其ノ四 病院
夏休みがはじまった最初の日。母ちゃんが急に、病院へ行くと言い出した。タクが入院しちょるとね。
「タクの病気はいけんで? 手術とかせないけんで?」
「う……ん。いけんことはねだも、ちいと長引いちょーけんタクちゃん退屈しちょーとね。あんた仲良しだけん、相手してあげえだわね」
母ちゃんの歯切れの悪い返事で、ぼくは不安になった。あげん元気だったタクが病気? そーこそ悪い冗談だ。年寄りでもねぇ子供が長げこと入院すーなんか、テレビや映画の中だけの話だと思っちょった。
「盲腸や骨折だねぇだら?」
テレビや映画の中で、長げこと入院すーやな子供は、たいてい可愛そうな役だ。
「タクは死んでしまーだか⁉︎」
「ダラズ(バカ)! なんてこと言うかね! タクちゃんの前でそげなこと言うたら、母ちゃん許さんけんね!」
ぼくの頭を叩いたお母の、泣いてしまーやな顔が答えだと思った。タクは、たぶん、がいに(とても)重い病気になっちょーだわ。
一番のお気に入りの漫画を紙袋に入れながら、ぼくは自分の手が震えちょーことに気がついた。
どげな顔をしてタクに会えばええだい、何を話せばええだい。ぼくにはさっぱりわからんだった。
* * *
病院から帰ってぼくはゲームをした。親戚の集まりで従兄弟の兄ちゃんが裏技を教えてごいたゲームだ。狐の面をつけた中ボスを、裏技を使ってボコボコにした。
直前のセーブから何度もやり直して、何度も何度もやっつけた。
ぼくは病院に何しに行っただーか?
タクのお見舞いだ。
ぼくはタクに何を言ったかいな?
なしてタクを傷つけたいて思っただらか?
なんだい腹が立った。タクに、置いて行かれーと思った。自分が先に破らかとした約束だに、タクが破うのは許せんだった。
ぼくは狐火の市へは行けんでも、退屈な夏休みをタクと過ごしながら、この出雲の町で大人になーと思っちょった。
同じ中学へ行って、ヒーヒー言いながら部活でしごかいたり、女の子にうつつを抜かしたり、タイギだタイギだと言いながら受験勉強を、一緒にすーと思っちょった。
狐火の市へは行けんでも、特別な冒険に出かけえことがなても、不思議な道具が手に入らんでも、タクと一緒に大人になーと思っちょった。
タクがおらんやになーなんか信じられん。しゃんこた、信じる訳にはいかん。
同じ信じられんことなら、ぼくは狐火の市を信じいわ。
「行ってやる。ぼくひとりでも行くで。狐火の市は絶対あーけん」




