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狐火の市へ  作者: はなまる
姉ちゃんの嫁入り編(博多弁)

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其ノ三 裏山へ

 狐面と提灯のしまってある物置は知っている。古い錠前の案外チョロイ外し方も、悪ガキたちの間では有名だ。

 イツキは神社の裏庭にある物置から、狐面と提灯をひとつずつ持ち出しスイッチを入れた。子供用の提灯は、ロウソクではなく、電池で明かりが点く。


(宝物ば取りに家へ帰りたかばってん、きっと姉ちゃんはぼくを探しとる。見つかったら山へは行けんくなる)


 差し出す宝物がなくては、何も手に入らないのだろうか? だがぐずぐずしていたら、狐火が消えてしまうかも知れない。


(そもそも、妖怪の欲しがるもんち、なんなん)


 イツキたち子供の間では、狐火の市の正体は妖怪の市だろうといわれていた。そのことを思い出し足がすくむ。


(妖怪は人間ん魂とか、そげなもんを食べたりするんか?)


 考えたらますます怖くなった。けれど、こんなチャンスが何度もあるとは思えない。


(狐の面ばかぶるんは、たぶん人間やとバレんため。作法ば守って喋らな、きっと大丈夫や!)


 イツキは狐面をかぶり、裏山への道を全速力で走った。

 神社の裏手にある山は、もともとイツキたちの遊び場だ。山頂には小さな稲荷神社があり、参道と石階段が続いている。


 とはいえ、夜……しかも新月の晩に一人で山に入るなど初めてのことだ。提灯を持つイツキの手のひらに、じんわりと汗がにじんでくる。

 それでも足を止めなかったのは、今まで誰も行ったことのない狐火の市への興味と、どうしても欲しいものがあったからだ。


 イツキは両親のことを、ほとんどなにも覚えていない。唯一、肉親だと思っていたサトコさえも他人だという事実が、どうしても受け入れられない。


(ぼくは、姉ちゃんの本当の弟になりたか!)


 大波にさらわれて、海水の中をグルグルと回っているようだ。身体も心も、自分ではどうすることもできない。


(宝物は持って来れんかったばってん、魂ん端っことか寿命十年分とかでも、なんとかなるかも知れん!)


 イツキは、山頂付近でチラチラと揺れる狐火を睨みつけ、怖気(おじけ)づいて力の入らない足を踏ん張った。


 石段を駆け上がる。新月の闇夜に、石段の石が白く浮かび上がって見える。神社の裏山は、こんなにそびえるように高くはなかったはず。石階段は真っ直ぐに山頂まで続いていたはず。


 うねるようなつづらおりの石段を、息を切らして駆け上がった。止まるのが怖かった。振り返るのも怖かった。折り返すごとに立つ、鳥居の数を数える。こんな鳥居は見たこともない。


(ぼくは狐に化かされとおんか? それとも夢見とると?)


 止まったら、誰かに追いつかれてしまうかも知れない。振り向いたら、ガラガラと石段が崩れているかも知れない。

 戻ることも止まることも出来ずに、走り続けるイツキの腕を、誰かが後ろからつかんだ。


「っっ‼︎」


 危うく叫び声をあげそうになり、パニックを起こして暴れるイツキを、その誰ががふわりと抱きとめた。

 狐面の中に滑り込むように入って匂う、嗅ぎなれた髪の匂い。強く抱きしめられても、なお柔らかい肌の感触。


(あ……姉ちゃんや……)


 ようやく正気に戻り、泥をかぶったように身体が重くなる。いつの間にか、心臓が苦しくなるほど走っていた。


 イツキはサトコに身体を預けると、ふと顔を上げた。


 その背中越しに見えたのは、宵闇に浮かぶ提灯の灯り。いくつもの影が行き交い、含み笑いと、ひそやかな足音が聞こえる。


 人あらざるものたちの気配が、地を這うように流れ、イツキの頬をかすめて通り過ぎて行った。


 狐火の市は、もう目の前だ。


 

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