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001.花はへし折られた

 白く、立ち上がっても地面に付きそうなほどに長い髪がふわりと風になびく。

 そのひとは、周囲を取り囲む衛兵たちには目もくれずに私の方を振り返って。


「……へえ。お前さんが、俺様の新しい主か」


 そう、鈴が鳴るような高い、美しい声で私に問うた。




 大広間に、数々の花が咲いているようだと人は噂する。

 もちろん本当の意味での花もたくさん飾られているけれど、ここでの花とは主に着飾った貴族の娘のことを指すわね。何しろその花たちは、今日をもって学園を離れるのだから。

 ここは王立ソフィタリオ学園のダンスホール。今日は私も所属する学年の卒業式の日で、講堂での式典が終わった後はこちらで卒業パーティが開かれる。卒業生、在校生が入り混じってのパーティでは、主だった家の者が婚約を発表することもあるわ。

 保護者やお身内の方がおいでになっていることもあるから、ここでの発表は公式なものに準ずることになっている。今年の卒業生には我らがソフィタリオ王国王太子、エシュヴィーン殿下がおられるから、特別に国王夫妻が列席なさることになっているし。


「いよいよですね、フランチェッタ様」

「そうね」

「浮足立っておられますよ。お気持ちは分かりますが」

「ふふ」


 友人に苦笑されて、私は思わず顔に手を当てた。お化粧が崩れていたりしたら、恥ずかしくて仕方がないものね。でもお化粧も、昨日丁寧に手を入れた赤みがかった金髪も、綺麗に整っているはずよ。

 この私、フランチェッタはアンヘリエール公爵家の長女。このパーティの場で、一緒に学園を卒業するエシュヴィーン王太子殿下との婚約が、国王陛下により正式に発表されることになっているの。やっとですもの、心が浮き立たないはずがないわ。

 ええ、『正式に』ね。

 そもそも、幼い頃から家同士で内々に話は進んでいたし、王家に近い公爵家の娘である私は同い年の殿下ともよくお会いしている。隠す必要もないから、周囲には公然の秘密として知れ渡っているわね。

 それを、社交界に踏み出す最初の日に公式発表として触れ回るだけの話。私はこの後、一度実家に戻って手続きを整えた後王城に向かい、行儀見習いとしきたりをみっちりと教わることになる。これまでも学んではいたから、それが続くだけのことなのだけれど。

 と、それまで穏やかな演奏を続けていたオーケストラが、華やかなファンファーレを奏でた。そうして、凛とした声が響き渡る。


「国王陛下、王妃殿下のお成りー」


 途端、それまでざわついていたホール内がしんと静まり返る。流れるのは、再び落ち着いたものとなったオーケストラの演奏だけ。大広間の入り口が両側に開かれ、白を基調とした礼服をお召しになられた国王陛下と淡い緑のドレスをお召しの王妃殿下が配下を伴い、入場してこられる。国王陛下は、ここしばらくお身体の具合が良くないという噂を伺ったけれど、大丈夫そうね。

 一段高い場所に、この日のために据えられた玉座。そこに国王夫妻がゆったりと腰を下ろされ、陛下が手を挙げられる。そうして、私たちは直接に国王陛下のお言葉を賜ることとなった。


「皆息災で何よりである。我が子エシュヴィーンも皆の中で民の言葉を聞きながら立派に成長し、今日この日を迎えることができた」


 ……民の言葉……さすがにそれはどうかしらね、陛下。

 この学園に通うのは貴族の子弟ばかり、一部に大商人の子などもいるらしいけれど、でも基本はそう。それを民とおっしゃられるのは、どうかと思うの。平民は民ではないのかしら、なんて言葉はこの場で口にはしないわ。

 アンヘリエール公爵家は、王国建国前より王とその一族に忠誠を誓う者。建国に至る力として我が始祖は伝説の力を駆使し、王家のために戦ったと伝わっている。その末裔である私が、王族に歯向かうような言葉を口にしてはならないのよ。


「今宵は学園での最後の日、そして広い世界に向かう最初の日でもあろう。皆、世の厳しさに触れることもあろうがここで学んだことを糧とし、強く生きていくが良いぞ」


 陛下の餞の言葉が終わったようね。ここで、王太子殿下と私の婚約が発表されるはず、なのだけれど。

 すっと進み出てこられた鮮やかな金髪を持つエシュヴィーン殿下の隣には、どういうわけか艷やかな黒髪の令嬢が付き従っている。男爵家の娘であるジャスティアーナ様、その方が恐れ多くも王家と同じ場所にいられることに、ホール中がざわめいているわ。


「あ、あの、あれは」

「……何でしょうね」


 おろおろする友人を横目に、私はそう言うしかない。他に、何を言えというのかしら? ねえ、エシュヴィーン殿下、ジャスティアーナ様?

 そして、エシュヴィーン殿下。なぜ、私をお側に呼んでくださらないのかしら。そうして、国王陛下が私たちの婚約を皆に発表してくださる手はずになっている、はずなのに。


「さて。俺はここで一つ、重要なことを皆に触れなければならない」


 ホール内を見渡して、殿下は凛とした声を上げられた。よく通る、殿方としては高い声。

 ざわめきがすっと収まっていった中で、殿下の視線は私に向けられている。でもそれはこれまでの慈愛に満ちたものではなく……敵意と、嘲りに染まっていた。


「フランチェッタ・アンヘリエール。お前との婚約は、なかったものとする」


 ジャスティアーナ様のうっすらとした笑みの隣でエシュヴィーン殿下は、そう私に告げられた。

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