003.嘆きの帰宅
「どうぞ、フランチェッタ様。この馬車で、私ドーキス・カラクレンがお屋敷までお送りいたします」
肩にモールがついているから衛兵隊の隊長らしい方が、私にそう告げる。……黒髪で、どことなくジャスティアーナ様に似ておられるわね。カラクレンと名乗られたから、もしかしたらお兄様なのかもしれない。
その彼に案内されたのはアンヘリエールの家紋の入った貴族用の馬車ではなく、真っ黒に塗られた犯罪者を護送するための馬車だった。窓には鉄格子がはめられていて、どうやら扉には外から鍵をかけることができるようね。
「慣れておられる馬車とは違ってかなり乗り心地の悪いものですが、我慢していただきましょう。何、ほんの半日です」
「この靴で歩け、と言われるよりはマシですわ。お心遣い、痛み入ります」
パーティで踊るために誂えたオーダーメードの靴を示すと、ドーキス殿は僅かに顔を歪めた。どうやら、私がそんな表情をすることを期待していたようね。あきらめなさい、と言ってやりたいけどそうもいかないかしら。
そうして私は、がたがた揺れる上に座席にクッションもない馬車で、アンヘリエールの屋敷へと戻ってきた。せめてボロ布を重ねただけでも、座席に何かを掛けたほうがいいのにね。
……それはそれとして、鉄格子の向こう側に久方ぶりに見た我が屋敷の光景に、私はため息をつきながらドーキス殿に語りかける。
「……私に申し渡されるより前に、既に手は回っていたのね」
「そうでなければ、逃亡の恐れがありましたからな」
鼻で笑われたわ。まあ、私が反対側の立場でも確かにそうしたでしょうね。そのくらいには、一応頭は回るのよ。
公爵家ということもあって王都のすぐ近く、それこそ馬車で半日あれば到着する場所に屋敷はある。けれど、既にその周りは衛兵部隊によって包囲されていた。
そして、裏口から私が今乗っているのと同じ型の馬車が数台出ていくのが見えた。……おそらく、裏口から使用人たちが連れ出されているのだろう。アンヘリエールに仕えていた使用人はつまり、我が一族の『罪』を証言させるための『証人』となるから。
ドーキス殿が顔を見せたことで、正門が開く。私の顔でも馬車の紋章でもないものが通行の鍵となるなんて、腹立たしくて仕方がないけれど、でも既にそんな状況になっているのね。
勝手知ったる屋敷の中をドーキス殿の先導、両脇と背後に衛兵を伴って進む。どうやら、応接室に向かっているらしい。廊下はどことなく荒れていて、清掃が行き届かなくなっているのが分かるわ。使用人の数が減らされて……もしかしたらもう、一人もいなくなったのかもね。反逆者の屋敷には必要ない、とか言われて。
父上、母上、兄上。……皆無事だといいけれど。
「衛兵隊部隊長、ドーキス・カラクレンだ。フランチェッタ様をお連れした」
「はっ。今開けます」
重い扉は、ノックの代わりに呼び鈴がついている。それを鳴らして開けられた扉の隙間からドーキス殿がそう声をかけると、そのまま大きく開かれる。私とドーキス殿だけが室内に進むと、中には別の衛兵が数名いた。
大型の暖炉が印象的な応接間の中央、普段なら友人や親戚が座っているテーブルセットに、見慣れた家族の顔が揃っていることに、ほっと胸をなでおろす。……これは、向こうもそうでしょうね。
「フランチェッタ!」
「まあ、無事だったのね!」
「フラン、お前まで捕まったのか……」
立ち上がられた父上は、丁寧になでつけておられた長いひげが乱れてしまっているわね。同じく母上も、いつもはきちんとまとめてらした髪がほつれているわ。
ソファに腰を下ろしたままの兄上は……まあ、家にいる時は面倒がって身支度をほとんどなさらない方だから、いつもどおりかしら。妹の私から見ても、惚れ惚れするほどの美形なのにもったいない。
さて、これでアンヘリエールの直系の一族が揃ったことになる。母上のご実家や、近い親戚はどうなっているのかしら。もう、確認のしようがないけれど。
「では、ご家族が揃ったところでアンヘリエール公爵。国王陛下の御名において、皆様方への沙汰を申し渡します」
ドーキス殿が、屋敷の応接間で一枚の紙を広げた。透かしの入った、厚手の質のいい紙は国からの正式の申し渡しに使われるもので、私とエシュヴィーン殿下との婚約が成立した暁には婚約証書としていただけるはずだった。
その同じ紙、両親と兄上が揃った場所で読み上げられた書類にはつらつらと我が一族の『罪』と『沙汰』が記され、国璽が捺されている。
「……以上の証より、そなたら一族の謀反の意は既に明白である。故にここに王の名のもとに爵位を剥奪し、一族の者は捕囚として邸内に幽閉。使用人は別の場所において取り調べを行う。処罰については取り調べ終了後、改めて行うこととする」
勝ち誇った表情で文章を読み終え、ドーキス殿がその文面をこちらに向けて見せた。内容と国璽を、私たちに確認させるためね。
『証』とは記されていたけれど、その全てが少なくとも私には思い当たるフシのないものだった。両親や兄上も……多分。
「内容に、大いに不満はあるのですが……分かりました、拝命いたしましょう」
「沙汰を受け入れていただいたことに感謝します」
書類を確認して、父上は深く頷かれた。そうしてドーキス殿からそらした視線を私たちに向け、一瞬歪んだ表情を真剣なものに戻される。
私たちは国王陛下の言葉によって、正式に反逆者と見なされた。国王陛下を始め、この国の全てが私たちの敵となった、と考えていいのね。
王国を造るための力となったこのアンヘリエールを、王国は要らないと言ったのね。
「……」
言葉にはしない。しないけれど、悔しくてたまらないわ。王国に、エシュヴィーン殿下に、見放されたなんてね。
学園で我慢していた私と同じく、父上も無駄な抵抗はしないと決めたよう。この状況でそれが愚かで意味のない行為であることは、もう分かりきっているものね。
母上は顔を抑えて嘆いているけれど、既に諦めの境地に入っているみたい。兄上は……拳をぎりぎりと握りしめ、歯噛みしている。
これから、どうすればいいのかしら?