽だまりの中で地面をついばみはじめた。
「なんも落ちてねーべや」
人の気配のない山ん中だ。ずっと黙って火の番をしていると、動いているものなら、なんでもいいから話しかけたくなる。
スズメに飯粒をいくつか放ってやると、チーチーと鳴きながら、二羽が交互についばんだ。
小太郎は、なんだか耳の奥がもぐったい(くすぐったい)気がしていた。
小太郎の家は大家族だ。小太郎の上に兄と姉がいて、下には妹と弟が一人ずついる。
やかましいなんてもんじゃねぇ。朝から晩まで、誰かしら泣きわめいてるし、ドタドタと走り回る音は雷さまといい勝負だ。
小太郎は山に来るたびに、胸のすくような解放感を感じた。狭い家の中で、兄弟たちの吐く息を吸うような生活が日常だったのだ。
鼻がツンと痛くなるような冷たい山の空気は、分け合ったり、奪い合ったりする煩わしさがない。
なんもかんも、独り占めだ。
兄弟姉妹の真ん中に生まれ育った小太郎は、それがとても贅沢なことだと知っていた。ゆんべ(ゆうべ)までは確かに『なんて清々した気分だんべ!』と思っていた。
ところが朝からは、どうにも座りが悪い。なんだか物足りない。忘れものをしたような気分で、そわそわと落ち着かない。
「たった一晩で、帰りたいとか言えねぇべ」
ようは寂しいのだが、小太郎にも意地がある。泣いて帰っては、またみそっかす(半人前)と呼ばれてしまう。
決められた期間を、なんとか乗り切らねば、小太郎に任せて送り出してくれた爺さまに顔向けができん。
「コマかけん玉でも、こさえるべか(作ろうかな)」
小太郎は少しでも気を紛らわそうと、窯の煙を横目で眺めつつ、小屋の裏手にある林に足を踏み入れた。
適当な枯れ木でも見繕って倒し、弟妹の玩具でも作ってやろうと思ったのだ。
しばらく行くと、木漏れ日の差す下草の上に、山頂から飛ばされて来た風花(粉雪)の吹き溜りがあった。その上で光を反射して、何かキラキラと光っている。
(なんだんべか?)
小太郎は、目を細めて足を進めた。




