其ノ一 幼馴染
「狐火の市? タク、そぎゃん子供なやなこと、まんだ言うちょーかや?」
久しぶりに会った幼馴染のタクは、全然変わっちょらんだった。
こまい頃とチョンボだい(少しも)変わらん顔で「マサト、今年の夏休みは大丈夫だわの? 約束覚えちょーかや?」と笑う。
五年生にもなって、オバケだい妖怪だい、不思議な露天市のことを、まんだ信じちょーだか?
そりゃあ世の中には、不思議なことがあーかもっせんとは思う。宇宙人はきっとおる。タイムスリップや前世の記憶なんかも、もしかしてと思っちょる。だどもそれは、ぼくとはきっと関係のね場所で起きいことだ。
ぼくはもう、狐火の市なんか信じちょらん。
「狐火の市なんか、あーはずねが?」
いつまでも子供でいるタクが憎らしかった。自分が捨ててしまったガラクタを、まだ大切にしちょータクを、傷つけてやりたいと思った。
狐火の市なんかより、病院の白い部屋で管につながれて笑うタクの方が、よっぽど現実感がない。
『今年の夏休みは大丈夫だわな?』
大丈夫だないのは、わ(おまえ)だねかや?
『約束覚えちょー?』
約束を破うのは……タクの方だねかね。
* * *
狐火の市のことを教えてごいたのは、タクのお爺だ。
母親同士が友だちだったぼくらは、そおこそ赤ん坊の頃から顔を合わしちょった。紐落とし(七五三)も一緒に祝ったし、おたふく風邪も一緒に寝込んだ。
小学校へ上がった年、最初の夏休みだったと思う。タクの家の庭で花火をしたあと、縁側でスイカを食っちょったら、お爺がタバコを吸いに来た。
大きな煙の輪を作ってごいちょるお爺に、二人して顔を見合わせながら言った。
「お爺! またおぜ(怖い)話、して!」
タクのお爺は、怖い話をたいそ知っちょった。
海から誘うやに手が伸びい話や、暗れ廊下で笑う赤服の女の子、自動車とおんなし速さで走い、下半身のね男の話。
「おぞ~(怖え)‼︎」
「サブイボ立ったぁー‼︎」
ぼくもタクも、おぜおぜ(怖い怖い)と言いながら、次の話をねだった。
お爺は「夜中にしょんべん行けんやんなっても知らんぞ」と言いながらも、タクのお母に「近所迷惑だけん静かにすうだわ!」と叱られるまで、ぼくらに付き合ってごいた。
「ほんなら、最後の話だ。これ終わったら風呂に入いだぞ」
そのお爺とっておきのが『狐火の市』の話だった。
「夏から秋にかけての新月の晩、お山に火の玉が浮かんことがああ。真っ暗な、人なんぞ居ーはずもね、山ん中でのお。人間の仕業だない。狐火って言いもんだ」
川向こう街の後ろに、暗くそびえる出雲のお山。お爺はついっと伸ばした人差し指を向ける。
「ほーれ、あの山かも知れんよ」
お爺の声が、まるで知らん人の声みたいに聞こえる。
たったひとつだった山の火は、ひとつ、またひとつと増えてゆく。三つの火が点いたら、不思議な物が売っちょる、狐火の市が立った合図だげな。
欲しいもんがあーなら、行ってみいだわ。そら、タダじゃ手に入らん。大切な宝物と交換だで。
暗ぇ山道を、声を出さんで歩く勇気も要いで。狐火の市へ行くにゃあ、作法があーけん。
狐の面を被らないけん。提灯を持って歩いてかないけん。何があっても喋ったらいけん。
三つの作法を守れん者は、狐火の市にはたどり着けらん。
「どげだ、行ってみてか?」
「「行きたい!」」
ぼくらは顔を見合わせて、声をそろえて応えた。




