体育祭 イレギュラー ②
走った。
とにかく走った。
戦闘すれば確実に勝ち目はない。戦闘の輪を抜けてチェックポイントを抜けた。
当然、貰う札には〈1〉と刻印されている。
それでも俺は案内に従って次を目指す。確実に勝つにはこれしかない。
三十六計、逃げるに如かず。
◆◆◆
「榎本くん普通に逃げてない? 変なこと言わないで素直に棒倒しに入れてあげればよかったのに」
親友が撮影されているとも知らず醜態を晒していた。だが。
「いや、あいつの異能力だとあれが一番だろ」
優哉の異能力は時間こそ短いが、出力は間違いなくこの学校でも上位に食い込む。
俺があいつだとしても同じ行動を取っただろう。
「なあ優香。おまえだったらこの場面でどうする?」
「そりゃ、他人の札を取るだろうけど」
「そうだ。高得点の札を数人分、奪ってしまえば1位でゴールできなくても総合で優勝できる。だけど狙ってるのは自分だけじゃない。混戦になるのは避けられない以上、高い点の札を最初に奪うのは軽い自殺行為だ」
「……まさか、ゴール手前で待ち伏せってこと?」
「それが一番手っ取り早い」
単純に考えればセコいようにも思えるが、説明されたルールならこれが最適解だ。
◆◆◆
「うちを疑うより、軍の内側を調べた方が良くないですか? それにしても学校になんちゅうもん作ってくれてんですか」
「……」
小宮山に責められる花田は何も答えなかった。
「まさか学校の地下シェルターの更に下に通路を作ってるなんてねぇ。どういうつもりです?」
軍の調査の結果、予め業者に変装した犯罪グループは地下から学校の敷地に侵入していたことが判明した。
小宮山はここへの調査にあまり乗り気ではなかったが、上司に指示されたこと、また手柄を欲しがった花田からの提案により利害が一致したために「生徒保護のために調査する」という名目でここに来たのだった。
「言っとくけど、地下通路の上にこの学校があるんだからね? まだ軍部の影響力があるときに、全国の能力者学校は地下通路の真上の土地に建設されるように仕向けたって聞いたことがある」
「……なるほど。そこは百歩譲って認めましょう。でもね」
小宮山は目線を下に降ろした。
「その更に下にトンネル掘ってくるなんて、誰が予想します? しかもピンポイントでうちじゃないですか」
その先には開けられて間もない、大きな穴があった。
「しかも侵入者は既に入り込んでいる。これ以上、後手には回れませんよ? 悪いことはいいません。しばらくは一緒に行動しましょう。とりあえず上へ連絡しますか————」
小宮山の言葉を遮ったのは、銃声と突風だった。だが続けて2人が聞いたのはかなりの人数の悲鳴。
「ねえ、あいつら何?」
「さあ?」
2人は警戒しながら進む。
懐中電灯で照らした先では、犯罪グループらしき人間たちがもがき苦しんでいた。
「……仲間割れって感じではなさそうね。まさか他の勢力?」
小宮山は内心の動揺を悟られないように周囲を見渡す。
自分の上司はどこへ行ったのかと。先程から気配がないのだ。
「はーい、はじめまして」
花田からすれば、いきなり目の前に生首が現れたのだから驚くのも無理はない。
現れたのは長髪の女性。上下黒のパンツスーツ姿で異様に大きなサングラスを掛けている。
「ま、まさかあんた」
「谷地です」
一瞬、グラリと体が崩れかかったが足を踏ん張って
「あ、あんたが〈組織〉の代表? へ、へえ……」
「あらら。若いのに随分と肝が据わっているじゃない。あ、でも能力は使わないことをお勧めするわ。私に敵意を向けた瞬間、意識飛ばすから」
右足に気流を発生させようとした花田は歯を食いしばりながら断念する。実力差は彼女とて理解していた。
「さてこの通路を調べましょうか。安心なさい。全員潰しておいたから」
その言葉に、小宮山はゾッとした。
「まさか」
「……悪いけど命の危機に出し惜しみするほど、悠長なことはできないタイプなの。大丈夫よ、出力は最低にしてあるから」
「元敵の俺が言うのもおかしいですが、あなたの能力は使わないのが最善なんですがね。くらった方はたまったもんじゃない」
「浴びた本人に言われると堪えるわねえ」
花田は震える体を押さえながら、
「上は大丈夫なんですか? ここで倒した以外にも相当数入ってますよ、この感じだと」
谷地はサングラスを外すと
「上にも仲間がいるの。その人に任せてきた」
小宮山が「今更なんですが」と割って入る。
「ところで副代表はどうしたんですか? 普段だったらこういう場面だとあっちが来る確率の方が高いような気がするんですが」
「私の代わり。デスクワークに忙殺されてるでしょうね。……さて、ちょっと離れてちょうだい」
谷地は右手を掲げる。
その右手には黒い靄がかかっていた。
◆◆◆
ゴール手前の最後の区画。早くたどり着く分には問題はないらしく、俺は誰もいない道でポツンと突っ立っていた。
そこでようやく、空を飛ぶラジコンのヘリコプターにカメラが取り付けられていることに気づいた。うわー、恥ずかしい。
現在、俺は1点の札を3枚持っている。
あとは誰かがこのゾーンに入ったところを狙って、ゴールに走るしかない。
と言っても、相手は必ず〈2〉の札を貰うのだから、待ち伏せは警戒されるだろうけど。
しかし暇だ。後続の人達は奪い合いを繰り返しているらしい。
道中は山道や、意図的に作られた障害物のある場所もあったので「障害物競争」という名前にも間違いはない。
だけどこういう足の引っ張り合いで勝敗を決めるというのは、やはり趣味が悪い。
チェックポイントの制限時間から逆算すると、あと1時間半は誰も来ない。
日陰で少し休もうと、草むらに腰を降ろしたときだった。
「ん?」
無意識のうちに能力が発動している。
見ると頭上から、両手の拳を合わせたくらいの大きさの石が落ちてきていた。
もう来たのか?
だが直後に違うと確信した。
校舎裏の山の方から飛んできたそれは、明らかに不自然な形に切断されていた。
川原に転がっている丸石をぶった切ったような形になっている。
あっちは今回のルートにはないはずだ。
「んん⁉︎」
喉の奥から変な音が出た。
裏山の中腹辺りから何やら煙が上がっている。白煙でも黒煙でもない。土煙だ。
だが様子がおかしい。
例えるならガラスケースの中で煙をぶちまけたような。
……煙が何かに閉じ込められている?
続けて今度は人間が飛んできた。
……人間?
その人が地面と激突する瞬間、地面が爆発したように見えた。
「痛ってて……アンニャロどもが」
若めの女性の声だ。
それにしても、あの高さから飛んできてそれで済むのか。その手の能力者なのか?
土煙が収まるとその人は立ち上がった。
「チッ、こんなとこにカメラなんぞ置いとくなよ」
そう聞こえた直後、俺を捉えていたヘリのラジコンが地面に墜落した。よく見ると真っ二つに分断されている。
じゃあ、さっきの石もこの人が?
「……あれ、あんた」
猫のようなツリ目が印象的だ。髪型はショートカット。
袖なしのベストに細いデニム。
……ここはお洒落して来るような場所ではないはずだが。
「もしかして榎本優哉って名前じゃない?」
「……」
本名がバレている。
学校の関係者ではなさそうだし、せめて軍の人であってほしい。
「あ、名乗ってなかったね。私は〈国際能力者人権団体〉のメンバーで岡崎。よろしく」
聞いたことのない団体の名前を出されても信用できない。
何もせずに固まっていると
「しっかし意外だったねえ。連中の狙いが伊藤光太郎じゃなくてあんただなんて」
「『連中』?」
俺が狙われている?
「あの、何の話ですか?」
「まあ、知らなくても仕方ない。とにかく逃げな。ここは危ないか————」
最後まで聞けなかった。
すぐ近くに別の人間が現れたからだ。どうやったら人間からそんな音がするのかと聞きたくなるくらい派手な音だった。
「もう来やがった……」
振り返った岡崎の顔が青くなった。
あれ、この人負けんじゃない?
彼女の向こう側に見える相手は、顔を布で覆っていて素顔までは見えない。
その右腕はなぜか真っ直ぐ上に伸ばされていて
「避けろっ‼︎」
マスク人間がまるでチョップでもするかのように右手を振り下ろした。
岡崎が横に飛びながら叫んだが間に合わない。
能力の発動の方が先だった。
「……嘘だろ」
どうやら彼女には俺がこの攻撃を防いだことが不思議に思えたらしい。
名前を知っているのに異能力に関しては何も知らないのも変だとは思ったけれど今はそんなことをしている場合ではない。
目の前に、真っ二つに切られたカラスが落ちてきたからだ。
俺の《壁》も、硬度を高めにしてなかったら危なかったかもしれない。なるほど、ラジコン壊したのはあっちか。
「ちょっと聞きたいんですが、あいつは敵ですか」
岡崎は少し戸惑いながら
「……まあ、あんたのこと狙ってるからね」
「そうですか」
相手は両手をブンブンと横薙ぎに何度も降った。その動きに合わせて《壁》に刃物のようなモノが当たる感触がある。
目に見えない《刃》を作り出すのか?
まあいい。こいつには俺への敵意がある。
◆◆◆
「ね、ねえ、何、あれ」
誰かの掠れた声が全員の動揺を代弁していた。
優哉が映っていたモニターには、明らかに生徒じゃない人間が空から降ってきた様子がばっちりと記録されていた。
すぐさま生徒はグラウンドの中心に集められた。幸い、現在 障害物競走に参加していない生徒は全員無事だった。
小宮山先生は障害物競走の担当なのでこの場にはいない。
「今から障害物競走に参加した生徒が戻ってくるまで、全員その場を動かないように!」
教頭の怒号が拡声器なしで飛んでくる。《音波操作》はこういう非常時に特に便利だ。
やはり今日はなにか異変が起きている。
モニターには、あたふたする優哉と飛んできた人がなにやら会話している様子が映し出されていた。
その直後、映像が途切れてしまった。そして数秒後、大きな爆発のような衝撃音がちょうど優哉のいるところから聞こえた。
そのショックで気絶したり、泣き出したりする生徒が続出した。
この状況をなんとか把握しなければならない。
そう考えた俺は《知覚強化》を限界まで引き上げた。半径400メートル以内なら姿を捉えられるはずだ。
「いたっ……!」
優哉はショートカットの女性と会話していた。
『あいつは敵ですか?』
『まあ、あんたのこと狙ってるからね』
『そうですか』
答えたあいつの目には、怒りや恐怖という感情がなかった。
強いて言うなら「面倒」。まるで何度も同じ場面を繰り返してきたかのような鬱陶しさがあった。
『他に敵は?』
『いや、あいつで最後だけど?』
『さいですか。じゃあちょっと離れててください』
『え? ちょ、あんた————!』
女の人が叫ぶより速く、優哉はその場から消えた。《速度操作》にも匹敵するスピードで、相手らしき顔を隠した人物に肉薄した。
相手は両手を前に出すと何やら壁を張ったように見えた。あれは《障壁》?
《知覚強化》のおかげで《壁》が可視化されているのはいいのだが枚数が尋常じゃない。
だが優哉はそれを一瞬で突破した。まあ上位互換の能力だから仕方ない。
と思っていたのだが。
「え?」
思わず声が出てしまった。
優哉の周りに展開されている球体状の《壁》が相手の《壁》に触れた瞬間、まるで吸収したかのように見えたのだ。
普通なら、ダメージに耐えきれなくて《障壁》が消えるときは風船が破れるような見え方をする。
《無効化》で触れたときは弾けるような消え方をするはずだ。
《拒絶》ってどういう能力なんだ?
「……て
いやでも拒絶するって言うくらいだから、もっと弾く性質の方があってもいいだろう。
「…………てば」
敵の力に対してどういう作用してるんだ?
「太一ってば!」
脳天に一撃が落ちてきた。
「え?」
「あれ見てよ!」
優香に促されるまま彼女の指差す方向に目を向けると、別の角度から優哉の姿を捉えた映像が流れていた。
そこには、優哉がまさに体当たりで相手を弾き飛ばすところだった。
◆◆◆
「ねぇ、あんた何者?」
岡崎が恐る恐る尋ねてくる。
「はい? 普通の一般人ですが」
「いや、そんなはずないでしょ、だって」
相手は、《拒絶》だよ?
遅くなりましてすみません。




