懐かしき声
作者前書き
作者前書きって何なの、と思われる方がいるかもしれません。書いている私自身もそう感じています。でも、書かなければならない奇妙な状況が起きたのです。
この小説の、原稿を全て書き終えた次の日に、私は小樽(この小説の現場)の市場に買い物に出かけました。市場の入り口の隅に、水晶玉を置いたミステリアスな女性が座っていました。私の小説の中にも占いをする人物が登場するので、軽い気持ちで占いをしたのです。話を聴きながら私は身震いしました。なんと、彼女の状況や年齢までもが、私の書き終えた小説の登場人物と、そっくりなのです。
この物語は、私の体験談をベースに書かれたものですが、世の中には、説明できない奇妙な現象が多々現れるものです。
それでは、奇跡(?)の出来事をお楽しみください。
<懐かしき声>
トゥルルルルー、トゥルルルルー、トゥルルルルー
午前10時。電話が、けたたましく鳴った。
「おーい、電話が鳴ってるぞー。誰かでてくれー。」
家の中は、静まり返っていた。
(そういえば、今朝、妻と子供たちでランチに行くって言ってたな。)
トゥルルルルー、トゥルルルルー、トゥルルルルー
「はい、はい、わかりましたよ。俺がでればいいんでしょ!」
大林龍一郎は、急いで受話器を取った。
「急いで平磯公園に来て…。」
「どちら様ですか?」
ガチャ。プー、プー、プー、プー
「名前も言わずに切っちゃったよ。ミミ。」
猫のミミは、ゴロゴロ喉を鳴らしながら、龍一郎にすり寄ってきた。
(でも、聞き覚えのある女性の声だったなぁ。)
龍一郎は、車に乗り込み、急いで公園に向かった。20分ほど車を走らせると、小高い山の頂上に平磯公園と書かれた看板があった。車を降りて公園の石段を登ると、海に囲まれた小樽の街並みが広がっていた。
「まだ三月末だというのに、この暖かい気温は反則だな。」
龍一郎は公園のベンチに座り、電話をかけてきた人物を待っていた。
「お若いの、この公園には、よく来なさるのかい?」
突然、しゃがれた声の老人が、犬の散歩ついでに話しかけてきた。歳は80代といったところだ。
「いいえ。25年ぶりに来ました。でも、全然変わっていませんね。」
そう言いながら、真っ青な空を見上げていると、西の空に、何やら奇妙な雲を発見した。
「おじいさん、ちょっと向こうを見てください。あの雲、虹色に輝いていますよ。」
あまりの美しさに、二人は、暫し見とれていた。
「きれいじゃのう。あれは彩雲といってな、あの雲を見つけると、良いことが起こる前兆だと、昔から云われておるぞ。君は、ラッキーじゃ。」
老人は、そう告げると、石段を下って行った。
(それにしても、電話をかけてきた人物は、まだ姿を現わさないのだろうか?)
龍一郎は、季節外れの陽気と柔らかな風の心地よさで、つい、ウトウトして寝入ってしまった。しばらくすると、どこか遠くの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
「龍一郎さん!」
「ん~ん!」
「早く起きてよ。風邪ひいちゃうよ。」
「ん~ん、君はいったい誰だい?」
「何言ってるの、佳奈江だよ。電話で言わなかったっけ?」
龍一郎は、ベンチから転げ落ちた。
「痛たたたた。」
頭を押さえながら、急いで立ち上がった。
「佳奈江どこにいるんだ。返事をしてくれ。」
佳奈江からの返事は無かった。龍一郎は、必死に公園内を探したが、どこにも佳奈江の姿を見つけることはできなかった。空には満月の光が煌々と輝いていた。
「頼む、教えてくれ佳奈江。何故、俺たちは、二十五年前に別れたんだ。」
龍一郎は、泣きながらその場に立ち尽くしていた。