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狐火の市へ  作者: はなまる
姉ちゃんの嫁入り編(博多弁)

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其ノ四 サトコ

 最近、弟んイツキが可愛くなか。そりゃあ男ん子は、いつまでも姉にべったり甘えん坊では困る。ばってん(けれど)、急によそよそしゅうなられると、どうにも面白くなかと。


 最近まで一緒に寝るいうて駄々ばこねとったとに、外で手をつなごうとすると振りほどいたりする。

 カチンときて、無理やりつないだら走って逃げて行きよった。ついこの間まで『ねーたん、ねーたん』とトイレまで着いて来たくせに。

 そげな(そういう)年頃なんはわかっとってん、気持ちがついていかん。



 父さんが再婚して、ずっと顔見知りだった人が母さんになった。すったもんだの末に、ようやく『これから家族になっていこう』と思えた矢先の交通事故やった。

 父さんと、母さんになってくれた人が、いっぺんにいなくなった。

 二人とも肉親の縁に薄か人やった。近所ん人に助けられて葬式が終わった時、うちとイツキのそばに大人はおらんかった。


 うちが十六、イツキはたった二つん時のことだ。


 役所の人が来て、イツキだけでも施設に入れた方が良かち言われた。近所の人らにも『サトコちゃん、高校生になったばっかりのあんたに、こげん(こんなに)小さい子ん世話は無理ばい』ち言われた。


 ばってん(けれど)、うちはイツキを他所(よそ)へやる気なん、さらさらなかった。

 幸い両親の遺してくれた家と保険金で、生活に困ることはない。


 やったら(だったら)、うちが父さんの建てたこん家ば守ろう。そして、母さんの遺したイツキば、立派に育てよう。うちはイツキの母さんのことも、ちかっぱ(とても)好いとった。


 イツキが五つになった頃、母さんの遠縁やちゅう人が、イツキば養子にしたかち(したいと)言うて来たことがある。今の今まで放ったらかしやったくせに、なんば都合ん良かことば言うとおとね?

 二人の結婚式にも葬式にも顔出さんかった人らが、今更なんや言うと?


 おまけにイツキのことば『お荷物』やち言いよった。あんたらに言われとうなか!

 猫の子ら育ててんと違う。大変やなかなんち言わん。毎日、戦争とお祭りいっぺんにやっとるみたいや。ばってん、うちはイツキがいたからやって来れた。


 不安に押しつぶされそうやった時も、何もかも投げ出しとうなった時も、えずか(怖い)夢ば見て目が覚めた時も、イツキの手ば離すもんかと踏ん張った。イツキのアホみたいに気の抜けた寝顔を見れば、また明日も頑張れるち思えた。


 うちはイツキの重さがあったけん、飛ばされることも、流されることもなかったんや。


 こん荷物は、重うてもうちが好きで抱えとお、大切な荷物や。なんも知らんもんが、口出しするのは許さんばい! 


「いつでん力になるけん、なにかあったら連絡しんしゃい」


 そう言うて帰って行ったそん遠縁やちゅう(だという)ご夫婦は、そん後うちとイツキの人生に関わりあいになることはなかった。



 うちらが血のつながらん姉弟やちゅうことは、近所では知らん人はおらんかったけど、当のイツキには知らせとらんかった。

 イツキが高校生くらいになったら、知らせないかんなぁとか、ぼんやりとは考えとった。うちには血のつながりなん、大きな問題ではなかったけんな。ばってん、イツキにとってはそうではなかったげな(みたい)。


 そんことば友だちにからかわれ、大暴れした上に家ば飛び出してしもうた。なんやデベソって! うちが覚えとる母さんは、イツキの母さんだけばい。同じ人やちゅうの!


 すぐに戻るやろうて思いつつ、イツキの行きそうな場所ばいくつか探しよるうちに日が暮れた。学校や友だちに電話してみたあと、うちは懐中電灯ば持って神社へと向かった。何年か前に神社の階段の下で、イツキがこっそり子猫ば飼うとったことば思い出したけんな。


 神社ん境内や裏庭ば探しとおと、裏山へと続く道ば走るイツキの後ろ姿が見えた。

 イツキは秋祭りん狐面ば被り、提灯ば灯して走っとった。ホッとして名前ば呼ぼうとしたそん時――。


 イツキの後ろ姿が、湖面に映る人影のようにゆらゆらと揺れて霞み……そして消えていった。



            ◇ ◇ ◇



(き、消えた? イツキが消えてしもうた?)


 イツキの消えたあたりまで走って行き、大声で呼ぶ。


「イツキー! どこにおると? いたら返事しんしゃい!」


 何度か呼ぶと線香花火が散るように、シュッと密かな灯りが浮かび上がる。その中にイツキの後ろ姿が映り、またすぐに消える。


(幻覚やろか? なにかの見間違い? うちは寝ぼけとおと?)


 サトコは声を失い立ち尽した。しばらくすると少し離れた場所に、またイツキの姿が浮かび上がる。


「イツキ!」


 灯りの中のイツキは、いくら呼んでもこちらを振り向きもしない。声が聞こえていないのだろうか?


「イツキ、どこ行くつもりと!」


 イツキは狐面をかぶっていた。提灯も持っていた。だが、秋祭りの狐踊りの練習をしていたわけではないだろう。


 サトコも子供の頃、宝物を用意して山に狐火が灯るのを待ったことがある。この街の子供なら誰もが経験することだ。

 見上げた山のてっぺんには、灯りが三つ揺れている。


(狐火の……狐火の市と? 本当に、そげなもんがあるとね?)


 そんなバカなという気持ちを、繰り返し灯りの中に浮かぶイツキの姿が押しやってゆく。サトコは石段を駆け下りた。


 家へと戻り、息を切らせて押し入れの中をかき回す。サトコは高校年生の時、秋祭りの舞台で『炎狐姫』役をつとめたことがあり、衣装や面はその時にもらっていた。


 深呼吸して、作法を思い出す。


(狐の面ばかぶる、提灯ば持って歩いてゆく。そして、決して声ば出して喋ってはいけん)


 イツキは走っていた。行くにしろ、戻るにしろ、あのままではダメなのだろう。


「まったく、あん、いたずら坊主が! 世話が焼けるったらありゃせんばい!」


 得体の知れない、あやかしの市だ。たどり着けるのか。そして、無事に帰れるのか。


(まあ、イツキに追いつければ、それでよか!)


 サトコは炎狐姫の狐面と提灯をつかむと、神社の裏山を目指して駆け出した。



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