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狐火の市へ  作者: はなまる
猫又ニア編(ニャー語)

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25/62

其ノ十 それからのニア

 ハルカは無事に、男の子を出産した。産声は廊下でウトウトしていたニアが、飛び起きたほど大きな声だった。


 初めての授乳の時もすごい勢いで乳を吸い、ハルカが「これじゃ、あっという間に萎れちゃう!」とオロオロしながら言っていた。


 きっと元気な子に育つ。


 狐の婆さまの術は途方もなかった。ニアとダイスケの変化(へんげ)を保ちながら、きっちりと結界を張ってくれてた。互いの領分を守り、存在を影響し合わないように分ける結界は、一段階も二段階も上の術だ。


(はじまりの命が唸るほどいる産院に、魂だけのダイスケを紛れ込ませてしまうにゃんて、どれだけすごい術者なんだにゃー)



 ハルカは無事に退院して、目が小さくて口の大きな、ダイスケそっくりの赤ちゃんを連れて帰って来た。

 あまりにダイスケにばかり似ているので、ハルカは自分で産んだくせに『本当にあたしの子かしら?』などと言っていた。


 ダイスケは『ハルカに似れば可愛かったのに、なんかすまん』と赤ちゃんに謝っていた。


「何言ってるの? 天使じゃない!」


 ハルカが言うと、ダイスケは嬉しそうに笑った。



 そしていよいよ、お別れの時が来た。


(ダイスケはどこへ行くにゃんか?)


 ニアの素朴な疑問にダイスケは『俺にもわからんが、たぶん“はじまりの場所”へ』と答えた。

 ハルカが『あたしが行くまで待っててよ?』と言うと『ああ、待ってるから、ゆっくり来い』と笑った。



「ハルカ、おまえが一人なら、連れて行きたいけれど……」


「あたしも一人なら、連れて行って欲しいけど……」


 その続きは、二人とも口にはしなかった。


 ニアの耳飾りの、赤いガラス玉が砕けるのと同時に、ダイスケの身体が透けてゆく。


 最後に残った手は、猫又姿に戻ったニアの首の後ろを撫で、スヤスヤと眠る赤ん坊の頭を撫で、ハルカの頬を(かす)めて消えて行った。


 ハルカはダイスケが消えた空間を見つめ、声も出さずにハラハラと涙を流していたが、赤ん坊がお腹が空いたと泣きはじめると、急に母親の顔になった。


「泣いてばかりはいられない! あたしはお母さんだもん!」


 二人で『頑張ろうね! ニア!』『おー!(にゃおーん!)』と拳(肉球)を振り上げた。


 母が強いのではない。強く在らねばと覚悟を決めた女が、母という生き物になるのだ。


 ニアとハルカは、今、共に母となった。



 新米ママの生活は、実際目が回るほど忙しい。正に、猫又(ねこ)の手も借りたいとは、このことだろう。


(もちろん貸すにゃーよ! ニアは役に立つ猫又にゃん!)


 哺乳瓶くらいは二股尻尾で持てる。尻尾の猫火は温度が低いので、ミルクを人肌に温めるのに持ってこいだ。

 昼寝の添い寝もお手の物。尻尾でうちわをパタパタとあおぎ、にゃんにゃんかにゃんと子守唄まで歌う。


 ハルカとニアは、目まぐるしくも楽しく、子育ての日々に追われていた。


 そんなある日。ニアの元に、猫又修行の通知が届いた。


(次の猫又修行は七歳、まだまだ先のはずにゃのに。にゃんでにゃ?)


 差出人は猫仙人さまではなく、狐の婆さまだった。


『猫又の小娘。猫仙人の爺いに話はつけてある。お主は婆がもらった。婆が立派な仙狐に育ててやる。毎月、新月の晩には、必ず狐火の市へ修行に来い』


(もらったって……。にゃーは猫又なのに仙狐になるにゃんか? なれるにゃんか?)


 ニアの日常は、ますます平穏とは遠ざかってゆく。


(狐の婆さまの修行、なんか怖いにゃんよー!!)



 夏の終わりの静かな晩に、猫又ニアの悲痛な叫び声が、にゃんとひと声、響きましたとさ。


                  ―おしまい―


 

『狐火の市シリーズ』ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


 猫又ニア編、いかがでしたでしょう? 実は作者初の三人称作品です。少しでも夏の夜のお供として、楽しんで頂けたらと思っています。


 あともう三、四本、『狐火の市』『夏の夜』『少年少女』『昭和レトロ』をお題として書くつもりです(一つ二つ外れるかも知れません)


 遅筆では御座いますが、日々精進して参ります。時折り思い出して、ページを開いて頂けると、この上なく幸いで御座います。

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