体育祭は唐突に終わりを告げる。
◇◇◇
「そこで初めて、君は自分の能力が軍以外の外部に漏れていることを知った。多分だけど君には懸賞金でもかかってたんじゃないかな? それで人権団体の職員にあらぬ疑いをかけられて、身の潔白を証明するために自分の知ってる範囲で異能力の詳細を喋ったんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
「相変わらず、その場にいたのかって聞きたくなるくらい的確に把握しますね、あなたは」
青年は天井を仰ぐ。
「《拒絶》相手に圧勝してしまったのは俺の注意不足ですよ? つい本気を出したのは失敗でしたね。それにしてもなんで懸賞金のことまで知ってるんです? あれは谷地さん達しか知らないはずなんですが」
「やらなくていいことはしないのが君の主義じゃないか。その君が自分からリスクの高い情報を吐くんだから、高額の懸賞金以外では思いつくものがなかっただけだよ」
「そら10億も掛けられたら誰でもビビりますよ……」
◇◇◇
「……」
やっちまった、と後悔したが遅過ぎた。
この状況、どう乗り切ろう?
どこに身を潜めていたのか、私服軍人らしき大人達がマスク犯罪者を拘束して連れて行った。
いるなら早く助けてくれよ。
「ところで君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、隣の女の人は誰だい?」
「いやーぜんぜんしらないひとですぅー」
棒読みで否定した。めっちゃ睨んでるけど、本当ですよ?
すると岡崎が前に出て何やら身分証らしきものを見せている。
それを見た軍人は目を丸くして何やら仲間とひそひそ話を始めた。それが終わると、1人が前に進み出て
「あんた、能力者人権団体の人間か?」
ものすごく警戒しながら尋ねていた。
あのなんちゃら団体、胡散臭いと思ってたらマジだったのか。
岡崎は舌打ちした。
「そうだよ。悪いけど今はあたしらに関わってる暇はないでしょ? 地下のやつ、さっさとどうにかしないと困るのはそっちじゃない? この生徒は私が責任持って連れて行くからあんた達は急ぎな!」
俺の知らないところで何やら起こっているようだ。
軍人達は歯噛みしながらその場を後にした。
「……ったく、呑気な連中だよ」
「あの、何が起きてるんですか?」
「海外の犯罪組織の連合が、この学校の地下にトンネル掘って校内に侵入してたんだよ。上がダメなら下からってか? 畜生が」
いつも通りの物騒さだ。
「さて、ここでの用事も終わったし、悪いけどここで————」
「ちょっと待ってください。なんで俺のことを詳しく知ってるのか教えてくださいよ。なんで俺が狙われてるんです?」
目の前の女性を信用したわけではないが、多少なりとも情報を得ないとまずいことになる気がした。
岡崎は周囲を見渡すと服のポケットから四つ折りの紙を渡してきた。
文章は手書きかつ筆記体の英文だったのでさっぱりだが、俺をどこかから盗撮したような写真が一緒にプリントされている。ご丁寧にカラーでだ。
そして写真の下に数桁の数字が。
「俺の首には懸賞金でも掛かってるんですか」
「そうね。金を出した側が君をどうしても手に入れたいみたい」
「一、十、百、千、万……あの、これ日本円ですか」
「一応ドルらしいけど?」
「たかが学生の首に10億円って頭おかしくないですか?」
急に寒気がしてきた。円相場について細かくは知らないが、昨日見たニュースで円安がどうーのこーの言ってたからまあこれくらいでもいいだろう。
「まさかあなたも懸賞金に目が眩んで————すいません嘘ですごめんなさい」
冗談のつもりで言ったら本気で睨まれた。
「とにかく、もうすぐ軍が来るだろうから私は引き上げるよ。これの大元を絶たないことには、君はこれからも狙われ続けることになるだろうからね」
「助けてくれるのには感謝しますけど、そのなんちゃら団体は一般的に信用できる組織なんですか?」
俺の質問に、岡崎は少し微妙そうな表情を浮かべた。
「なんつーのかな……あたしら国際的にはこれでも名が通ってるんだけどね。間違いないのは、君の敵ではないってことだな」
「……分かりました。さっき『大元をどうにかする』って言ってましたけど、俺に懸賞金を掛けてくれたのはどこのどいつです?」
「さあね。あたしもさっき見るまでは知らなかったことだ。それにこれには『こいつを生け捕りしたら全額、殺したら3割を支払う』ってこと、あとは今日の体育祭のことと、学校の住所。それ以外、君に関する情報は何も書かれちゃいないね。君、正体隠して何か悪いことでもしたのかい?」
俺の命は底値3億円か。えらく安く見られたものだ。
だけど疑いは残る。
「こんなガキに何かできると思いますか?」
「《拒絶》を吹っ飛ばせるほどの異能力を持ってる時点で、疑われるとは思わないのかい?」
それもそうか。
「まさかとは思うけど、異能力に関して虚偽報告してないだろうね? 学生だろうと容赦なく刑務所行きだよ?」
「嘘はついてませんよ。心当たりがまるでないです」
知ってる範囲で自分の異能力について全部喋った。どうせ知られても問題のないことだ。
「————で、外部からの衝撃への耐性が高いっていうんで《拒絶》って扱いになってるんですよ」
「聞いた限りじゃ割と雑魚じゃない?」
それ言うなよ、気にしてるんだから!
「まあ、いいや。君のことに関してはうちらの方で処理しておいてあげるよ。君に懸賞金をかけた相手についても調べておく。何か分かったら連絡するよ」
何か物言いに違和感を覚えた。
「あなた達は軍とは協力しないんですか?」
「あいつらとうちの組織は折り合いが悪くてね。世の中思い通りにはいかないもんだ。さて、そろそろ戻らないと心配されるよ。あと、私のことは他人には秘密で頼む」
体育祭は中止に終わった。
◆◆◆
面倒なことになった。
結局のところ、体育祭は異能力の実技テストを兼ねていたため、障害物競走を選択した生徒は、後日個別で追試を受ける羽目になったのだ。
俺は異能力に一切の成長が見られないため、唯一の取り柄である耐久力のテストという名目で何故か高度15000メートルの高さから放り出された。
5分以内は地面に着くと言うので、取り敢えず能力を展開したまま落ちた。
能力を使うと、重力の感覚がなくなる。他人の落下する映像を見ているようなものだ。
まあ俺のことは正直どうでもいい。
問題は太一の方だ。体育祭が終わってからというもの、なにやらぼけっとしている機会が増えた。
何かあったのだろうか?
◆◆◆
体育祭は中止になり、生徒はそのまま寮に戻るように指示を受けた。安全が確保されるまでは一切の外出を禁止するらしい。
優哉が映像の中で敵を弾き飛ばした直後、再び映像が途切れてしまった。もう一度《知覚強化》で現地を確認すると、カメラは生きていた。映像が消えたのは恐らく配線をいじったからだろう。だとすれば軍の隠蔽工作だ。
戻ってきた優哉に「一緒にいた女は誰だ」と尋ねてみたが、「教えられない、口止めされてるから」としか答えてくれなかった。
「しょーがない、今日は帰ろう」
あっけらかんとしている彼を見て、俺は胸の中にあったモヤモヤしたものの正体が分かった気がした。
こいつは何かヤバイものを抱えているのではないか?
思えば、優哉は入学前、入寮の解禁日当日にこの学校にやってきたのだ。しかも夏休み実家に帰っていないらしい。
そして、さっきの相手を吹っ飛ばしたときの嫌そうな顔。あれは自分のしたことを後悔している顔ではない。鬱陶しいものを見ている目だ。
「じゃ、しばらくは会えないかもだけど」
寮に戻ったとき、あいつはいつも通りの顔で別れを告げた。
あいつの行動には何か「ブレ」がある。
さて、今日は何か軽いものでも食べようか————
「意外と料理上手なのねえ」
台所から知らない女の声が聞こえた。
電気はまだ付けてない。
侵入者?
焦ったせいで端末を落としてしまった。
「あら、もう帰ってきたの?」
あえて明かりは点けず、俺は部屋を出ようとした。
だがここで俺は全身が凍りつくような恐怖に襲われた。
手先の感覚がない。正確に言うなら、動かない。
次の瞬間には、目の前に訳の分からない物体が現れた。表現することができない。
「あっ……がっ……」
口も自由に動かない。
あれ、「」はなにをし。
あれ
あれ?
「……」
〈やっぱり一般人相手に私の能力は毒ね〉
その言葉が理解できた瞬間、体の自由が戻った。だけどもう、俺には逃げる力も戦うだけの気力もなかった。
数秒かけて理解した。
俺は今、〈認識〉をズラされたのだ。
ドアが目の前にあるのに、その役割が理解できない。
考えようとしても、単語の意味が分からない。
〈顔見せるから、ちょっと待ってね?〉
その言葉もまた、直接音としては聞こえない。
俺の《知覚強化》によって、〈情報〉だけが脳内で文章化されているのだ。
だが、普通はあり得ない。俺は夏休みの間に、《幻影》を看破できるくらいには自分の力を強化している。
にもかかわらず〈相手〉の姿は全く見えない。
〈はい、これでどう?〉
俺の視界に、上下パンツスーツで髪の長い女が現れた。
だか顔の部分だけ、パーツもはっきりと見えているのにうまく認識できない。複雑な記号でも見ているかのような気分だった。
〈初めまして。私は国際能力者人権団体の代表でヤチと申します。あなたは真田太一くんね?〉
口は動いているが実際の音は聞こえない。脳に文章が浮かぶだけだ。
国際能力者人権団体。名前だけは聞いたことがある。軍と折り合いが悪いことで界隈では有名だ。
「……それで、そのお偉いさんが何の用ですか?」
〈あなた、自分の異能力について最近何か変わったことはない?〉
妙な質問を投げかけてきた。
「別にないですよ」
〈そう、ならいいけど。もし《先のことが分かるようになったら》気をつけなさい〉
「はあ? 何を言って」
言いかけてやめた。
すぐ後ろで、ドアが開いたような気がしたのだ。
振り返ったが、そこには誰もいなかった。
◆◆◆
根城に戻った谷地たちは谷地の部屋で額を寄せていた。
「良かったんですか? あの真田って子、あのままうちに引き入れても良かったかもしれないのに」
「彼が望んでいるのが平和な生活なら、わざわざ巻き込むのは性分じゃないの。でも遅かれ早かれ彼の異能力が進化するのは間違いない。そのときには、うちの力で助けるつもりよ。それにしても葵、あんたにしては手酷くやられたじゃないの」
「無茶言わないでくださいよ代表。向こうに《拒絶》がいるなんて知らなかったんですからあ。最後の最後でハズレくじですよ、こっちは」
「ごめんごめん。それで、あいつらの目的が榎本優哉だったっていうのは本当? あのトンネル、中央アジアまで伸びてたけど。その辺りの連中に、どうして日本の学生の情報が流れてたのかな?」
上司の質問に葵こと岡崎葵は苦笑いで返す。
「あの少年にあった後で追加の資料が見つかったんですよ。今回のそいつらはそれをベースに計画を立てたみたいです。代表が潰した組織の残党ってのもこっちの注意を逸らすためのフェイク。むしろ今回のためにうちの海外支部はわざと狙われた感じですね」
「『このメンツは国際能力者人権団体の代表に恨みがある』ってのを隠れ蓑に、本来の目的を達成しようってわけ? つまり榎本って子が、それだけの価値のある異能力を持っているってこと?」
「ええ、その資料あるんで今出しますね」
部屋が暗くなり、白いスクリーンに英文のみで記載された資料が映し出される。
「……これ、悪い冗談と捉えていいのかな?」
「残念ながら事実です。もっとも、本人確認しないことにはなんとも言いようがないんですが」
資料の英文は要約すれば「この少年の異能力は、《厄災》に対して有効である」と書かれている。
その《厄災》は海外での呼び名であり、この日本では。
「《社長》をぶっ殺せるって、本気で思ってるの? この文章見る限り、何の根拠もないただの可能性らしいけど」
「いや本当」
部屋の隅から声がした。
谷地はそこを睨み付ける。
「……いつからいたの?」
「はっはっはー。私を部屋に入れたくないのなら気密性は高めた用がいいよ?」
「……で、この子があんたを殺せるって話だけど」
「だーから本当だってば。彼の異能力は私にとっては猛毒だ。だけどおかしいねぇ」
「何が?」
「私、このことは鶴宮さん以外には喋ってないんだよ。まあいいや。その資料貸してよ。全部潰してくるから」
谷地は大人しく資料を《社長》に渡す。それを受け取ると、一瞬にして会議室から《社長》の姿は消えた。
「代表、いいんですか?」
「今回のことは、うちだけの問題だと思ってたからね。あいつも最初は関わらないつもりだったらしいけど、自分が絡んでいる以上は放っておかない」
次回より〈文化祭編〉です!




