二十、東京
大国の首都はすべてそうだが、小国家に匹敵する人口と金が常に動いている東京は、魔法についても国の中心だった。協会も魔法市民会も本部をおいており、研究施設も集中していた。街中でも杖とマントが人目を引かない。
健一と父は地下鉄で移動しながら、人込みにあきれ、感心している。
目的は環境汚染などの評価を行うNPOに調査依頼をすることだった。先生に紹介してもらった団体で、魔法にも詳しいとのことだったが、なにより重視したのは口がかたいという点だった。先生も調査に協力してもらっているという。
ただ、方針なのか過剰なまでの用心をするようで、このように直接出向いての説明を要求された。休日が丸一日潰れてしまう。
先生の紹介があったため、話は滞りなく進み、NPOは速やかな調査を約束してくれた。結果の公表についてはこちら側に任せてほしいという点も一応は理解してもらえ、了承が得られた。
「大変なものを見つけましたね」
担当者は感情を込めずに言ったが、それは無関心ゆえではなく、ことの重大さを理解したからこその無感情だった。父も同様に無感情に返答する。
「はい。ですので我々も慎重に、できれば協会内部で穏やかに済ませていただきたいと思っています。そのための証拠がためです」
「本当にそれでよろしいのですか。人々には知る権利があるのではないですか」
「ええ、知る権利、は確かにあるでしょう。でも、知ってどうします? 協会の少数派が遺伝子に影響を与えるような魔法の実験を行っている可能性がある。大騒ぎになるでしょうが、あくまで小規模な実験です。現実的に被害はでていません。今止められるなら波風立てる必要はありません」
相手は父の言葉に不満そうだったが、それを言葉にはしなかった。すでに守秘の契約はなされているし、依頼人の後ろには有力者がいる。
「君はお父様に賛成?」
話の合間を察して茶菓子が運ばれてきたのを潮に、その担当者は健一に話しかけてきた。
「はい」
「なぜ? わたしとしては、いや、こちらとしては依頼人の考えは知っておきたいので」
「本音がいいですか。建前がいいですか」
「そんな言い方をされたら、本音と言いますよ」
「なら、自分を守るためです。知る権利って聞こえのいい言葉ですが、知らせた者の平穏は保障しませんよね」
そう言って担当者の目を見る。それですべて理解してくれたようだった。
「よく分かりました。建前の説明よりずっといい」
手振りで菓子をすすめる。三人はせんべいを音を立ててかじった。窓からやわらかな日が差し、会社の会議のようだった。
NPOは三日以内に結果報告を行ってくれる。またその説明を聞くのと資料受け取りに来なければならない。
ふたりは建物を出ると、近くの喫茶店に寄った。店の外まで焙煎の香りが漂っている。
父はコーヒーを飲みながら報告を入れている。酸味のあるコーヒーがさっきまでの緊張をほぐしてくれた。
窓の外の人の流れは途切れない。東京の特産物は人だ、と健一は思う。どこかの工場で休み無しに作っているに違いない。
「大変なことに足突っ込んだな」
報告を送信し終わった父が言った。
「大変だけど、片付けられるよ」
「片付けたあとはどうなる?」
「少しまともになった協会と、多分新しい問題が起きてる」
父は苦笑いをする。
「おまえ、そういうものの見方、どこで覚えた」
「分からない。いつの間にか」
「でもな、そんな考え方ばかりじゃだめだぞ。たまには母さんや姉さんみたいになってもいい」
「もうなったよ。この件にこだわった時」
「そうか、そうだったな。理屈もなにもなしに意地張ったもんな」
「お前はどうなりそうって考えてる?」
他の客の注文だろうか、新たなコーヒーの香りが漂った。その隙間から聞いてきた。
「こんなとこで話していいの?」
「こんなとこだからいいんだよ。かえって誰も聞いてない」
「なら、開発派は政党内のも含めて無視できるくらいまで縮小。実験は中止。軍は手を引く。こっちは協会にでかい貸しができる」
「いいとこ突いてる。けど足りない。なにが足りないか分かるか」
首を振った。
「情報。この件に関わってる者たちについて」
「どういうこと?」
「モリグループ。タイミング良すぎって思わなかったか」
「ごめん。ついていけない。全部糸引いてる奴がいるってこと?」
「いや、そんな奴はいない。物事は単純そうで単純じゃないし、複雑そうに見えてそれほど複雑でもない。今度の件だって気づいたのは別に我々だけってことはない。それぞれの立場で気がついた者たちがそれぞれの考えで動いているだけだろう。モリグループだってそうさ」
「協会も?」
「先生も、それに、我々も。皆精一杯考えて動いてる。だから、さっきの話だけど、皮肉屋にはなるなよ。世間は斜めから見るもんじゃない。真っ直ぐ見ろ」
コーヒーを一口飲む。ぬるくなっても味が落ちない。家で淹れるのとは違う。
「分かった。ありがと」
スマートフォンが振動した。家からのメールで、なんとか言う店のケーキを買ってこいという命令だった。父に見せる。
顔を見合わせて苦笑した。東京までおつかい。




