体育祭 その②
コンクリートの壁って値段はいくらなんだろう。
棒倒しが終わってその都度ごとに設置される壁を見ながらぼんやりと考えていた。試合中は騒音のせいで会話どころではないので試合の合間は耳が休まる貴重な時間だ。
今のところ3年生の試合が大詰めを迎えていた。次の決勝で勝ったチームには最高得点である100点が入る。
太一はトーナメント表を見ながらブツブツと呟いている。
彼は今回の棒倒しで参謀の役割を担っている。自らが戦うことになる相手の情報収集には余念がないのは素晴らしいことだが、今に限って言えば何か別のことを考えているようだった。
思い当たる節があるとすれば、今日ここにはやべー人が来る、いやもう来ていることだろう。
幸い武装した軍人は学校の敷地の外にいるため、ここにはいない。まあ、私服軍人はいるけれども。
伊藤に目をつけた
「去年まではこんなチンチクリンなスケジュールじゃなかったって言ってたよな?」
「ん? ああ。1年生が出る科目が少ないだけだったんだって。上級生まで種目を絞ってるのはちょっと変だとは思う」
「今年から変わるとか……俺ら運から見放されてるなぁ……」
土煙やらコンクリートの破片などの粉塵も尋常じゃない。試合中は視界が最悪のため、太一のように情報収集に適した異能力でなければ何が起きたのかすらサッパリだ。
「聞いてたのと……かなり違う」
「何が?」
「上級生たちの様子がおかしい。百歩譲っても体育祭はあくまで子供の行事だ。殺し合いっぽくなるのは毎年のことだって姉ちゃんも言ってたし。でもなんか、先輩たちの必死さを見てたらさ」
彼の言わんとするところは分かる。
本当に実戦にでも放り込まれたかのような緊迫感、まるでこの戦いで負けたら何か大事なものを失うかのような焦り。
そして敗北した生徒の落胆を通り越して絶望に染まった顔。序盤で負けた生徒ほど度合いが大きい。
おかしいと思わない方が不自然だ。
「負けたら留年確定とか?」
「……あるかも。だって就活するときは異能力で勝負するようなもんだし。もし異能力の実技が原因で留年だったら今後の人生にめっちゃ響く」
想像しただけでゾッとした。
もしそうなら、たかが体育祭で今後の人生が決まってしまうのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
テントの中に雄牛がいた。
違うな。
「なんだ文和。うるせえぞ?」
「だってよぉ、あれ見たらおまえらも叫びたくなるって!」
クラスで最も欲望に忠実な男、宇田川文和は次の試合に出場している生徒に釘付けになっていた。
「倉橋先輩か。なるほどなぁ……」
3年生の中でも最強の一角に名を連ねる生徒会長、倉橋雛。
異能力は《電気操作》。
電気である以上、避雷針さえあればこの手の能力者の攻略は難しくない。だからこそ、その弱点を克服するために皆努力しているそうなのだが。
また、使い慣れていないと真っ直ぐに電流が飛ばないという弱点もある。なので異能力のエネルギーを使って導線を作る。これが一般的な電撃系能力者の使い方だ。これができなければほとんどの電気を無駄に放電してしまう。
ところが。
倉橋先輩はそんな無駄など気にしないと言わんばかりに体から電撃を放っている。
しかも動きが非常に機敏だ。おかげで多く男子の視線を釘付けにしている。なぜかとは問わないでほしい。
「電流で武装してるね。歩くスタンガンみたいなもんだ」
神経の電気信号の強化も成功したようだ。正しくはそれに付いていけるだけの体力を手にしたと言うべきか。
他の生徒会のメンバーもそれなりの戦績を残していた。
「……強くなったな」
「1年生の分際で随分と上から言うなあ、優哉……」
「単純な強度なら俺の方が上だしなー。能力が使えないときに狙われたらただの雑魚だけど」
「おまえの成長のなさに俺はビックリだよ……」
しょうがないじゃないか。
どう頑張っても成長しないのだから。
そうこう話している間に3年生の決勝戦が始まり、10分で終わった。
◆◆◆
2年生は泥仕合に近かった。
最後の方に至っては拳サイズのコンクリで雪合戦状態だった。
そこまでして勝ちたいか?
確認もかねてルール説明をするのなら、
・決勝まで進むと最大で4回、試合することになる。
・どの試合に人数をどのくらい配置するのかは自由。ローテーションを組むも良し、全員で団結して挑むも良し。
・ただし負ければ後はない。
これだけだ。
怖いのはルールのなかに「殺人禁止」がないこと。だからこそ上級生たちは殺し合いに近い試合ができたとも言える。
「さて、どうするんだ参謀さんよ?」
「うちのクラスは15人くらいが棒倒し選んでるからなぁ。7・8で分けるのが無難かなぁ」
上級生の戦い方を見るならそうだろう。
でも――――
「初戦のクラス、総員で来るっぽくね?」
全員が棒倒しを選択したクラスもあるようだ。
まあ自由だからな。
「うちも最初は全員出たほうがよくね?」
「うーん……」
◆◆◆
「うっそだろ……」
太一はよりによって計画に変更をしなかった。
つまり倍近い人数を相手にしれっと白星を勝ち取った。
こりゃ軍人も欲しがるわ。
「おまえ、相手の異能力を全部把握してたのか?」
「まさか。普通にやっただけだ」
うちのクラスの異能力の面子を余すことなく使いきった上で勝った。
「《柔化》と《肥大化》だけ攻撃に割いて、あとは全部守備に回すとか普通無理だろ。ああいうのって最後まで隠しておく戦法じゃねえか?」
「別に切り札ってわけじゃねえからな。総力戦をするほどの相手じゃねえ。だって子供だし」
そうだった。こいつ元々は軍人に追われる生活をしていたのだ。
逆に言えば、軍人たちが追い詰めてくる方法を熟知している。
異能力の弱点をそれぞれでカバーしながら、陣取りゲームのように前進。それを囮にして最後はあれだ。人間パチンコだ。
「人使いが荒いと見せかけて実はダメージをそんなに負ってないってのも驚きだよ」
この世界においてはいわゆる「ヒール役」がいない。
自分の怪我を回復する異能力は存在しても、他者のダメージを回復してくれる異能力は何故か見つからない。
しかも怪我の度合いによっては異能力が使えなくなる。現に今の相手も最後はヘロヘロになって異能力の出力が大幅にダウンしていた。
そこまで計算したせいか、他のクラスからの視線が厳しい。
「異能力をいかに上手に使うかだろ。絞るとことは絞って、出すところは出す。金と一緒だよ」
◆◆◆
「なんだあのクラス!?」
「なんて鮮やかな攻略だ……」
「指揮した生徒の名前、すぐに調べてください!」
私服軍人たちが慌ただしくなるなか、小宮山は自身の受け持つ生徒たちの戦果に満足していた。
彼は通話口に向かって口を開く。
「どうです? 俺のクラスは」
『なるほどねぇ。味方のダメージを最小限に押さえた上で相手を最大限に翻弄。そうやって生まれた隙を狙って一気にとどめ。小さい頃から軍人に嫌がらせを受け続けただけはあるわね』
「まさか本来の案件を放り出すとまでは思ってませんでしたが……」
『そもそも私はただの〈正体不明〉なんだから、見えないものより見えるものの方が価値が分かりやすいでしょう? それに時間もないわ。残党たちが少しずつ侵入してる。〈対能力者ショック薬〉の対処法、忘れてないわよね?』
「大丈夫です。なるべく生徒たちのいないところで使ってほしいものですが」
小宮山が最も危惧しているのはそれだ。
子供にそんな劇薬を使われたらどうなるか。
『まあでも、子供に手を出したら私も黙ってないけどね』
電話の相手はひどく冷静なのだった。
次回は4月7日、更新です!
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