体育祭 プロローグ
「『会えば必ず発狂する』……? なんか胡散臭いですね」
『残念ながら事実だ。その人に近づいた軍の精鋭が自殺未遂起こしたくらいだから』
彩乃先輩の言葉に偽りは無さそうだ。
しかし、それはあくまで彼女自身が信じているにすぎず、実際がどうなのかは不明である。
「具体的に、どんな異能力なのかは知ってるんですか?」
『具体的な症状は、〈廃人みたいになる〉ってことだね。呼び掛けようが何しようがノーリアクション。しばらくすれば正気に戻るけど、廃人だった間の記憶は一切ない』
怖っ。
「また物騒な。でも写真とか素性の資料とか、ありそうなもんですが?」
ところが彩乃先輩の返事は、俺の予想を遥かに上回っていた。
『写真を撮ろうとすればカメラが壊れる。声を録音しようとすればレコーダーが壊れる。とにかく、その人を〈探知〉しようとすると必要なものが必ずぶっ壊されるんだ。〈いる〉のは分かるけど、姿も声もあらゆるものがブラックボックス状態なんだよ。年齢、性別、外見、血液型。何もかもが不明だ』
太一のようなタイプにとっては天敵だ。
そんな人の注意を引くだから、やはり伊藤の異能力は特別なのだろう。
『あたしから言えるのはそれくらい。普通にしてれば問題はないから、君たちに被害は及ばないだろうけど念のため』
「ご忠告ありがとうございました。ではでは」
◆◆◆
結局、真田太一の異能力評定は「向こう側のミス」ということで一気に〈A〉まで跳ね上がる。
だが肝心の本人はあまり嬉しそうではない。
昼休みにその話を小宮山先生聞いてからずっと不機嫌な顔なのだ。
放課後の委員長会議から戻ってきても般若面が崩れないので、さすがに不安になった。
「表情が暗いなぁ。嬉しくないのか?」
こっちを睨む目がギラついている。こいつがこんな顔をするのも珍しい。
「評定が高くなると軍から声が掛かるケースが増えるんだよ。俺は軍がらみはもうウンザリなんだ」
「ああ、なるほど」
元々こいつは軍人の家族だが、軍人であった祖父は除籍処分を受けている。今現在は名誉挽回したものの、昔はひどい扱いをされたそうだから辟易しているのも理解できなくはない。
「別に怖いわけじゃないし、軍の中にだってまともな人はいるんだけどさ。糞みたいな連中も少なくないから。特にこういう場面で声かけてくる奴に限って面倒なのが多いんだよ」
結局はいい人材をスカウトした〈自分〉を評価されたいんだよ、と太一は言う。
「いつの時代も貧乏くじを引かされるのは弱い人間だ。そんなやつらがハエみたく手を擦って近づいてくるんだぞ。気持ち悪い」
ヘイト溜まってんなー、と思ったときだった。
「……ちょっと詳しく聞かせてくれ」
教室の入り口に伊藤がいた。誰も教室にいないと思っていたが、どうやら忘れ物を取りに来たようだ。
「どうして?」
「こないだから、軍の人事部ってところからお誘いを受けてるんだよ。断り続けてるんだけどしつこくて」
太一は疑惑の目を向ける。
「……おまえ、《無効化》だろ? 軍が今さら欲しがるような戦力でもないような気がするんだけど」
そう言えば太一は知らないのだ。
この伊藤という男、異能力だろうと普通の攻撃だろうと直接触れたあらゆるものの動きを《止める》力を持つ。
こいつにかかれば近接での戦いは瞬時に終わるだろうし、遠距離から攻撃を仕掛けたとしても当たった瞬間に止まってしまうため意味がない。
こと戦闘においては無双状態を誇るのだ。
しかし当人も自らの異能力の危険性は熟知しているため、《異能力の無効化》以外は基本的には使わない。
だが大人たちは知っている。現に一度、こいつは軍に呼ばれて試験を受けに行っている。
もっとも、そのときはクーデターもどきのせいでそれどころではなくなったが。
なぜ俺が知っているのかと言えば、俺の異能力である《拒絶》は伊藤の《零点回帰》に唯一対抗できる(かもしれない)という理由で大人が俺に喋ったからだ。
一応、実証済みではある。
「事実だよ。優哉は知ってるだろうけど俺の本当の異能力は《無効化》じゃない。その上位互換だ」
国家機密の情報をさらっと暴露しやがった。
「……冗談だろ? なんだよ、上位互換って」
疑いの目を向ける太一に、伊藤は俺に向けて指をクイクイと動かす。
「優哉、その椅子を俺に向かって投げつけて」
言われるがまま、その辺にあった椅子を伊藤に向かってぶん投げた。
「おい、優哉――――!?」
太一が驚いたのは俺の行動か、それとも直後に見えた光景か。
多分後者だろう。
椅子は伊藤に触れた瞬間に空中で静止した。
椅子の足の部分が彼の額に触れたまま静止している光景は非常にシュールだった。
「え……えっ、えええっ!?」
伊藤に異能力を用いた攻撃がほぼ通用しないのは周知である。だがこういう「普通」の攻撃手段に対しては非能力者と変わらない。
その定説が目の前で覆されたのだから、驚くのも無理はない。
「これで納得してくれたか? そう言えば優哉。おまえの異能力の秘密もその感じだと喋ってなさそうだな」
「……必要ないからな。そもそも俺の異能力はネタバレできる要素が少ないし」
「おい……おまえら、何、言ってるんだ?」
置いてけぼりを食らった太一はビックリするほど狼狽していた。
情報収集が日課である彼にとっては敗北以外の何者でもない。
「それにしても伊藤。おまえがここに来て秘密をこんなにあっさり喋るとは思ってなかったよ」
「……おまえは仕方ないとしても、信用できない人間に話すほど俺もバカじゃねえよ。正直、軍の人間が直接来た回数も少なくねえ。おかげで生徒会の先輩たちから変な目で見られるし」
太一が顔をあげる。何か思い当たる節があるようだった。
「……夏休み明け前から学校に行ってたのはそのせいか? 確かに生徒会も業務で登校はしてたけど」
「まあな。夏休みもほとんどトラブル続きだったし」
どうやら素晴らしい夏休みを過ごしたようだ。
「さて、秘密を喋ったんだ。軍人を黙らせる方法、教えてもらおうか」
伊藤の目線が鋭くなる。
太一は諦めたように大きなため息をついた。メモ帳を一枚引きちぎり、『何か』を書いて伊藤の手に握らせた。
「……あんまりしつこかったら『この番号』に電話しろ。ここの人間なら信用できる。洗いざらいしゃべれば、1ヶ月後には勧誘はなくなる」
「へえ……。ありがとな」
どこに繋がる番号なのかは知らないが、太一が渡すなら問題ないだろう。
「ところでおまえら、体育祭はどっちに出るんだ? 俺は棒倒しのつもりだけど」
「俺も棒倒しだ。《知覚強化》は障害物競争じゃあまり役に立たん。結局は加速が肝だからな。優哉は?」
伊藤が本気を出したら棒倒しは間違いなく優勝できるだろう。ただ本気が出せないのなら勝負は見ものだ。
「そうさなぁ――――」
◆◆◆
糸目と黒目が小さな部屋で睨み合っていた。
「ヤッチーが動くなんて珍しいじゃない。雪でも降るんじゃないの?」
「私の外出なんて聞いたら、どうせ軍が動くでしょう? だからいいのよ」
〈国際能力者人権団体〉の代表室は地下にある。
理由としては襲撃を避けるためが表向きだが、実際には部屋の主でもある谷地深幸の異能力のせいである。
「あなた外に出たら絶対にドンパチするじゃない。《塗り潰し》に他人を巻き込むつもり?」
「まさか。私だってそれくらいの制御は心得てる。まあでも、正面切って戦うのは極力避けたいところではあるわね。でも《社長》には関係ない話じゃない?」
「でも出不精のヤッチーがねぇ……」
疑いの目を向ける《社長》に、根負けした谷地は書類を取り出す。
元より目の前の相手に根気で勝負を挑むのは愚策であると、彼女は身をもって知っていた。
「これは?」
「うちの敵対組織のリスト。私が外に出たと知ったら、間違いなく狙ってくるでしょうね。この中にはまともな組織の面を被ったテロ組織も混じってるから」
「なるほど。ヤッチーを狙いに来たテロリストと軍をぶつけようって算段か。しかしそう上手くいくかね? あなたの動きを軍が監視してることくらい、あちらさんだって知ってると思うけど?」
「この間敵対組織をまとめて潰しちゃったら、残党が寄合作っちゃったのよ。だから今回は必ず動くのは間違いない。それにあなた知ってる? 最近また妙な薬が出回り始めたのよ」
谷地は一枚の写真を見せる。写っているのはスプレー缶のようなもの。
「これは?」
「〈対能力者用ショック薬〉、だそうよ。この中のガスを吸うと異能力の力が暴走してアレルギー反応を使用者に起こさせるらしいの。どこぞの軍の開発部が作ったらしいけど、設計図が流出してるそうよ」
「あーなるほど。自らの失態なら軍としても看過できないだろうねぇ」
「まあ私としては残党が潰せさえすれば問題はないのだけど。もちろん、うちの人員を学校に派遣して生徒たちに害は及ばないよう努力はする。助力を求めたいところだけど、あなたには頼めそうにないし」
「そうだね。この件に関して、私はノータッチを貫かないといけない。社員くらいなら貸し出すけど?」
「一応、うちの精鋭たちを連れていくつもりよ。大丈夫。うちの組織は幹部不在でやられるほどヤワじゃないから」
4月になったらもうちょっと頻度上がると思います……( ノ;_ _)ノ。




