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狐火の市へ  作者: はなまる
猫又ニア編(ニャー語)

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21/62

其ノ六 ニアの隠しごと

 ハルカの出産予定日まであと数日。


 そして、ハルカがニアの名前を呼んでくれなくなってから、一ヶ月が過ぎた。


 ニアは、だんだんと強くなる胸の痛みを持て余していた。


(何でにゃん! 何でこんなにツライにゃんか?!)


 自分で決めたことだ。後悔なんてしないはずだった。ハルカの望みを叶えてやろうと思った。


 それがニアの望みだと思っていた。


(すごく上手くいってるにゃん。ハルカは元気になったし、お腹の赤ちゃんも順調にゃ! なのに、何でにゃんよ!!)


 ハルカはダイスケに()()()()()()()()()()()()()のことを、少しも考えない。


(当たり前にゃん! にゃーは飼い猫、ダイスケは(つがい)でお腹の赤ちゃんの父親。それが当たり前にゃん)


 第一、今は“それどころではない”はずだ。


 ハルカの身体は、全ての準備が整っていた。いつ陣痛が来てもおかしくない。


 ハルカが重いお腹を大事そうに抱えながら、入院準備をはじめた。ニアはその周りをウロウロと歩き回る。

 近頃はずいぶんと猫又が板について来たニアだが、こんな時はやはり、少しの役にも立てない。


「えーっと、こっちが入院中に必要な物で、こっちが赤ちゃんの物、コレが退院する時の荷物で……」


(こんなにたくさんの荷物、どうやって持って行くにゃん? 重い物は持ったらダメにゃんよ!)


 心配そうに、にゃんにゃんと鳴くニアに、ハルカが言った。


「タクシーの会社に話してあるから、荷物の積み下ろしは心配しなくて平気だよ。身寄りがないことも病院に言ってある」


 ハルカは初めてのお産なのに、たったひとりで病院へと向かう。早くに両親を亡くしたらしいハルカには、痛くても苦しくても、手を握って励ましてくれる人がいない。


「早めに入院させてもらうことになっているし、お医者さんも、看護師さんもいるから大丈夫! ちゃっちゃと産んで来るからね」


 不安がないはずがない。今も手が小刻みに震えている。


 この健気な魂に、何でもしてあげたい。

 猫又になってからニアは、ハルカを飼い主というよりは、妹か(こねこ)のように思っていた。


(人間の……ダイスケの姿になって、病院へと着いて行きたいにゃん)


 ハルカの不安を、少しでも取り除いてやりたい。


 その切羽詰まった、胸を締め付けるような気持ちのすぐ後ろから、ニアの隠しきれない本心が顔を出す。


「元気な赤ちゃんと一緒に、()()()()()()()帰って来るから!」


 ハルカの言葉が胸を刺す。


 にゃーはダイスケじゃない! ニアだにゃん!



(にゃーは……感謝されたいにゃんか? 手柄をダイスケに取られたから、嫉妬しているにゃんか?)


(ダイスケの仕草を真似して、ダイスケのふりをしているくせに、本当はニアだと気づいて欲しいにゃんか?)


(猫又になったのも……。ダイスケがいなくなって、泣いてばかりいるハルカに、にゃーを見て欲しかったからにゃんか?)



 違う違う違う!


(にゃーはハルカが……! ハルカのために!)



 違わない……。違わない! 全て、その通りだ。



(にゃーは……ハルカのためじゃなく、自分の欲のために、猫又になったにゃんね……)



 気づいてしまえば、認めてしまえば、今のままではいられない。このままずっとダイスケの身代わりをするには、胸の痛みが強過ぎる。



 ニアはハルカが寝るのを待って、そっと家を抜け出した。





   *  *  * *




 ニアは夜道を走った。


 最初はあてもなく走っていた。ただ、ぶつける相手のいない想いを、持て余してしまったのだ。小さな川の河川敷を、草むらをかき分けて走った。


 闇雲に走るうちにふと、猫岳へ行き、猫仙人さまに会おうと思った。猫仙人さまなら、ダイスケの魂を呼び出せるかも知れないと思った。


(本当にしてしまえば良いにゃんよ! ダイスケの魂と同居する方法があるかも知れないにゃん!)


 猫仙人さまは猫又の中の猫又。その方法を知っているかも知れない。それでニアの心が消えてしまっても良いと思った。このままダイスケのふりを続けるよりは、その方がよほど楽だと思った。


 路地裏を駆け抜け、街路樹を渡り、橋の欄干を走り抜け、高速道路を飛び越えた。


 数ヶ月前にバスで通った道は、まだ微かな妖力を漂わせている。

 人の気配が少なくなり、山が(けわ)しくなると、ニアは尻尾に火を灯し猫又モード全開で、その妖力を探りながら走った。


 猫岳は遠い。未熟な猫又のニアの足では、一晩中走り続けてもたどり着けないかも知れない。それでも行ってみようと思った。


(今のハルカをそんなに長い間、一人に出来ないにゃん。第一、お産に間に合わなかったら何にもならない。急ぐにゃんよ!)


 ニアは立ち止まり、腹に妖力を溜めてゆく。真っ直ぐに尻尾へと通して、更に集中する。尻尾が二股に割れ、妖力が赤い模様となってニアの身体を彩った。ハルカに隠していた、ニアの猫又姿だ。


 その姿は、()()()()を満たしていた。



 (あやかし)が、求めるものと、捧げるものがあるならば、新月の晩に奥深い山へ入れば良い。

 妖力の赤い模様を身に(まと)い、尻尾に火を灯すべし。



 それが道が開く条件。求める者が守るべき作法だ。



 道は開き、そして繋がった。行手(ゆくて)にぼんやりとした薄明かりが見える。

 こんな奥深い山の中に、ましてやこんな真夜中に、あるはずのないたくさんの気配がする。


 それは狐火の市。


 (あやかし)たちが自慢の品を持ち寄り、新月の晩に取り引きをする場。


 時には事情のある人間も紛れ込む。作法さえ守れば、道は時間も空間も越えて繋がる。



 ニアは、知らず知らずのうちに、(あやかし)たちが開く狐火の市へと、誘われるように足を踏み入れて行った。


 それは偶然だったのか? それとも……。

 

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