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十四、変わらない未来

 夏休みはあっという間に終わった。健一にとっては学校が始まったほうが楽だった。

 ポスターは完成し、業者から立派に仕上がって届いたそれを、道沿いの塀に臨時の掲示板を作って展示した。通りすがりの人々が結構立ち止まって目を通してくれるのは最近の政治状況のせいもあるのだろう。


 木島さんは普通にしていたが、あまり話さなくなった。作業が終わったので連絡をとりあうこともない。

 進路はどうするのか気になったが、健一は聞ける立場ではない。雑談しながら聞き出すような器用な真似など無理だ。

 ただ、お父さんとの関係は変わっていないようだった。

 会社も、人を雇うことにためらいがあるらしく、業務再開は遠いだろうと思われた。


「ちょっといい?」

 放課後、帰ろうとしていたところに話しかけられた。

「いいよ」

 仕事があるのだが、少しくらい遅れてもいい。どうせ事前調査だ。地図をにらみつつ、前例を検索するだけ。

 それに比べると、木島さんの顔はなんでもない普通を装おうとして失敗していた。


「うち、会社売るかもしれない」

「なんで? いくらなんでもキジマさんほどなら人くらい雇えるでしょ」

「でも、父がすっかり自信なくしてて、引退するって」


 なぜ自分に? と思ったが、とりあえず聞き役にまわることにした。


「それは、はっきりそう言ったの? それともほのめかし?」

「昨日、夕ご飯食べ終わってから、母とわたしに言った」

「会社売って、その後は?」

「田舎に引っ込みたいって。うちほどの会社を売ったら、後は投資と貯金の取り崩しだけでなんとかなる。わたしの進学だって不自由させないからって。父さん、そんなことずっと考えてたんだなって」

 木島は軽く鼻をすすって下を向いた。


「お母さんはなんて? 賛成? 反対?」

「仕方ないって」

「木島さんは?」

「分かんない」

「浄化の仕事にはまだ反対かな。お父さんは」

 木島は顔を上げて頷く。もう、この業界の話もしたくない様子だと言う。


 健一は、それもいいかもしれない、と思った。口にはしないが、木島さんのお父さんは経営者としての能力には疑問符がつく。仕事を部下任せにして、あんな事件を引き起こした。娘が偶然発見しなければ今でも不正が続いていたかもしれない。

 また、父が波風立たないように処理しなければ関係者は皆犯罪者だ。引退とかのんきなことは言っていられなかっただろう。

 あちらこちらに迷惑をかけて隠居か。気楽なものだな、と心の中で冷笑する。


 でも、目の前の木島さんにはどんな言葉をかけたらいいだろう。最初に会ったときほど大人には感じられない。小さくて、悲しみ、悩んでいて、壊れてしまいそうだ。


 下手な慰めやありきたりの発破より、現実的な助言がいいだろうと考えたが、その、現実的、がよく分からない。


「まず、木島さん自身が腹をくくらなきゃって思う。お父さんが心を決めたなら、それはもう動かせないだろうから、それよりも木島さんがどうするか、だよね」

 黙って聞いている。

「だけど、選択肢がない。進学のみ。それは分かってると思うけど」

 まだ黙っている。健一は次に何をどう言ったらいいのかわからなくなってきた。自分の進路を決めたときのようにこんがらがってくる。


「どうしたの」

 次の言葉が出てこない健一に、木島が言った。

「僕もわかんなくなった。未来なんかくそくらえだ」

「そうね。未来なんかなくなって、今がずっと続けばいいのに。変化なんかいらない」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。笑いなのに幸せではない笑いだった。

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