021.目指していたものは
山の民は、ソフィタリオ王国建国の折にさまざまなところで王家の力になった、らしい。そのこともあり、先住民族としてはかなりの権限を得ている。アンヘリエールとの関連も伝わってはいるのだろうけれど、それで排除するには既に広がりすぎているようだ。
「ただいま戻りました」
「ランちゃん、グリンさん、お帰りなさい」
「おう。そっちもごくろーさん」
私とグリンがこの街で泊まっている宿屋も、山の民が営んでいる。古くから経営されていて、街の人たちからの信頼も厚いそうだ。だから、私たちは髪の色や姿を変えてはいるけれどそれでも敵の足元を平然と歩くことができる。いざとなったら、宿の主たちが逃してくれるようだし。
「後で、お茶をお持ちしますね」
「やっりー。ここの茶あ、俺様結構好きなんだよねー」
グリンが喜ぶ、宿のオーナー夫人が淹れてくださるカラクレンのお茶。不本意だけど、確かにカラクレン領から出荷されるお茶って美味しいのよね。これも、山の民が広めたらしいから実質的にはアンヘリエールのもの、かしら? まあ、いいわ。
三階建の二階、その角部屋を私たちは使っているわ。宿賃は……一応、山の民の自治領を出たときにいくばくかの金貨を頂いてきたので、それをお渡ししている。……何となくだけど、出ていくときに全額戻ってきそうな気がするわ。気のせいかしら。
「にぎやかですね……領主のお嬢様が王太子殿下の妃になられるとか?」
「ええ、そうなんですよ」
部屋に落ち着いたところで、先程のオーナー夫人がお茶とプチタルトを持ってきてくださった。初老のこの女性とその夫であるオーナーは山の民の長とは長いお付き合いだそうで、信用に足る人物なのだそう。でも念のため、私たちはそこらの噂話をする体で情報交換を行っているわ。
「んむ、このタルトうめーなあ。どこで作ってんだ?」
「通りの一本向こう側に菓子店がありましてね、そこの名物なんですよ。ここのお茶とはピッタリ合うって」
「よし、今度買いに行こうぜ、ランー」
「そうね。たしかに美味しいもの」
グリンはどちらかというとお茶とタルトに夢中だけれど、それでも時折周囲に走らせる視線はとても鋭いもので。ちゃんと、警戒してくれているのがわかる。さすがは天使……と言いたいところだけれど、頬についたタルトの欠片はどうしたものかしらね。
「領主様が伯爵になられたのも、王太子妃の実家としての格を上げるためというお噂がもっぱらですよ」
「そんな噂、出てんのかよ」
「あくまで噂、ですけれどね」
男爵家の娘が王家やそれに近しい家に嫁ぐことが、今までなかったわけではないわ。ただその場合、大抵は家の格を引き上げるか嫁ぐ前の数カ月間、その娘を別の高位の貴族に養子とさせるなんていう手段を取る。そうしないと、王族の御老体や側近などが文句をつけるとか何とかで、結婚後の生活にも支障が出るらしい。
うちは公爵家だったから、そういうことはなかったのだけれど……ああもう、それ以前の問題よね。
「もうひとつ、これは密かに流れている噂ですが」
お茶のお代わりをついでくれつつ、オーナー夫人がひそりと声を落とした。
「国王陛下が近々退位、王太子殿下が跡を継がれるようです」
「そうなると、カラクレンは王妃の実家ということになって更に権力が増すな」
「衛兵隊を率いておられるご嫡男も、これを機会に近衛隊の隊長に就任されるというお話ですよ」
あらあらまあまあ、大出世よね。アンへリエールに罪をかぶせて、その功績で成り上がられるのね。なんとまあ、情けない。
ちゃんとした功績を上げて出世なさろうとは思わなかったのね、カラクレンのご一家は。
「それと、こちらは確認が取れました。アンヘリエール領は、ほとんどが王家直轄領となるようです。一部がカラクレン『伯爵』領として分割される、と」
「伯爵位にふさわしいだけの領地を付け足してやる、というわけね。ありがとうございます」
爵位って、どうやら相応の領地についてくるものらしくてね。アンヘリエール家も広大な領地を持っていたのだけれど、此度の問題で全てお召し上げになってしまって。その一部を、カラクレン男爵……いえ、伯爵がご自身の領地とすることになる、と。
……王家直轄領と、カラクレン伯爵領。どちらに属することになっても、領民たちには平和に暮らしていただきたいものだわ。
「けど、それで済むかね?」
「そうですねえ。現在の国王陛下はともかく、エシュヴィーン王太子殿下はお外の広い広い海に興味を持っておられる、なんて噂も流れてきておりますし」
「海……ですか」
確かに私も、エシュヴィーン殿下が海について興味があるというのは聞いたことがあるかしら。あの時はただ、広い海を船で行ってみたいのだと思っていたのだけれど。
「もしかして、広い海に出やすいように領土を広げるとか?」
「その可能性はございますね」
「あー、それで俺様、つーかアンヘリエールの伝説の力使いたかったってか」
ちょっとした思いつきの言葉にオーナー夫人が頷き、そしてグリンが呆れたように肩をすくめる。
……冗談ではないわ。国力を上げるために力を貸してくれ、とおっしゃってくだされば私は受け入れたのに。きちんと母上や父上からお話を伺って、王太子殿下のおっしゃる通りに力を、グリンを使ってみせたでしょうに。
どうして、このようなことになったのかしら?




