其ノ五 新月の晩
押し入れにしまい込んじょった、不恰好な狐面と提灯を引っ張り出いた。狐面は作った時よりもっとひしゃげちょって、提灯は破れちょった。パカリと口をあけて舌を出した、提灯オバケなやだった。
タクの家へ行って、お爺に『タクと病院で遊ぶ』て言って、タクの狐面を探いてもらった。二人分の宝物も出いてもらった。
タクの狐面もずいぶんとひしゃげちょったけど、次の新月は一週間も先だ。修理すれば間に合あわ。他に用意する物があーだらか?
図書館へ行って、オバケや妖怪のことを調べた。狐はお稲荷さん、天狗はキラキラ光あもん、河童はきゅうり、幽霊は水あめが好きだげな。宝物の他にも、色々ああと何か変わーかも知れん。
渡せえ物は何でも渡す。タクをあの白い殺風景な部屋から連れ出すためなら、惜しいもんなん、なんもない。
一日おきにタクの病室へ行った。
どぎゃん顔をしていいだかわからんで、ベッドの横の椅子に座って黙って漫画を読んじょった。タクの腕の刺しっぱなしの点滴の針がおぞて、余計に何も言えらだった。
一週間後。月のない新月の晩。
ぼくはもうすっかり狐火の市へ行くつもりになっちょった。今夜、きっと狐火は灯る。灯らんでも、ぼくは山へ行く。
狐火の市があってもなくても構わん。ぼくは山へ行く。
家族が寝静まーのを待って、出かけえ準備をしちょーと、部屋の窓がコツンと鳴った。慌てて窓を開けえと、タクがパジャマのまま、ぼくの部屋の窓を見上げて立っちょった。
「な、何しちょーや! 病院を抜け出いたかや?」
タクは病院のスリッパを履いちょった。
「うん。マサト、今夜行くだら? ぼくも行くわ」
「な、なして、わかったで?」
「わかーわね、マサトの考えちょーことなんか。みんなお見通しだわ」
『探偵かや!』って言ったら、タクは得意そうに『へへっ!』と笑った。なんとなく遠に感じちょったタクとの時間と距離が、一気に元どおりになった。
「大丈夫だで? その……体調とか……。具合はどげだで?」
声をひそめて話いた。見つかったら、タクはすぐに病院に戻さいてしまう。
「マサトに心配されーの、なんかえらくらし(ムカつく)わ! 大丈夫、最近調子ええけん。そーより、準備は出来ちょーかや?」
「任いてごせや! バッチリだわね!」
二人分の狐面を窓から投げ渡す。
「ほんなら……行くか!」
「おう! 行かこい!」
タクは靴と服を替えて、ぼくの自転車の荷台に座った。
「途中、えらんなったら(疲れたら)交代な!」
「病院抜け出して来た奴に、そげなことさせられーかい。ほお、こおを持ってごせ!」
大きん膨らんだリュックサックを渡す。
「うわっ、重てなあ! 何が入っちょるで?」
「二人分の宝物。他にもきゅうりとかお稲荷さんとか、妖怪が好きそうなもんとか……」
タクが吹き出した。
「あはは! マサト、狐火の市なんてああはずがねって言っちょったに!」
「うるせーっつーの! 探しもんは、あーと思って探さな、見つからんわね」
背中にタクの笑う振動が伝わって来たけん、なんだいホッとした。窓の下にパジャマで立っちょったタクを見た時は、一瞬オバケか思ったけん。
「うん、だども……まんだ狐火、灯っちょらんよね? どこの山へ行くで?」
「色々考えたども、出雲大社の方へ行かかと思う。自転車なら一時間くらいだけん」
神さんの近くの山なら、たぶん悪るもんは近寄れん。そげな場所の狐火の市なら、怖ことにはならんやな気がした。
「しっかり掴まっちょれよ! とばすで!」
シャッターの降りた商店街を抜け、川沿いの道を走る。真っ暗な道を自転車のライトが、切り取るように照らした。
街の明かりから離れて、月のない夏の夜空が視界いっぱいに拡がっていた。
「このままどこぞへ行きたいわ」
鼻うたを歌っちょったタクが、突然黙ったと思ったら、ぼくの背中に顔をつけて言った。
「どこぞって?」
「外国とか……?」
「バーカ! オレたち、まっとすごい場所に向かっちょーわや!」
タクの先のなえような言い方が怖くて、わざと大きな声でわらーた。
お山がだんだん近づいて来る。
狐火は、まんだひとつも灯っちょらん。




