新しい仲間
災難は突然やってきた。
大林龍一郎は、いつもより30分ほど早く出社した。小樽の建築業界では、中堅に位置する会社である。営業課のドアを開けると、佐藤部長が先に来ていた。
「大林君、丁度いいところに来た。ちょっといいかね。」
佐藤部長が、神妙な面持ちで彼を呼んだ。
「はい、何でしょうか。」
「君に折り入って頼みがあるんだ。まあ、そこに掛けてくれ。」
龍一郎は、何やら嫌な予感がした。
「実は、会社の方針で、営業課から管理課に1名転属辞令が出ているんだ。私は、君を管理課へと考えているんだが、どうだろうか。」
部長は、気まずい表情を龍一郎に向けていた。
龍一郎にとって、ここ営業課にいることに、深い思い入れは無かった。同期の連中も、皆会社を去っており、55歳という年齢によるジェネレーションギャップを、最近強く感じるようにもなっていた。
「いいですよ。ここの課は若者が多くて、ちょっと気にしていたんです。」
龍一郎は、妙に冷静でいる自分が不思議だった。
「そう言ってもらえると、私も助かるよ。」
佐藤部長から管理課宛ての手紙を受け取った。
「長い間、お世話になりました。」
龍一郎は、部長に別れを言い、深々とお辞儀をして管理課に向かった。
(昨日、彩雲を見たのに、いきなり結果がこれかよ。何が吉兆の予感だよ。)
1階でエレベーターを待っていると、営業課の後輩が隣に来た。
「先輩が、管理課に転属なんて可哀そうです。だって、あそこの課にいる二人、相当に変わり者だって云うじゃないですか。」
「そういう君は,誰だっけ?」
「もう、忘れないでくださいよ。同じ営業課にいたマドンナ、栗原千秋ですよ。でも、そんな所が龍一郎先輩の魅力なんですけどね。女心を揺さぶられます。」
栗原は、忘れられていたことに、相当ショックを受けていた。
「ちょっと栗原さん、なに人の悪口を言っているのよ。」
龍一郎の後方から声がした。
「あら、そういうあなたは、どちら様ですか?」
栗原は、全く心当たりがなかった。
「変わり者、その1、ですけど。」
龍一郎の後方にいた女性は、腕組みをしながら栗原を睨んだ。
「珍しい名前だなぁ。名字が(変わり者)、名前が(その1)でいいのかな。」
龍一郎は、真面目に彼女に質問した。
「あんた馬鹿じゃないの。何処の世界に、そんな名前の人間がいるのよ。私は今、この生意気女と話しているの。横からしゃしゃり出てこないでくれる。ちなみに、私の名は、遠山愛ですけどね。」
「龍一郎さん、それじゃまたね!」
丁度その時、エレベーターのドアが開き、龍一郎と遠山は乗り込んだ。
「五階でいいわね。」
遠山は、少しふて気味に言った。
「あれ、なんでわかったの?」
「だって、あの生意気女があなたに、管理課に配属されて可哀そうって、言ってたじゃない。」
「君は人の話を、きちんと聞いているんだね。僕とは正反対だ。」
「いくら煽てたって、何もあげませんよ。」
遠山愛の顔が真っ赤に染まっていた。
管理課のドアを開けると、想像以上に狭い部屋と、その奥に同じくらいの客室があった。部屋の中央には事務机が4つ、正方形に並べられており、その一角で男性がうつ向いて寝ているのが見えた。
「あの爆睡しているのが和田課長です。今、起こしますね。」
遠山は、ホイッスルを口に入れると、和田の耳元で吹いた。
ピーーーーーーーーーーーッ
和田は、ピクリともせずに寝ている。
(まさか、死んでいるんじゃなかろうか?)
遠山は、次の手段に出た。和田の側に行って耳元で何かを囁やくと、突然、和田は立ち上がり、周りをきょろきょろしだした。
「美女は、どこだぁーーーー。」
ダダダダダダ………… 。 ドアを開け、廊下の方に突っ走っていった。
「大丈夫です。直ぐに戻ってきますから。」
遠山の予想通り、30秒ほどで部屋に戻ってきた。
「ゴホン、大変お見苦しい姿を見せてしまったね。私がこの部署の責任者、和田聡です。宜しく。」
(確かにこの二人、普通とは違う気がする。)
龍一郎は、佐藤部長から預かった手紙を和田課長に渡した。
「遅れましたが、営業課から来ました大林龍一郎です。宜しくお願い致します。」
「まあ、まあ、硬い挨拶は無しだ。それより大林君、お酒の方はいける口かな?」
「営業課では、よく皆で飲みに行きました。」
「それじゃ決まりだ。今日は歓迎会だ。是非、君に紹介したい飲み屋があるんだ。愛ちゃんも参加するだろう。」
「もちろんよ。私が行かなかったら、華が無くてさびしいでしょ。」
遠山は早速、化粧直しを始めた。
「おいおい、歓迎会は夕方からだぞ。化粧早すぎないか。」
和田は、呆れ返っていた。
龍一郎は、嬉しかった。自分が来たことを、こんなにも喜んでくれる連中に会えたことが。
(先程から気になっていたが、何だろう?耳元で、ガチャガチャと金属の擦れ合う音が聞こえるのだけれど。)