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文化祭と少女

 後味が最悪だった体育祭が終わり、次なる行事である文化祭が近づいた。


 先の体育祭で学校の安全面が壊滅的であることが世間に知れ渡ってしまったため、文化祭の開催が危ぶまれる事態となった。

 だが数日も経たないうちに、文化祭は最初の日程で執り行うことが発表された。


 実行委員の生徒が教師たちと数日に渡る交渉を重ねた結果らしい。

 一般公開はさすがに無理だったにせよ、中止を撤回させただけでも驚きだ。

 太一ですら、「そもそも交渉の場を作った時点でヤバい」と語っていた。



「その実行委員に喧嘩売ったのがこのザマか。宇田川、悪いけどおまえの学習能力はどうなってるんだ?」


「あいつらバケモンだ……文化祭にケチつけただけでここまですることねえと思わねえか?」



 短パンに上半身は裸という姿で廊下に正座させられている級友。

 何がどうなった?



「『文化祭なんて糞食らえ』って叫びながら校舎内を全力で走ってたおまえには目を背けたくなったけど、さすがにそれだけでここまでの制裁は受けないだろ。何をやらかした?」


「文化祭実行委員長に決闘を申し込んだらその場でやられた」


「……アホだな」



 こいつの頭の中ではどうやら〈文化祭=カップルイベント〉の構図が崩れていない。




「なんで優哉はここに来たんだ? 俺の姿を笑いに来たのか? 笑いたきゃ笑え!」


「このシュールな絵面で笑えるなら俺も相当なアホだろうが。おまえと一緒にすんな」


「じゃなんでいるんだよ?」


「太一からおまえの回収を頼まれたんだよ!」



 ◆◆◆



 昼休み。

 俺が教室で談笑していると、どこかへ行っていた太一がやつれて戻ってきた。



「優哉、悪いんだけど南校舎の2階に行ってくれねえか」


「どうした?」


「今さっき文化祭の実行委員長から『おまえのクラスの生徒が悪さをしたからお仕置きをしておいた。さっさと連れて帰ってくれ』って言われてよ。聞いたら案の定、宇田川だった。でもちょっと今小宮山先生にも呼ばれててさ」


「りょーかい。やっぱさっきのはあいつだったのか」


「見てたのか?」


「奇声を上げながら校舎を走る勇気を持ってんのは、あいつくらいだからな……」



 学年の中でも随一の変態だ。これくらいならまだマシか。



「もし実行委員に会ったら謝っとくわ」


「すまん」



 ◆◆◆



「それでもこうやって迎えにきてくれるんだから、やっぱ持つべきものは友人だよな!」


「で、おまえどうして動かないんだ? まさか抱えてとか言わないよな?」



 さっきから正座したままで動く様子がない。



「なんか拘束系の異能力っぽい。1ミリも動かん。……待て待て、俺を見捨てるな!」


「伊藤を連れてくる。俺じゃあ能力の解除は無理だ」


「違うんだって、後ろ後ろ! 来てる!」


「ああ?」



 振り返ると、見知らぬ生徒がいた。

 身長は俺よりも高い。先輩か? 笑った口元から犬歯が覗いていた。



「おい宇田川、あの人誰だ?」



 宇田川が答えるより先に当人が口を開いた。



「俺は大川(おおかわ)。文化祭の実行委員長だ。そこのバカが折角の文化祭をぶち壊そうとしてくれたので実力行使をさせてもらった」



 文化祭を行うために、教師たちと数日に渡って交渉したのはこの人か。

 何がそこまで彼を突き動かすのかは分からないが、とにかく今はそれどころではない。



「ああ、すいません。こいつ文化祭で一緒に回ってくれる女子がいないんでヘソ曲げてるんですよ」


「文化祭は乳繰り合いとは違うんだがな……。まあいい。もう拘束は解除したから立ち上がれるはずだ」


「ご迷惑をおかけしました」



 後ろが急に騒がしくなる。

 足が痺れていたのか、宇田川が生まれたての子鹿のように震えていた。



「もう文化祭を妨害するんじゃないぞ? 何せミスコンをやるんだからな! 縁があればまた会おう!」



 その先輩は颯爽と去っていった。



 ◆◆◆



 文化祭当日。

 11月に入ったせいもあり、早朝は少し肌寒い。

 ちなみにうちのクラス、出し物は飲食がらみではない。



「おまえの料理が食えると思って楽しみにしてたのになぁ」


「しょうがないだろ、上が決めたことだ」



 毒物などの被害を防ぐ名目で、飲食の出し物は禁止にされた。

 食べ物の管理は全て大人に任せるそうだ。



「今日入れる部外者は、事前予約した親族だけ。業者も極力入らせないようにスケジュールを調整してる。これを実行委員長が1人でやったってのが驚きだよな。上級生たちの盛り上がり方もなんか凄いし。これで3日もテンション持つのかな?」


「あの先輩、そんなにすごい人なのか……。ほれ太一、次の風船が出来たぞ」



 早朝から教室で男2人、バルーンアートを作っていた。うちのクラスはこれが出し物だ。



「悪いな。俺の分手伝ってもらっちゃって」


「構わねえよ。それとも二瓶さんの方が良かったか? そう言や今年はミスコンやるらしいけど、二瓶さん出るのか?」


「……」


「おい黙るなよ」


「あいつは俺がいればいいから、そういうのには出ないだろうな」


「それ、大丈夫か?」


 そんな冗談めいたやり取りをしつつ、俺たちはバルーンアートを完成させた。



 ◆◆◆



 開会式が終わって約2時間後、特にトラブルもなく文化祭は進行していた。

 中でも3年生による演劇が面白いと評判になっていた。あとは

 2年生の射的ゲームが白熱しているという話も入ってきた。



「じゃあ行ってくる!」


「いってらー」



 クラスメイトを送り出し、やや生暖かい椅子に座る。これから2時間、

 教室の中には俺を含め5名の生徒がいる。

 そのうちの1人、佐藤さんが教室の隅に置かれた段ボール箱を漁りながら



「榎本ー、空気入れが足りないんだけど知らないー?」


「え、その中にないの?」


「ない。一個足りねー」



 首を傾げた。

 交代前に確認した時には全部あったはずなのに。



「探し物はこれか?」


「え」



 声のした方には空気入れを持った大川先輩がいた。



「廊下に転がってたぞ? 備品なんだから丁寧にあつかえよ?」


「すみません。ありがとうございます」



 違和感がなかったと言えば嘘になる。まだ誰も空気入れを箱から出していないのに、どうやって廊下に転がるんだ?



「あの、先輩?」


「うん?」


「手、離してくれませんか……?」



 先輩の手は空気入れを握ったまま離れない。

 直感で「あ、なんかヤバい」と察知したが遅かった。



「君たち! この子を少し借りてくよ!」



 やっぱり文化祭は中止にした方が良かったのでは?



 ◆◆◆



 俺は先輩に引きずられながら、人気のない用具室に連れ込まれた。

 大川先輩は表情が険しい。



「こんなところに連れて来て何するつもりですか?」


「文化祭が中止になるかもしれないんだ。先生たちには頼れないし、口が固い君にか頼れないんだ。困ったときの便利な後輩だって聞いてるぞ?」



 予想通りだった。

 俺は以前に3年生と関わりを持つ機会があり、その人たちから俺のことを聞いたらしい。



「何をしろと?」


「正体が不明な侵入者がいる」


「あー、そうですか」



 先輩が言うには、「姿は見えないが、人がいた痕跡」があるらしい。



「しかもそれが見つかったのは、外部の人間が入れる時間より前だ。君はどう考える?」



 現在、この学校では敷地の内外へは転移系の異能力は使えない。外部の人間が入るには正門を通るしかない。



「地下のルートはどうなってるんです?」


「緊急避難用の脱出経路のことか? あれはグラウンドにあるところを除いて全部を塞いだそうだ。そのグラウンドには私服軍人が警備に当たっている」



 どうやって軍を動かしたんだ、とか野暮なことは聞かないでおこう。



「前日のうちに侵入、くらいしか思いつくものがないですねえ」


「やっぱそうなるよな。だよなぁ……。この学校、何か曰く付きなのかな? 今年に入ってからずーっとトラブル続いてるし」


「去年まではなかったんですか?」


「平穏そのものだよ。しかも他の学校はちっとも狙われてないらしいさ」



 マジか。

 俺はてっきり、校内で起こった事件はともかく、犯罪組織が絡んだ事件は全国的に発生しているのものだとばかり思っていた。

 うちの学校だけ?



「厳密に言うと4月の事件は全国だけど、体育祭で狙われたのはうちだけだ。知らなかったのか?」



 俺は首を振る。



「とりあえず、君には俺と一緒に校内を————」



 先輩の口が固まった。

 教室の外に人気を感じたらしく、俺にも喋らないようにジェスチャーで指示を出した。

 足音を立てないように扉まで近づくと一気に引き戸を開いた。



「くそっ、逃げられた!」



 確かに足音が聞こえた。俺も先輩に続いて廊下に出る。



「もういない⁉︎」



 廊下には誰もいなかった。



「俺の拘束が間に合わない相手なんてこの学校じゃ先生でも滅多にいない。なあ、マジでこの学校どうなってんの?」



 同感だ。



「文化祭は俺たち3年にとっちゃ最後のイベントなのに、なんで今年に限って問題が起こるんだよっ」


「何が目的なんですかね?」



 俺の問いに答えることなく、先輩は放心状態だった。



「これが先生たちにバレたら文化祭は即中止だ。あれだけ交渉したのに全部パーだよ」



 この先輩の文化祭に対する熱意は本物だ。

 それにしても今回の侵入者何が目的だ? まさかまた俺か? あの人権団体の人なら何か知っていそうだがこちらからは連絡のしようがない。

 俺もここで思考が止まってしまう。



「おい、これ見てくれ」


「はい?」



 先輩が拾い上げたのは四つ折りになったメモ用紙。



「『1年1組、バルーンアートの担当は初日14時から16時まで』……君のクラスの人間か?」



 メモ用紙の文字は綺麗な行書だった。

 男子も女子もこんな書き方をする人間はいない。


 字が綺麗な人はいるけれど、大体が楷書で書く。

 こんな達筆な文字は初めて見た。



「知らない人間の文字ですね。誰かが調べた可能性の方が高いかと」


「この条件に当てはまる生徒は?」



 暗記していた俺は指を追って数える。



「佐藤葵、二瓶優香、秋山直子、岩田仁、 三須(みす)隼人(はやと)。この5人です。でもこんな字を書く人間はいませんよ?」


「この中の誰かに用がある人間か? だとしても俺たちの会話を盗み聞きする理由が見当たらないな。とりあえずこの5人がいる時間、君はこいつらを見張っていてほしい。もしかしたら侵入したやつがくるかもしれない」



 目的が不明な相手を待つのはこれで何度目だろうか。


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