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狐火の市へ  作者: はなまる
約束編(出雲弁)

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其ノ九 夢ガメ屋

 次の店は『におい袋屋』だった。ほっこりとふくらんだ、小さな巾着(きんちゃく)が並んでいる。本家の婆さまが、着物の切れはしで作っているのを見たことがある。店番は狐面の婆さまだ。


 きれいな桜の模様の袋を手にとって嗅いでみると、ふんわりとお香のような匂いがした。


『これは、記憶の引き出しを開けるにおい袋じゃ』


 耳の奥で婆さまの声が聞こえた。驚いて顔を上げると、婆さまは面の口の部分に人差し指を当てている。


(こ、こーが妖怪の術てやつだらか! ぼく、魂を取られえかもっせん!)


『ふん、小僧っ子の魂なんぞいらんわ』


 鼻で笑うような声が聞こえる。ヤバイ。ぼくの頭の中はすっかり読まれちょる。


『記憶の引き出しって、どぎゃん意味だで?』


 心の中で話しかけてみる。


『匂いを嗅ぐと、色々思い出す』


 すごく雑な説明だった。でも、テストの時とか便利かも。


『やましいことに使う小僧には売らん』


 バレちょー。


 ぼくはちょっとがっかりしたけれど、リュックサックから油揚げを出して婆さまに渡した。本家の死んだ婆さまに、声が少し似ていた。


 狐面の婆さまは油揚げを受け取ると、ポンと一番小さな袋を投げて寄こした。


『眠気覚ましじゃ。これ嗅ぎながら勉強せいよ』


 ぼくは『うへぇ』思ーたども、ありがたーと貰っちょーことにした。



 次の店は風鈴を売っていた。透明なガラスの風鈴で、金魚や花の絵が書いてある。持ち上げて鳴らすと、チリーンとかカラカラとか、きれいな音がした。


 店番のタヌキ面のおっさんは、湯呑み茶碗に一升瓶の酒を注いで呑んでいる。


 風鈴には一つ一つに説明書きが付いていた。今まで見た中で一番親切だ。おっさんはダラダラと酔っ払っているけれど。


『惚音』『眠音』『忘音』


(催眠術なやな。こら、あんま、ええことない店だねか?)


 そう思いながらも、リュックサックからイカの一夜干しを出して渡した。お父が晩酌していた時に『お酒だけ飲むのは身体に悪い』とお母が言っていたのを思い出したからだ。あと、リュックサックが重かった。


 ぼくが次の店に向かおうとしたら、タヌキのおっさんがヒョイヒョイと手招きした。ぼくは小さな風鈴をひとつ、押し売りされた。



 次の店は、小さな亀を売っていた。


 ミドリガメよりもひと回り小さな亀が、水と石を入れた小皿の上で、のんびりと首を伸ばしている。


 甲羅の模様に所々、鮮やかな色が入っていて、時折りシューッと甲羅と同じ色の煙を吐いている。明らかに普通の亀じゃない。


 店番の男は、足元の水を張ったタライに両足を突っ込んで居眠りをしていた。少しズレて斜めになった面は、頭の上に皿のある河童(カッパ)だ。

 リュックからきゅうりを取り出してコトリと亀の皿の隣に置くと、面の中でスンスンと鼻を鳴らす音がして、男が目を覚ました。


(河童がきゅうりが好きって、ほんのことだったわ!)


 男が『食っていいのか?』というように、きゅうりを持って首をかしげて見せる。

 ぼくはうなずいてから、スケッチブックに質問を書いた。


『このカメの煙は何?』


 男はきゅうりをボリボリとかじりながら、手を差し出した。水掻きは付いていない。


『夢ガメ 餌 煙 色』


 渡したスケッチブックに、暗号のように書かれた文字。習字のお手本より上手だ。


(この亀は『夢ガメ』で、餌の種類で煙の色が変わるっちゅーことか?)


 もう一本きゅうりを渡すと、面をずらした口もとが緩んだ。きゅうり、持って来て良かった。


『夜 煙 夢 見る』


 煙の色で夢の種類も変わる……だねか?


『だれかと一緒の夢を見たりでける?』


 ぼくは残りのきゅうり全部と、リュックサックの中の宝物を男の前に並べた。

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