文化祭と少女 ②
正体不明の侵入者のことを知っているのは今のところ、一部の文化祭実行委員だけだそうだ。
「どうしますか? このメモに書いてある時間、俺が監視でもしますか?」
大川先輩が返事をする前に彼の端末が鳴る。それを一瞥すると舌打ちした。
「くそっ、もう先生たちに勘付かれた! 俺はそっちの対応に追われそうだから、代理で副委員長と君のクラスの委員に後は任せるから、よろしくな!」
それだけ言い残すと、先輩はダッシュで空き教室を去って行った。
副委員長は知らないが、うちのクラスの文化祭実行委員と言ったら————
◆◆◆
「えー、あんたも巻き込まれてたの? あんた伊藤並みに災難じゃね?」
文化祭が即中止の危機だと言うのにこの能天気さ。
いや、こういう人でないとこの仕事は務まらないのかもしれない。
場所はさっきと変わらない空き教室。
「まー副委員長は今別件で忙しいからねー、とりま現状報告お願いー」
彼女の名前は柊真由。
現代女子の典型をそのまま雑誌から引っ張って来たような見た目をしている。
普段は化粧禁止だが、今日は文化祭なのでお咎めはないそうだ。
それにしても化粧の仕方が自然すぎて、実は普段からしていたと言われても驚かない。
「別に報告することなんてねえよ。それで、実行委員としてはどうするつもりだ? 今んとこ被害とか出てるわけ?」
「なーんにも。だけど正体が分からない人間がいるんでしょ? 詳しくは知らないけど、今回はガチで誰も入れないようにしてるはずらしいよ。それ突破してる時点でバケモンでしょ。で、変なメモってどれ?」
「これ。だけどこんな字を書く人間いないよな?」
このご時世、字が下手な人は多いかもしれないが、わざわざ崩し字に近い書体を使う人間は見たことがない。
「うーん、優香ちゃんの文字に似てるような気がするけど……」
「二瓶さんは普通に書くじゃん、この『組』のところの糸偏の書き方とかこんな主張強くないし」
柊は首を傾げた。
「だけどそんなの調べてどうすんの? 誰か誘い出すの?」
「まあな……」
何の予想も浮かばなかったのは事実だ。
「榎本さあ、そもそもこれを落とした人間と忍び込んだ奴が同一とは限らないんじゃない? まあ、目的が同じの別人間って線もあるかもしれないけどさ」
「侵入したのが1人じゃないってことか? 余計面倒じゃねえか」
さて、どうしたもんか。
「入ったのは1人ですよ」
……
…………
「は?」
「え?」
目の前に全く知らない女子がいた。
私服姿で、なぜか右腕全体に細い鎖を巻いている。しかもアクセサリーにしてはデザインが工業的すぎる代物だった。
「ちょっと秘密の話がしたい相手がいるんでお邪魔しただけです。用が済めば大人しく退散しますよ」
次の瞬間にはその姿が消えていた。
「ね、ねえ、今のって」
「どこに消えた……? いや、まだ近くに」
そう思った俺は自らの《壁》を発動する。
異能力で景色を変えていたり自らの姿を透明にしているなら、この《壁》を通して見ることで無力化できる。
だが、教室の中に変化は起きない。
たった今姿を消した彼女は、もうどこにもいなかった。
柊がヘナヘナと崩れ落ちる。
「もうやだよぉ、なんでイベントがあるごとにヤバい能力者が乗り込んでくるの? この学校なんか呪われてんの?」
「その疑問については同意するけど、どうする? 先生たちに報告すれば文化祭は中止になるだろうけど、そうこう言ってる暇もないぞ」
「だから、危ない奴じゃないですって」
「「なっ」」
教室の隅の用具入れから現れた。
どこに隠れてんだよ。
ここで柊がキレた。
「てめえ、ふざけんなよっ!」
「柊⁉︎ おいちょまっ————」
彼女の能力は《温度操作》。
周囲の空気や触れたものを下はマイナス40度、上は300度まで温度調節ができる。
発火を恐れたのか、彼女は冷却を選んだ。みるみるうちに教室のガラスが曇っていく。
「危ねえな! 俺も一応いるんだぞ⁉︎」
「アンタの耐性なら問題ないでしょ、それよりあいつは?」
見回すがまた姿を消していた。一瞬、目を離しただけなのに対した逃げ足だ。
しかしあの顔、どこかで見たような。
◆◆◆
午後。教室の監視を柊が請け負った。
俺はと言うと大川先輩と再び空き教室で額を寄せていた。
「え、じゃあ侵入者のことはバレてないんですか?」
大川先輩が呼び出されたのは、最終日のミスコンに関することだったらしい。
「ああ。だけど気付かれるのは時間の問題だ」
俺はふと、気になったことを尋ねてみた。
「ところで、侵入者の存在には今朝気付かれたんですよね? 何があったんです?」
「今俺たちは生徒会室を実行委員の本部として借りてるんだ。で、朝一で登校した生徒が、部屋の中で何か探してる女を見たらしい。そいつは『私服姿で髪が肩くらいまで長さの女』って言ってたから、おまえらが見たのと同じ奴だろうよ。『追いかけたらいきなり消えた』とも言ってたし、間違いはないだろう」
その後先輩たちが部屋を確認すると、物色した形跡はあったが盗まれたものはなかったそうだ。
それも妙な話だ。
「君はこういう非常時には頭が切れるって聞いてたんだけど、何も思いつかないか?」
他の先輩たちは俺のことを過大評価しているようだ。
俺は出来の悪い脳みそを回転させて
「……その『朝一で登校した生徒』に話を聞きたいですね」
◆◆◆
優哉が文化祭の実行委員となにやら動いている。
校内ではそんな噂が立ちつつあった。
あいつが上級生と関わる時は、何かしら大きなトラブルが起こる前兆だ。
いや、もう起こっている。
「やあ久しぶり、真田太一くん。いや、この姿で会うのは初めてかな?」
俺は気が付いたら縛られていた。
話が飛躍し過ぎていると自分でも感じる。つい数分前まで、俺はクラスメイトたちと一緒に3年生の演劇を見に行こうとしていたのだ。
始まる前に用を足そうとトイレに入った瞬間、目の前が真っ暗になり、気が付いたら両手が後ろで縛られて、壁に押し付けられていたのだ。
動きたいが、首筋に大きなサバイバルナイフを当てられているせいで身動きが取れない。
相手は小柄な少女。前髪が短くデコが広い。
「……だ、誰だおまえ」
辛うじて出た言葉に、相手は目を細めて
「赤井夏美、と言ったら思い出すのかな?」
そのフレーズに、一瞬、脳が固まった。
赤井夏美。
先代の生徒会長の下僕だった少女の仮の名前。
異能力は《幻覚》。
かなり狭い範囲でだが、現実とは全く違う世界を映す能力だ。
景色だけでなく、感触や匂いなどにも干渉してくるので俺の能力とは非常に相性が悪い。
5月に起きた事件の後、行方が分からなくなっていた彼女が今、なぜか俺を縛っているのだ。
「俺に何か用か?」
会話で時間を稼ぎながら、俺は能力を発動する。
俺の端末は、いつも入れている服の内ポケットにはない。代わりに、赤井の履いているデニムのポケットに端末の存在を確認した。恐らく、あれは俺のだ。
赤井の口角が僅かに上がる。
「平和ボケした人間ってのは単純だね。君の場合は、今までが張り詰め過ぎていたのかもだけど。さて時間もないし、用件を言いましょう。あんた、私に協力してよ」
「き、協力?」
赤井は立て続けに
「ちなみに拒否すると君の恋人の安全は保証しかねる。……おっと落ち着きなよ、雰囲気変わり過ぎ」
「……何が目的だ」
「協力してくれるの?」
「とりあえず内容を聞かせろ。それからだ」
「人質がいるのに、随分と強気だね」
そう言いながら、赤井はナイフを首筋から離す。
反撃を警戒してか両手は解放してくれなかった。
「さて。君に訪ねるのもおかしいかもしれないけど、君はこの文化祭、何かおかしいとは思わない?」
「『おかしい』?」
「あの体育祭、忘れたわけじゃないでしょう?」
そこは言われなくても分かっている。
だからこそ、例年と比べても小規模な開催になっているわけだし。
「もうちょっと常識的に考えなよ。外部の人間を入れたから生徒に危険が及んだのに、同じことを繰り返すなんてアホでしょう?」
俺が黙っているのを見て、どうやら彼女は肯定と判断したらしい。
「ま、そのアホのせいで私はここに来る羽目になったんだけどね。この学校の連中は頭のネジが外れた奴が多すぎる」
「どういうことだ?」
赤井は、俺の想像の外にある返事をした。
「文化祭を開くために、実行委員たちは教師を脅迫してるんだよ。職員室で保管していた、軍からの〈機密〉が入ったハードディスク盗み出してね。でもって『それをネットに流されたくなければ文化祭を実行させろ』」
「……ちょ、ちょっと待てよ。そんなことをしたら軍が黙って————」
そう言えば文化祭のために軍も動いていた。
今までの経験から、俺は一つの推論が浮かんだ。
「まさか、軍も脅したのか?」
「大当たり。データの中身のロックまでは解除できなかったみたいだけど、ネットに繋げば海外の優秀な人間が開けちゃうかもしれない。で、私が派遣されたってわけ」
「おまえは中身に関して何か知ってるのか?」
「詳しくは知らないけど、軍が〈機密〉にしなさいって言うくらいだからそれなりに危険で価値のあるものなんじゃない?」
ならば尚更確認しなければならない。
「なんでそんなもの学校に預けたんだよ? 軍で持ってたほうが安全だろ?」
「いや、今の軍は弱体化や内部体制の建て直しでゴタゴタしてるんだよ。それで生徒に関連した情報は該当者が在籍する学校が一時的に保管することになってるんだ。知らなかったのは仕方ないよ、慎重に慎重を重ねた結果だもん」
筋の通る説明ではある。だが納得できない部分も多い。
「だったら、文化祭実行委員はどうしてそれを知ってるんだよ?」
「それも含めて私の仕事。でもまずは目的の品を奪還しないと。そこで君の出番だ。お得意の異能力でハードディスクの場所を探知してほしい」
「待て待て、まだ協力するとは言ってないぞ? それに、俺は現物を知らないんだ。ダミーを用意されてたら間違いなく引っかかるぞ」
俺の能力は元々、モノを探すのには向いていない。せいぜいGPSを拾うのが関の山だ。人や生き物の方がまだマシだ。
「いいんだ。その方が絞りやすくなるから」
◆◆◆
生徒会室に向かうと、部屋の前の廊下に女子生徒が1人立っていた。
小柄だがおそらく上級生だろう。文化祭だからなのか髪にゆるくパーマを当てている。
「大川ぁ、まだ見つかんねえのか?」
めっちゃドスが利いた声をしている。
文化祭実行委員なのは間違いない。大川先輩がこっそり耳打ちしてくる。
「あ、ちなみにこいつが副委員長の速見だ。今朝の侵入者を見つけたのもこいつだ。……声については触れないでやってくれ」
「何コソコソやってんだ? ほら、早く中に入れ。とっとと仕事を済ませるぞ」
生徒会室はカーテンを閉め切った状態で電気も点いていない。
昼間なので薄暗い程度で収まっているのが余計に不穏な空気を醸し出している。
「で、何を聞きたい?」
俺は部屋を見回す。一度入ったときから何も変わっていない。
「この部屋に盗られて困るものでも置いてたんですか? この学校の性質上、現金は置いてないと思うんですが。スケジュールを知りたいならここに来る必要はないでしょうし。速見先輩が来たとき、相手はどこで何を探していたんです?」
「分からん。うちが見たのは、机の引き出しを開けようとして手こずってる姿だけだ。目を離さないようにしてたけど、瞬間移動みたいな異能力で逃げられた」
俺がさっき見た能力とも、条件は合う。
「実行委員の先輩が心当たりないって言うなら、生徒の知らないものを狙ったんじゃないですか? そうなると、俺にはお手上げですが。先生たちに報告すべきだと思います」
俺の結論に速見先輩は満足しなかったのか
「おい大川、こいつ本当に助っ人なのか? 雛や三原はえらくコイツに肩入れしてるけど、ただのポンコツじゃねえか」
シビアな指摘だが、元々が過大評価なので何も言い返せない。
「まあいいや。あんたも不審者探しを手伝え。頭使えないなら体で働いてもらう」
こういう意味で『都合のいい』なんだろうな、と思いつつ俺は生徒会室を出る。
◆◆◆
「……やっぱり君の能力でも見つからないか。まあ予想はしてたから。となると、次はあそこに————あれ?」
「どうした?」
「いや、ちょっとメモ落っことしたみたい。まあ覚えてるからいいんだけど」
「あ、そう。移動するならせめて両手を解いてくれないか? 動きにくい」
「悪いけどそれはできないなあ。解放したら君はすぐに逃げそうだもん」
警戒心の強い奴だ。まあ読みは当たっているんだけど。
「歩くくらいはできるでしょう。とりあえず行こうか、君の教室に。逃げようとしたら……分かってるよね?」
「分かったよ、頼むからその物騒なやつは人前に出さないでくれ」
「はいはい」
そう言いながらも、彼女はナイフを片付けない。
「ほら、とっとと歩いて」




