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狐火の市へ  作者: はなまる
約束編(出雲弁)

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43/62

其ノ十一 それからの俺ら

 入り口の引き戸を引くと、カランカランと来客を告げる音がした。店の中から『らっしぇい!』という、威勢のいい声が響く。

 のれんをくぐーと、カウンターの隅でビールのジョッキを傾けちょったタクが振り向いた。


「おー、タク!」


 声をかけると、なんとなく照れくさげな素振りでうなずく。タクが都会の大学へ行ってから、盆と正月くらいしか会えんやになった。


 だどもそーは、()()での話だ。



「カメ吉、居なくなっちゃったんだ」


「ああ、狐火の市に()んだ(帰った)だねか?」


 夢ガメのカメ吉とは、思いのほか長いつき合いになった。河童から買ったエサがなんなった後も、市販のカメのエサを食べながら、時折り思い出したやにプカリと煙を吐いちょった。


 そうして勝手に人の夢へと、俺とタクを連れて行く。あの晩、狐火の市で出会った人や、あやかしたちの夢に。


 猫又のニアに、狐の婆さまの修行の愚痴を延々とこぼさいたり、天狗の面を被っちょったミサキと一緒に夜釣りをしたり、河童に水泳を教えてもらったりした。


 タクが出会ったという太一さんと、種屋の鳥の畑仕事をテゴ(手伝いを)したり、銀という狼のあやかしと細工物を作ったりもした。銀には、美人の人間の嫁さんがいるらしい。


 カメ吉が煙を吐いた夜は『今夜は誰に会ええだらかな!』と、ワクワクしながら眠った。


 そーはタクが、都会へ行ってしまっても変わらんだった。おかげで遠く離れちょった気がさん。


 カメ吉がおらんやになった水槽は、今はきれいに洗って部屋に置いてああ。ちょんぼし(少し)……いや、かなり寂しい。

 でもカメ吉もきっとそろそろ年頃で、嫁さんでも探しに狐火の市へと帰っただねかと思っちょる。そのうち嫁さんと子ガメを連れて戻って来てごいたら嬉しい。


「マサト、今夜が新月だて知っちょーか?」


 酔いが回ってタクが、都会の言葉から出雲弁へと戻る。


「行ってみいか?」

「いいで! 狐面も提灯もねけどな」


 そげ言いながら、俺もタクも席を立たん。


 ああから十五年が過ぎて、俺たちは大人になった。投げ出したくなあことも、逃げ出したくなーこともある。だども、狐火の市へ行かないけん程だない。

 あの真っ暗な夢の中から、タクを引っ張り出した俺の手は、いつの間にか大きんなった。タクの心臓は、今でも規則正しく動いちょる。

 今晩、狐火の市へ行かん俺たちは、満更悪くない大人になれた気がしちょる。


 タクがツマミに、きゅうりを頼んだ。そげ来たか! 俺はメニューを開いて、いなり寿司を注文した。


 こんな新月の晩も、案外、悪くない。



 迷わずの風鈴の音が、騒がしい店の片隅から、チリーンとかすかに聞こえた。


『ははは! 心配すーなよ。俺らは、迷おちょらんぞ』。



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