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夜半の温もり

作者: 漣人

 小学生のころキジ猫を飼っていた。

 キイコは成長しても少し小柄で、元気のいい猫だった。決まって夜半過ぎごろベッドに入れろと右耳横でゴロゴロと喉を鳴らした。

(来たね、キイコ! 私だけの湯たんぽ)

 横になった私は目を閉じ寝ぼけたままで、いつものことと上布団を開けて招き入れる。キイコはそろりと侵入して右脇の下に丸く納まり、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らす。その後、私の腕を枕に寝息を右耳にかけながら寝着く。

(冬は暖かいけど、夏はちょっと暑苦しいんだよね。でも可愛い)

 キイコの温もりで安眠する。

 聞こえるゴロゴロ音と温もりには代えがたい安心感をもたらした。

 何故かキイコは決して他のベッドには行かなかった。

(かけがえのない私だけの湯たんぽ。可愛いキイコ)

 人間と猫だけど、安心して眠れるという一点で、お互いに心と心のの繋がりがあると信じた。

 ある秋の夕方、キイコが帰ってこなかった。心配して「キイコ~、キイコ~」と声を上げて探した。見つからず、そのうちお腹を空かせて帰ってくるだろうと、夕食を山盛りにした。(どこに行ったのだろう? でもベッドには必ず潜り込んでくる。それがキイコだ)

 ゴロゴロゴロ

 予想通りその夜も右耳横で咽喉を鳴らす音がした。掛け布団を少し上げ招き入れた。右脇が温かくなった。安心して私は寝着いた。

 次の朝、キイコはベッドに姿がなかった。キッチンに行ってみた。

 体は小さいけれど食い意地の張ったキイコが、朝にかならず私の脚にまとわりついて来た。足に体当たりして朝食を強請るキイコが居なかった。見ると昨夜の夕食も手付かずのままだ。始めて変だと思った。

 心配は募ったが親に急かされて学校に行った。

 登校の途中も「キイコ~、キイコ~」と呼んだ。学校が終わると急いで帰った。キイコが帰っていないと知った。

 ランドセルを玄関に放り出して探しに出た。町内を「キイコ~、キイコ~」とおらび回った。喉は枯れたがお構いなしに声を出し続けた。

 いつの間にか暗くなっていた。

「いい加減にしなさい」

 怒られて母親に連れ戻された。夕食は咽喉に通らなかった。

 心配で寝付けなかった。気づくと右耳横で咽喉を鳴らす音がした。

ゴロゴロゴロ

「キイコ~心配したよ!」

 寝ぼけたまま布団を大きく開けて迎え入れた。右脇の下がほんのり温かくなり私は安心した。

 朝目覚めてから慌てて掛け布団をはいだ。キイコの姿はなかった。

 私はやや半狂乱になって親にキイコが居ないと訴えた。

 学校を休んででも探すと言い張った。

バチッ!

 母親に叩かれた。

「私が責任をもって探しとくから学校に行きな」

 強制的に送りだされた。

 授業は上の空で聞いた。

 学校が終わると急ぎ家に帰った。母親は玄関で待っていた。ランドセル背負ったまま庭に連れていかれた。

 日の当たる場所に、茶色の小さな段ボール箱があった。

 駆け寄った。中にキイコが真白いタオルの上に寝かされていた。

「キイコ」

 叫んで触った。驚くほど硬く冷たかった。

「キイコが死んでいる」

 私は泣きじゃくった。

「二、三日前に車にはねられたんだよ。白黒つけないと、あんたはキイコを探すだろ」

 話して母は黙った。

 かなり泣いた。無言しか残らなかった。二人でキイコの墓を庭の隅に造った。

 涙が流れ続けた。止めようがなかった。

 夕食は咽喉を通らなかった。珍しく食べないことを怒られなかった。

 泣き疲れて眠りについた。

 夜半過ぎ。キイコの咽喉のゴロゴロが聞こえた。

(来てくれたね)

 布団を少し上げて招き入れた。右脇が温かくなった。

 安堵が広がった。

 やっと眠りが訪れた。

 それからもキイコは毎夜来てくれた。

 今夜も……。

                                了



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