56_優しさと甘さと心遣いと
おはようございます。きんぴらです。
私は自分で自分のことを優しいと思っている。
さて、今日もカフェで朝からカフェオレを飲んでいるのだが、つい先ほど気になることがあったのでみなさんにも聞いて欲しい。
今日はドトールにいる。モーニングのサンドイッチが美味しいし、dポイントも貯まるからちょくちょく利用している。
集中したいときはお高いカフェに行くが、小説を読んだりプロットを考えるくらいであれば問題ない。それに平日の早朝にそんなにうるさい人は来ないし、学生も99%いないので比較的静かなのだ。
さて、そうして今日は紙媒体の小説を読んでいたのだが、入り口の方から突如ガラスの割れるような鋭利な音が私の耳を劈いた。もちろん比喩だが、頭が痛くなるような音だった。
何事かと思えば、レジで受け取った飲み物を運んでいたおじさんが飲み物を落としたのだ。店内利用だったため、容器はグラス。それが木っ端微塵に砕け散った音だったのだ。
もちろん店員さんは慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか! お怪我はございませんか?」
「大丈夫大丈夫」
そう答えたおじさんはモーニングセットを頼んでいたらしく、食事はことなきを得ていたので席にそれを運んで行った。すると店員さんが、割れたグラスの掃除をして、さらに別の店員さんが席に着いたおじさんのところに飲み物を運んで行った。
もう一度いうが私は自分を優しいと思っている。
だが、この優しい光景をみて思ったことがある。
「これは正しいのか?」
と。
店側は色々と背負いすぎてはいやしないだろうか。
おじさんのミスのせいで店側が負った被害は、「グラス1つの物理的損失」「無償提供したドリンク1杯の原価」「ドリンク1杯を無償で提供する人員コスト」「割れたグラスを掃除する人員コスト」……対して、おじさんは自分のミスでグラスを割り、飲み物を失ったのに、何の被害も責任も負ってないのだ。
なぜ店側がそこまでするのだろうか。
そりゃ、それをすることでドトールの心象はおじさんからも、他の客からも良いだろう。
最近でこそよく言われているが、お客様は神様ではない。まさにその通りだ。意味合いは違うが「お客様ガチャ」という言葉すら生まれている。自分のレジに来るお客様が良いお客様か悪いお客様かは運次第というなんとも皮肉な言葉だ。
飲み物を落としたのは客。ならば店の掃除は店員がやるにしても、せめてドリンクについては再度お金を支払うべきではないだろうか。これでは全く、WinWinの関係にならないし、なんとも店側が身を削りすぎてやしないか。
それは優しさなのか? 甘さではないか? 心遣いなのか?
店側がそれでいいというのであればいいのだろうけれど、なんともモヤモヤした出来事だった。
だって、そのおじさんはそれが当たり前のように、何事もなかったかのように店を出て行くのだから。
……もう割るなよ!
……私も目の前のグラスを片すときは気をつけよう。
と、終わろうとしたら違う気になることがあった。まさに今。私の2席隣に座った老人が、
「砂糖とミルク持ってきて! あとティッシュも!」
テーブルを拭いていた女性の店員は取りに行って戻って来た。その手には砂糖とミルク。
……ドトールってそういう店だっけ。レジで注文して、飲み物を受け取ったら必要なものは自分で選んで、席に戻って飲み物を楽しむ。そして終わったら自分で容器を片す。それがドトールではないのか。
もう一度いう。私は優しい。
だけど一言言いたい。
「それくらい自分で取りに行けくそじじい!」
ぶんすか
きんぴら




