其ノ十 マサトのビーム
病院を抜け出して、マサトと狐火の市へと行った日から三ヶ月後。ぼくは都会の病院で、心臓の手術を受けることになった。
手術の間、深く深く眠っていたはずのぼくは、夢を見た。提灯を持って、一人で暗闇を歩いている夢だ。
提灯の灯りは頼りないほど暗くて、ゆらゆら揺れて今にも消えそうだった。
(こぎゃん真っ暗闇で灯りが消えてしもうたら、身動きが取れんやんなる)
提灯を揺らさないよう、そうっと歩いた。
ところが、誰かがふうっと息を吹きかけたように、ろうそくの炎が消えて、ぼくは途方に暮れて、その場に座り込んでしまった。キリキリと絞られるように、胸が苦しくなる。
どのくらい時間が過ぎただろう。気がつくと、遠くから自動車のヘッドライトみたいな明かりが近づいて来るのが見えた。
急いで立ち上がると、目をビームのように光らせた、マサトが走って来る。
「タク、帰らや!」
当たり前みたいに、右手を差し出された。
「なんで目が光っちょーで?」
ぼくが聞くと『けっこう役に立つで』と笑う。
「走いぞ!」
ぼくの手を引いて立たせる。ビームが眩しくて目が眩んでしまった。
「待ってごぜ! ぼくは走れん」
「走れえよ! ほら、風鈴の音が聞こえーだら? あっちだわ!」
マサトが狐火の市で買あた『迷わずの風鈴』の音だ。道に迷おた時に、帰り道を教えてごぜ(くれる)。
あの時ぼくは『マサト、なして変なものばっかり買っちょーや?』と言って笑うた。もっと面白いもんがたくさん売っとったのに。だども、もしかすうと。
ぼくのための買い物だったかも知れない。
* * * *
ぼくは病気がわかった時も、入院が決まった時も、マサトには知らせんだった。
マサトにだけは『かわいそう』と思われたくなかったけんだ。心配されえのも、置いて行かれえのも、忘れられえのも嫌だった。
ぼくはマサトに負けるのもキライだけど、勝つのも同じくらいキライだ。
じゃあどげしたいだらか?
加減なしで全力で走って、同時にゴールしたい。それはとても難しいことだっちゅーのは、わかっちょーけんど。
狐火の市なんて、ぼくだって本当に信じちょったわけじゃない。あったらおもっせけど、しゃんもんは映画やマンガの中の出来事だ。
だども、病院で寝ちょーだけのぼくには、ほかにマサトと話すことなんか思いつかんかった。だけん『狐火の市なんか、あーわけねだら?』と言わいた時も、何とも思わんだった。
傷ついた顔をしちょったのは、マサトの方だ。
あの新月の晩は、我ながら無茶をしたもんだわ。体調のいい日が続いて、マサトがなんべんも病室に来てごいて。
なんだい、行けえやな気がした。マサトが行かかとしちょることも、なんとなくわかった。今夜を逃したらいけんと、ぼくのポンコツ心臓が言っとった。
弟のシンジにゲームソフトをエサにして、ぼくの身代わりを頼んだ。シンジとぼくは似ちょるけん、巡回の看護師さんは騙さいてごいた。大人たちはあの晩のことに気づいちょらん。
ぼくはあのあと体調を崩いて都会の病院へ転院になった。マサトと会えんやになったども、少しも後悔しちょらん。
ただ、ぼくの手を引くように先を歩くマサトが……時々、心配そうに振り返ることが、癪に触った。
狐火の市の灯りが見えて来て、黙って立ち止まったマサトの横に、並んで立つ。
跳び箱の六段目を、はじめて飛び越えた時みてな気持ちだった。ゆっくりと、一歩一歩を、惜しむように進んだ。
あの時、勝つのも負けえのも嫌なら、どげしたらええのか、ぼくはやっとわかった気がした。
勝ったり、負けたりすらええ。たくさん勝負して、競争して、悔しがったりすらええ。
これからも、ずっとそげすらええ。
狐火の市へと、ぼくらは『いっせーのせ!』で飛び込んだ。
* * * *
夢の中でマサトと走る。真っ暗な闇をマサトの目が照らす。黙って目からビームを出して走いマサトを見ちょったら、ぼくはたまらんよう可笑しんなった。おまけに肩に、小さなカメを乗せちょる。確か名前は『カメ吉』。
カメもこのためだったかや!
笑い出したら止まらなくなった。マサトも釣られて笑った。
二人でゲラゲラ笑いながら走ると、時々チリーンと風鈴が鳴る。その音を頼りにして、ぼくらはぐんぐんとスピードを上げた。
全速力で走ってもぼくの心臓は、少しも苦しくならなかった。




