64_こころざし
おはようございます。きんぴらです。
私はこころざしが高い。
やると決めたら、だいたいやる。絶対ではない。だいたいだ。
だが、だるいからとか面倒だからという理由で止めることはない。それより優先度が高かったり、それ以上に良い案が出たりしてそれをやる意義が見出せなくなることが原因だ。
志……
違う。そうじゃない。私が今日書く『こころざし』はそれではない。
『志』ではなく漢字で書くと『心刺し』となるだろう。表記は平仮名だったが、意味合いを考えるとこうなる。
さて、なんのことかわかるかな?
「うっざ」
という声が聞こえてきそうなので、早速答えを言う。
答えは、牛の心臓の刺身だ。ハツ刺しともいう。
昨日のエッセイで焼肉の話題を出したが、その中で「生レバーに変わるメニューを大阪で見つけた」と書いた。その生レバーに変わるメニューこそが『こころざし』なのだ。
私が出会ったのはもう生レバーが禁止されて5年ほど経過した夏の大阪。
この世界は生レバーを食べられなくなったことにより、人の心は荒みきり、暴力に支配されていた。ビルや道路は次々と爆破され街は見る影を失い、危ない薬が人前で憚られることなく売買され、盗難や暴行は当たり前のように起こっていた。
私はそんな世界に希望を失い、大阪の地下街をふらついていた。
そんな時、私を導く一筋の光が——、そこには一つの赤提灯。神の後光などではない。赤提灯だ。
私はその店に入り、ビールを頼んだ。そして何かつまみを頼もうとメニューに目をやった瞬間、奴と出会ったのだ。
「マスター、この『こころざし』ってのは何だい?」
「……兄さん。その文字が見えるのかい?」
「質問に質問で返すんじゃないよ。見えてるから聞いているんだ」
「そうかい。その文字は心が廃れきったニート……即ち廃ニートにしか見えない文字だ。兄さん、自分が廃ニートだと気付いているのかい?」
俺はそんなことには気付いていなかった。マスターのいうことが本当だとすれば、いったいいつから廃ニートになってしまっていたのだ。俺はこの荒廃した世界でとうとう自分自身も信じられなくなってしまった。
「……兄さん。そう気を落とすな。その『こころざし』は廃ニートにだけ見えるが、それを食べたものはもれなく『志』を取り戻すのさ。食べてみるかい?」
絶望に伏した俺に光明が見えた。
「……いくらだい?」
「800円さ」
「それじゃあ……頼む! 俺にこころざしを出してくれ!」
「あいよ! こころざし、いっちょうはいりましたー!」
俺の前に置かれた刺身用の皿には牛肉の刺身が並んでいた。レバーのような赤黒くはなく、赤色のその身は食欲を掻き立てる。
ごま油に潜らせて口に運んだ。食感はまるで生レバー。生レバー独特の臭みはない。
「うまい! うますぎる!」
俺の体に異変が起こった。髪型が短めのリーゼントになっていく。身長は20センチほど伸び、体が膨れ上がりシャツを筋肉が破り捨て、筋骨隆々の男に変身した。この荒野にふさわしい体に。
「ほあたぁ」
『志』を手に入れた俺は街に繰り出して、荒くれ者を捕まえては赤提灯の店に放り込み、捕まえては放り込みを繰り返した。赤提灯から出てくる荒くれ者はみな髪を短めのリーゼントにして、服は破れて筋骨隆々ででてくる。
そのものたちも荒くれ者を捕まえては放り込み、捕まえては放り込んでいた。ネズミ講式に筋骨隆々の戦士たちが増えていった。
1年後——
荒くれ者は姿を消し、大阪は元の姿を取り戻した。私の身長と体格は元に戻り、髪型も6:4に戻った。
私は大阪に平和が戻ったのはあの赤提灯の店のおかげだと知っている。俺を廃ニートから元のニートに戻してくれたあのマスターにお礼が言いたかった。
元気でいるだろうか。元の姿に戻った俺を見てなんていうだろうか。この平和になった世界をどう感じているだろうか。
俺は大阪の地下街を歩いた。荒廃していた時より、店が多くて繁盛している。これが大阪のあるべき姿だ。元気が良い。人がいい。熱気がある。
私は地下街の角を曲がった。
あの赤提灯の店はなかった。
あの赤提灯の店はなんだったのだろう。マスターは誰だったのだろう。記憶はあるものの、何もわからない。気になって仕方がない。俺はいったい誰と——何を——。
——俺は地下街を抜けて地上に出た。
今日も高いビルがそびえ立っている。狭い空が俺を見ている。
「……誰と? 何を? そんなことはどうだっていいだろう?」
俺は歩き出した。平和になったこの世界を。交差点で多くの人と行き交う。攻撃的な人はいない。みんながみんな誰かのために働き、今日を必死に生きている。俺も——、
「俺は『志』を手に入れたんだから」
——おしまい——
……なんの話だったっけ。
きんぴら




