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狐火の市へ  作者: はなまる
姉ちゃんの嫁入り編(博多弁)

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32/62

其ノ六 姉ちゃんの嫁入り

 あれから六年。僕は中学二年生になった。今年の夏にぐんと背が伸びて、姉ちゃんの背ば追い越した。近頃はようやく『泣き虫坊や』だの『わるそう(いたずら)坊主』だの呼ばれることも、なくなった。


 そして今日、姉ちゃんが嫁に行く。


 大きな声では言えんが相手は人やなか。『銀』ちゅう名の、狼のあやかしや。


 僕が銀とどこで出会うて、姉ちゃんと銀がどげん風に恋に落ち、結婚が決まるまで、どげんアレコレがあったんか。そりゃまた別のお話や。


 なんせ、今日は姉ちゃんの晴れの日で、僕もそれなりに忙しか。真っ白な綿ぼうしばかぶった、花嫁衣装の姉ちゃんは、天女さまのごときれいや。銀も紋付袴の正装だ。いつもはザンバラの頭も、きれいになでつけてある。


 三割増しで男前度が上がっている銀を見て、僕はあの日のことを思い出した。




     * * * *



 ある晩、銀が紋付き(はかま)の正装でやって来た。畳に手ばつき、イツキに頭を下げる。


「イツキ、おまえの姉ちゃんば俺にくれ。俺は人やなかが、命ある限り、おまえと姉ちゃんば守るけん」


 イツキはその頃には、サトコの本当の弟でないことで()ねることもなかったし、銀のこともとても好いとった。心の中では、いつも銀を兄と呼んでいた。


 けれど、それでも……。サトコの『一番目』をゆずるのは、イツキにとって簡単なことではない。


「ずっと二人っきりやったけん……。それに姉ちゃんは僕の心配ばっかりしとって、自分のことば、いつも後回しで……!」


 僕はまだ姉ちゃんに、なにひとつ返せとらん。イツキはそう思って唇を噛んだ。


「サトコはずっと、おまえの姉ちゃんばい。それは変わらん」


 銀の目はどこまでも真剣だった。中学生のイツキを相手に、誤魔化すことも茶化すこともしない。


「ね、姉ちゃんば泣かせたら、許さん!」

「ああ、大切にするばい」

「浮気なんしたら、承知せん!」

「そげな心配はいらん」


 銀の目は狼の目だ。人間の白目にあたる部分は、薄らと金色で瞳は琥珀色。その目は人の世に紛れても、濁ることなく澄んでいる。


「俺も、おまえの家族にしてくれんか?」


 泣きべそをかいていたイツキの背中を、銀の手がそっと撫でる。大きく、硬い大人の男の手だ。それはサトコの柔らかな手にはない、真冬の山のような、揺るがない強さを持っていた。


「銀、姉ちゃんば、頼みます。これから幾久(いくひさ)しゅう、よろしゅうお頼みします」

「お引き受け申した」


 二人は、畳に額をつけて、たがわぬ約束を交わした。



        * * * *



 姉ちゃんと銀の結婚式は、人とあやかしが入り乱れ、正体を知っているもんも知らんもんも、みんなが笑顔で祝福してくれた。


「なぁ、おっちゃん。なぁ、婆さま。姉ちゃんは人間で、あやかしたちにイジメられたりせんか?」


 天狗んおっちゃんと狐ん婆さまに聞いてみた。


「銀がサトコを守ってくれるじゃろうて。そういう男じゃよ」


 婆さまが術を編みながら言うた。


「だいいち、サトコは黙ってイジメられるような女ではなかろう?」


 おっちゃんが術具の大玉を取り出しながら言うた。


「そっか。そうだよな! あれ、えっ……二人とも、なんしよーと? なんも知らん人間もおるけん、あんまり大きな術、使わんといてや!」

「若いもんが、なにを細かいこと言うておる。祝いの門出じゃ! 皆の者、派手に行こうぞ!」



 天狗のおっちゃんが、大玉ば空高う投げ上げると、肩に乗ったカラス天狗がそん玉ば弓で射た。

 シャリンと玉の割れる音と共に、色とりどりの花びらが舞い落ちる。


 狐の婆さまの術が編み上がり、空に小さな虹がいくつも掛かり、太鼓と笛ん音が響きだす。面ば付けた子供のあやかしたちが、踊りながら空ば駆け、銀の作った細工物の蝶が、ひらひらと舞い飛んだ。


 拍子木の音が高く響く。銀が軽々と姉ちゃんば抱き上げ、そんまま宙返りば決めると、全員がドロンと消えた。


 あとに残されたんは、呆気に取られた人間のみ。僕はなんば言わるーか、ドキドキして周りば見渡した。


 ところが、姉ちゃんの同僚の先生たちも、近所のおっちゃんやおばちゃんたちも、お神酒(みき)ばキューっとコップであおってから言うた。


「いやー、おもろかもん見せてもろたわ!」

「良かお式やったねぇ」

「サトコちゃん、幸せそうやったな!」


 ぼくん背中ばバンバン叩いて、千鳥足で帰ってゆく。浮かれてやり過ぎたあやかしたちを、酔っぱらいの見間違いで済ませてくれるらしい。


(それとも……。ぼくが知っとーよりも、こん街ん人たちは、あやかしと近か暮らしばしとーんやろか?)


 神社の裏山ば見上げれば、昼間っから狐火が灯っとる。ぼくは狐ん面ばかぶって、ゆっくりと石段ば昇りはじめた。狐の面は僕の、ほんの少しの寂しい気持ちを隠してくれる。


(階段を登り終わったら面ば外そう。僕はもう、泣き虫坊ややなかけんね!)



 本日は、大安吉日。天気も上々、風も爽やか。ほんに……、ほんに良き日となりました。


                ―おしまい―



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