012.思いは分からず
「何だと!」
「どういうことだ!」
スーリャの叫び声に応じて、衛兵たちが駆け寄ってくる。私たちはうまく避けてぶつかることもなかったから、ここにいるのはバレていないわね。誰もこちらを見ていないし。
「裏口からいきなり入ってきて、服をよこせって……わ、わたし怖くって」
「それで、どっちに逃げた!」
「入ってきた裏口から出て、多分村の裏の方に……っ」
泣いているのか、顔を覆いながらスーリャは家の裏側、私たちとは反対の方向を指差した。そちらを確認した衛兵たちの一人、おそらく部隊長が声を張り上げる。
「よし分かった、行くぞ! 第二班は周囲の警戒を怠るな!」
『はっ!』
その指示に応じ、二班に分かれた衛兵たちはそれぞれの任務に向かった。部隊長とともに村の外れの方に走っていく者たちと、村中の警備に戻る者たちに。
私たちは彼らの動きを確認して、そのままテンレンの村を出た。衛兵にも、村人にもぶつからないように。声を上げて、姿を見せることのないように。
……スーリャの考えが、私には到底理解できなかったわね。
ふたりとも黙ったまま、しばらく道を歩き続ける。やがて道標の丘、こんもりした小さな林にたどり着いたところでグリンは、魔法を解いた。コキコキと肩を揺さぶっているから、ちょっと疲れさせてしまったかしらね。ごめんなさいね?
「うまいこと、逃げられたな」
「そ、そうみたいね」
木の陰に隠れるようにして腰を下ろした私に、周囲の警戒を続けながらグリンが言ってくれる。水筒の水を口にしながら、私は小さくため息をついた。
「いい連中だったじゃねえか」
「……」
グリンの言ういい連中、ということは多分、ばあやだけではなくスーリャも含まれているのだと思う。けれど私には、彼女の考えが理解できなくて答えを出すことができない。
しばらく私の言葉を待っていたらしいグリンが、白い髪をガリガリと掻いて自分の方から口を開いてくれた。
「つっても、最後のアレはいただけねえな。つか、何考えてたのかわかんねえ」
「あれ? ……ああ、そうね」
どうやらグリンも、同じところに疑問を持っていたようね。私としては、グリンの意見を聞いてみたいものだけれど。
「俺様たちが姿を隠せることを知らねえから、ああやって衛兵たちを混乱させたのか。それとも、本気で俺様たちを、衛兵に売ろうとしたか」
「実際どちらだったのかは、スーリャに聞かないと分からないわね」
そうなのよね……スーリャが指差したのは家の裏側だったけれど、衛兵たちに見つからないように逃げるのであればどっちみちそちらから脱出するしかない。まあ、私たちはグリンの魔法で姿を消していたからその限りではないのだけれど。
それを知らないスーリャは、果たしてどう考えてあんなことを叫んだのかしら。ばあやは、どう思っているかしら。
「どっちかなんざ俺様の知ったこっちゃねえがよ、いずれにしろ見つかんねえんだから責任はあのお嬢ちゃんが取ることになるぜ」
「え」
「だってそうだろ。ランがやってきていなくなって、それを探しても村のどこにも見つからねえ。となるとだな、不満はあのお嬢ちゃんに集まるぜ。なんでもっと早く言わなかった、もしかしてランの共犯か、ってな」
「……」
グリンの指摘を受けて、私は息を呑んだ。
そうよね、あの連中ならそう考えるかもしれない。少なくとも、ドーキス殿に連絡が入ったならば彼は、そうするはず。
だけど、今私が戻ればそれは、彼やエシュヴィーン殿下たちの思うつぼよね。いくらグリンが強くても、衛兵だけでなく村人たちに被害が出るのだけは、避けたい。
「……私は、どうすればいいと思う?」
「自分を大事にするか、自分を捨てて昔の友達を助けるか……助けられるかどうかは知らねえが」
グリンはまたも、はっきりと選択肢を示してくれた。ここだけは、感謝しようと思う。この天使を私まで引き継いでくれた、アンヘリエールの先祖たちに。
自分を大事にする。つまり、スーリャやテンレンの村の皆を見捨てて逃げるということ。
昔の友達を助ける。つまり、ここからテンレンの村に戻ってスーリャたちを助けるということ。
「とはいっても、私が戻れば彼らはおそらく、スーリャやばあやを盾にして私の身柄を求めてくるでしょうね」
「そうだな。持って帰った後、あの村が無事な保証はそもそもねえわ」
「かといって、私が逃げてもテンレンの村になにかされるという確証もない」
「まあ、逃げられましたで終わる可能性だってあるな」
どうすればいいのか、と考えるまでもなかった。ばあやは私に言ったのだ。
『最初から、お見かけなどしておりませんよ。どうぞ、ご無事で』
彼女の言葉を、無駄にするわけにはいかない。スーリャの発言はともかく、ばあやの言葉は信じたい。
「……先に進みましょう。次の道標の丘から山の中に入るわ」
「りょーかい」
どうか、無事で。私のわがままだけど。
そう祈りながら、そっと私は立ち上がった。空になった水筒は、できるだけ遠くに放り投げて。




