体育祭 その④
遅くなりましてすみません。
棒倒しも遂に決勝が始まった。
双方とも総力戦。開始一分は相手の出方を見るためかどちらも動くことはなかった。
沈黙の後、先に仕掛けたのは相手のクラス。
最寄りのコンクリートを破壊し、その破片を躊躇なくぶん投げてきた。
対するうちのクラスは、《気体操作》の生徒が防壁を張る。
相手の陣地の構図は、棒を支えるのが5人、周囲の警戒に2人。
そしてその前に学年でもトップクラスの《念動力》の能力者。同級生とは思えない小柄な少女だった。
っつか、さっきから地響きが聞こえるような……。
◆◆◆
「こんなに侵入されてるなんて……」
小宮山がざっと勘定すると38人もの〈部外者〉が学校の中にいた。
軍を責めるつもりはないものの、後手に回ったのは事実だ。校内へ直接《転移》することはできない。正規の入り口から出入りする人間には顔写真付きの身分証明書の提示を義務化している。変装系統の異能力を使ったとしても、出入り口に配置された《無効化》のボディタッチは避けられない。
だからこそ、全員が特殊メイクで変装していた。
将校の一人が近づいてきた。
「今回ばかりは避けられないでしょう。捕縛に協力してくれたことには感謝しますが、あなたも対象であることに代わりはありませんのでご了承ください」
つまりは、内通者の存在。出入りする人間を正確に割り出してピンポイントで狙ってすり替わっているのだから当然と言えば当然。
「教職員の中にいる可能性が非常に高い。9月の事件とも関連が疑われますので、近々調査が入ると思います」
「ご丁寧にどーも」
軍人たちが立ち去ると、小宮山は誰もいない廊下を蹴った。
今すぐにでも体育祭を中止して生徒の安全を確保したいのだが、軍がそれを許さないのだ。
「この程度の安全も確保できないようで何が軍だ」というのが大義名分だが、「こっちはなんとかするからなんとしてでも体育祭は完遂させろ。ここで名誉回復するんだよ」というのが本音らしい。
自分たちの失態を棚に上げて内通者の存在に全ての責任を被せるつもりだ。
春先に「例の会社」に敗北を喫してから、軍は長い迷走期間に入ってしまった。
ここでどうにか挽回したいらしい。生徒の安全よりも名誉の方が大事らしい。
『お疲れ、と言いたいところだけど動きが鈍くなってるわねぇ。詰めが甘いから相手が起き上がってきちゃったじゃない』
「手厳しいっすねぇ。それにしても、どうやって入ったと思います? いくら代表目当てでもここまでやりますかね?」
『あんた教職に就いてからちょっと平和ボケしてない? 自爆テロとか余裕でしてくる連中よ?』
「そうかもしれませんが……」
『でも正直、ここまで的確なのはちょっとムカつくかもね』
それ以上に不気味なのは、外部から入った人間がなぜか正確に対象の近くにいることだ。
自分の真正面にいようと彼女の存在を察知することはできない。
思い当たる点があるとすれば。
「もしかして、俺の正体が相手にバレたってことはないですかね?」
『可能性は十分にあるわ。だって、こっちが知らないような情報も握ってたから。本部に戻ったら、いっぺん組織を掃除しないといけないかもね』
呑気な口調で物騒な内容だった。
下手すると身内の裏切り者を炙りだすことになるかもしれない。
そう考えると、心が鉛のように重くなるのだった。
「代表、一度確認しておきたいんですけど」
『何?』
「あいつら代表を追ってきたんですよね。代表の目的を調べてないはずないと思うんですが。出不精のあなたが出てくるんですからよっぽどな事態だと思うでしょうに」
虚空から返事が返ってくるまで時間はかからなかった。
『表向きは伊藤光太郎よ。でもそれは軍が勝手に勘違いしてくれただけ。本来の目的を知ってるのは今のところリリーとあんただけ。それに私が来なくても、伊藤くん目当ての連中はどのみち今日は侵入してたはずよ。外部の人間が入れる絶好の機会なんだから』
◆◆◆
「うーわっ……」
結論から言えば、俺の見立ては甘かったと言わざるを得ない。
今まで《身体強化》が前線に出ていたのは、本命の温存だったのだと。
「なんっじゃあれは⁉︎」
隣の宇田川が口をあんぐりと開けていた。
地面の土砂や周りの空気も巻き込んだ巨大な砂嵐が相手の陣地から襲いかかっている。
「1トンは軽く超えてるだろうな」
「のんびり解説してる場合か⁉︎ あれに襲われたらひとたまりもないぞ!」
「太一ならあれくらいはなんとかするだろ。俺よりマトモな作戦考えてるんだから」
俺が言い終わる前に、砂嵐の動きが鈍くなった。
「なるほど、こっちの気体に干渉するタイプの異能力で相殺したのか。でもこれで2人も削られちゃ割りに合わなくねえか? あの2人の様子を見るに全力っぽいし。でも向こうには余力があるように見える。おまえが太一ならどうする?」
「2人の体力が切れる前に決着に持ち込みたいわな。それか伊藤を先頭に持ってきてあの砂埃を無力化するか」
その言葉通りなのか、太一が右手を振り上げるとクラスの面々は前進を開始した。
先頭に立つのは伊藤だ。予想通り、《無効化》で前方からの異能力の効果を打ち消しながら突っ走っている。その両脇を《物体干渉系》で固めて奴自身の防御も抜かりない。その面子でコンクリートをぶっ壊しながら進んでるあたりも合理的だ。
「……って一番厄介な相手に王道の攻め方でいいのかよ? ここまで奇策とか使いまくってたのに」
「いいんだよ。まず必要なのは相手の混乱だ。太一のことだ。あいつの能力で味方と敵の配置図は完璧に把握できる」
実際、相手のチームは動揺したのか動きが鈍くなっていた。
一見すると自滅覚悟で突っ込んで来ているのだから、俺があちらのチームだったとしても多少はビビる。
「誰に活躍の場面を作るつもりだ? 視認できない奴と《転移》タイプは警戒されやすいって分かってるんだよな? なのにシュガーちゃんと太田の2人は姿を消している。露骨に警戒させてどうすんだよ?」
それくらいのことは太一とて頭の片隅は置いているだろう。
加えて問題点もある。二瓶さんの《転移門》は本来、小細工を含めて使うものなのだ。最初に会ったときのように、小さな《穴》を幾つも作り出して相手の動きを翻弄するのが彼女の戦闘スタイルである。
人が通れるほどのデカい《門》は未だに苦戦しているらしい。
〈地面の砂埃で目眩ましを作った後に《門》を使って棒をすり替える〉が元々の太一の作戦だった。が、先生たちもそれを想定してか双方の棒の先端はペンキで塗り分けられている。その他のリスクも含め、この作戦はボツだ。
「二瓶さんは今の段階ではどう頑張ってもサポートに徹した方が良いに決まってる。それに変わりはねぇよ」
「だからって前に出す必要あるか? 二瓶様は後衛でこそ真価を発揮するタイプだろ。確かに、前に出たほうが《念動力》も警戒はするだろうけどさ。《門》の場所に迷ってるせいで足手纏いにしか見えないんだが」
物体の動きを操るタイプの異能力。その頂点に君臨するのが《念動力》。気体、液体、固体。どんな手段でも使えると思った方がいい。
唯一弱点があるとすれば、棒倒しの基本ルールだろう。
「棒を地面から離さない」、「棒を破壊しない」。説明せずとも分かることだ。
相手はこの2つの条件を満たすために異能力を調整している。
なにせ棒そのものはただの木だ。一般人ならいざ知らず、異能力の衝突に巻き込まれて大抵の物質が原型を留めるケースは少ない。
なのでどうしても扱いには神経を使う。気を散らされるともしかしたら棒が倒れるかもしれない。
「だったらせめて、人数バラけさせた方が良かったんじゃねえか? 全員が正面から来たらバレバレじゃねーか」
実際そうだ。
味方15人の中で、現時点で棒を支えて守っているのは太一を含めても3人。プラス姿の見えない2人を除いて、残りのメンバーは全て攻撃に回っているのが見える。
ほぼがら空き。攻めてくださいと言わんばかりだ。
「……バカにしてるのかって怒られるぞ? 壁を壊してるせいで向こうから陣地丸見えじゃねえか。誘ってるのか?」
「それで怒るなら相手がそれまでだってことだ。どっちが勝つか、心理戦だ」
攻めなければ大人数が自陣に向かってくるのだから、やられる前にやった方がいい。
相手のチームがどっちを取るかでこの勝負は決まる。
見守っていると、《念動力》の能力者が再び砂埃を巻き上げた。伊藤に注意してなのか範囲としてはさっきより大幅に狭い。その影でうっすらと、何か動いているのが見えた。
……さて、どう動くかな。
◆◆◆
「どうするの、太一くん?」
《重力操作》で棒を支えている太田が不安げに尋ねてくる。
それ以外のこっちの守備は実質1人。
「きららちゃん、耐えられそう?」
「どうかな……私の風で防ぎ切れればいいけど」
なるべくこの場にいる全員を棒の近くに寄せておく。
防御の範囲を狭くして彼女の竜巻の威力を上げた方が良い。ドーム状に風を吹かせてもらっているので竜巻という表現は少しずれているかもしれないが。
砂埃がひどくて向こうの状況の目視は難しい。が。
「あんな大雑把な指示で良かったの!? まあ真田くんのことだから考えがあるんだろうけど!」
暴風のせいで声が少し聞き取りにくい。
この状態なら、少しは膠着に持ち込めるか? と思ったのが馬鹿だったと直後に思い知ることになる。
「きららちゃん、風速上げて!」
「え? げっ、あいつらこっちに来てんじゃん!」
江川さんの悲鳴が聞こえた。なんと向こうの《身体強化》の能力者が全員、防御を捨ててこっちにジャンプしてきた。砂埃は目眩しか。気付いたクラスメートはいるものの、速すぎて対応できていない。
暴風の壁を強引に突破するつもりだ。だが、いくら何でも無茶なことだ。
と思っていたら、1人が残り4人をぶん投げた。《身体強化》の力で投げたのだ。人間くらいは軽く投げ飛ばせる。しかも高速で。
「しまった……!」
全方位に防御している分、一点突破をされるとまずい。
全員が、防壁を突破して棒の先端に飛び付いた。
「ヤバくない!?」
江川さんの悲鳴が響いた。
◆◆◆
「おい、負けるぞ? 負けたらおまえのせいじゃね?」
「負けるならな」
◆◆◆
試合終了の音が鳴り響いた。
倒れているのは、あっちの棒だった。棒にしがみつきながらあんぐりと口を開けている。
ただ棒が倒れるだけならまだしも、何やら地形が変形している。ちょっとやり過ぎたかな?
「ナイスタイミング、佐藤さん」
「なーんの。それよりもこっちにお礼を言ったほうがいいんじゃね?」
彼女が親指で指す方向には。
「本当に上手くいくなんて……」
彼女と一緒に姿を消していた優香が、《門》を作っていた。
手が通る程度の小さいサイズのものを2つ。そこに両手を突っ込んでいた。
「あたしの能力じゃ、《門》自体の姿は消せないからね。ギリッギリまで引きつけておいて正解だったね。それにしてもあっちからうちのクラスメイトの悲鳴も聞こえんだケド……?」
「そりゃ、棒を支えてるメインの奴が使えなくなればね。他の異能力も協力はしてるだろうけど。あとみんなを巻き込んだことは謝んなきゃな」
優哉はエグいことを考える奴だ、とつくづく思った。それに乗った俺たちも同罪ではあるけれど。
「いきなりくすぐられたらビビるわなぁ……」
最小限の《穴》を、《念動力》の能力者の背中に作らせたのはタイミングで言えば相手の5人が飛んだ瞬間だ。移動が速過ぎて悲鳴も聞こえなかっただろう。
俺がみんなに伝えたのは「隙ができたら全員で飛びかかれ」だった。
だけどその必要もなかったようだ。
「なるほど、今あっちで優香ちゃんのフリをしてるのは、岩やんってことでいいのかな? 《迷彩》の異能力で見た目だけ変えてたんだね?」
「そいういうこと」
あいつのニヤケ顔が脳内に浮かんだ。
『精密作業みたいなもんなんだろ? じゃあビックリさせてやれば一瞬でも隙ができるか暴走するんじゃね? 二瓶さんの小細工混じりの異能力の使い方ならおあつらえだろう? 《迷彩》とかで相手を撹乱すれば良いだろうし』
……あいつの作戦の特徴は「なるべく自分の手を汚さない」がモットーであることだ。
というか、元々勝負事には消極的だ。どうしても戦わなければならない場合であっても、自分から手は出さない。
それでいて、やるときは反則ギリギリの手を躊躇なく使う。
あいつの異能力の特性上、それくらいの思いきりがないと勝てないというもあるのだろう。
「にしても優哉の奴、よく知ってたなぁ……」
いくら親友と言えど、勝利のための根拠のない作戦はできない。
俺が唯一知っていた《念動力》の能力者に関する情報は、「繊細」ということだけ。俺のような異能力を警戒して実力を発揮しない奴も多く、彼女もそのタイプだった。
それにしても、見事過ぎる展開だ。
◇◇◇
「どうして君の読み通りに未来が動くんだろうね?」
「さあ、当時からずーっと『良い勘をしてる』くらいの認識ですけどね」
青年は追求をはぐらかす。
「君の異能力は、《未来を知る》ものではないはずだ。なのに君の大雑把な先読みは必ず当たる。この食い違いはどう説明したものかな?」
「……」
「だんまりかい? まあいい。今度は僕の話を聞いてもらおうか」
追求する側の眼光はより鋭く、標的を捉えていた。
「体育祭の午後に起きたことについては、僕は報告書に目を通しただけで直接の関わりない。だから見ていない部分は僕の想像にすぎない。だから間違っている部分があれば遠慮なく指摘してほしい」




