見えない敵
「おい、どういうことだ! なんか騒ぎになってるぞ!」
こいつは耳を押さえて喋っている。これで《伝達操作》の能力者がいることは確定だ。
「おい、しかもこっちに気付いて――――!?」
はい、迷彩色系統の異能力確定。
言い終わる前に体当たりだ。
相手は《壁》で弾き飛ばされたものの、大したダメージは負っていない。夏休みの間に手加減の練習をして良かった。
それでも、能力の解除には成功した。このタイプは精神状態に左右されるらしく、動揺すると維持が難しくなる。
俺はニコニコしながら相手の首根っこを掴む。
「何か釈明はあるかい?」
「あ、あんたは榎本……」
相手はブルブル震えている。こっちは努めて笑顔なのに。
「あらぁ、俺の名前知ってるんですか? 嬉しいなぁいつから有名人になったのかしら?」
「た、頼む! 見逃してくれ!」
相手は両手を合わせて請願してきた。
「はっはっは。俺は仏じゃないんだから。頼む相手が違うんじゃないかな? それで何を見逃してほしいんです?」
「う、うわああ……」
何をそんなにビビってるんだ?
泡を吹いて気絶してしまった。
「すいませーん、こいつ捕まえてもらっていいですかね?」
唖然とする軍人たちに向かって、俺は犯人を一人、突き出した。
◆◆◆
「だーっ、疲れた……」
あれから約二時間ほど、俺たちは軍からの聴取に付き合わされた。
しかし今回の件について言えば功労者は三原と太一だろう。俺はあくまで「手伝いをしただけです」で押し通した。
三原は別室で軍人たちと難しい顔で何やら喋っていた。
その間に外出禁止令は解除され、俺たちが解放される頃には元通りの学校に戻っていた。
「にしてもおまえの推理力はすげえな。俺だったら絶対思い付かねえもん」
褒めたつもりだったのだが、三原は浮かない顔をしていた。
「どうした?」
「君はこの事件が解決したと思っているのかい?」
「違うの?」
「逆だよ。この学校の危機は一時的に去ったにすぎない。『悪い奴』に目をつけられてる」
「悪い奴?」
実行犯について言えば、2年生の友人同士5、6人。
三原が言うには、今回の事件の首謀者は「この学校の人間ではない」そうだ。
実行した生徒は、夏休みの宿題をサボって悩んだ際、ネットの掲示板で知り合った相手に相談したようだ。
すると相手は「困っている生徒さんはどんな異能力なの?」と尋ねてきた。生徒が正直に人数分の返答をすると「一気に宿題を片付けるいい方法がある」と生徒の実家に今回の事件のシナリオを持ったあの外国人を派遣したという。
厳戒体勢になるように仕向けたのは、「宿題を書く時間を確保する」というだけの理由だったそうだ。
「先輩たちは単純に異能力で協力し合うだけのつもりだったらしい。だから外人の男の動向はほぼ把握していなかったよ。ちなみに秋山直子を襲った連中は異能力による幻影だ。飛び散ったはずの血がなくなった理由は分からないけど、分かったこともある。彼女が浴びた返り血はあの外人の男のものだった。それとあの男、調べたら死んでから半月は経過していたらしい」
緩みかけていたものが一気になくなった。
「……死体が歩いてきたって言うのか?」
「死者を甦らせる異能力はなくても、死体を動かすくらいなら造作もない。それに外国人が爆発したことを知ってようやく、彼らは自分がとんでもないことをしてしまったと認識したらしいからね」
なんでも、外人の男が来たときに「私の指示通り動けば、日記に書けることくらいはできるだろう」と言われ素直に信じてしまったらしい。
そんなバカな奴がいるのかと聞くと、学年の中でも屈指のバカらしい。
そして学校に入るときは、あの薄っぺらくなる異能力で生徒の一人に被さっていた。
本来なら正門を通過するとき、異能力は全て強制解除させられる。しかしメンテナンスで一時的にそれがなかった時間があり、そこを狙われたそうだ。
「あの先輩が狙われたのは偶然じゃない。バカで利用されやすいのを知ってて狙ったんだ。他にも、安全に校内に入る方法、監視の目の誤魔化し方、生徒たちの交友関係まで把握した上で秋山直子をターゲットにしている。彼女が狙われたのは恨みとかじゃなくて、単に標的にするのが簡単だったからだよ。人付き合いの少ない、それでいて周囲の生徒の秘密を探り回ってるなんて格好の獲物じゃないか」
「相手はどんだけこっちの情報握ってるんだ!?」
怖い怖い怖い!
「犯人の目的は不明だ。一つ言えるのは僕たちが立てた予想は全てハズレってことだ。ただの親切で死体を送ってくるとは思えない」
それに、と更に悪い情報が上乗せされる。
「こんな事件を起こしているのに相手は姿すら見えないらしい。ネットのログも途中で辿りきれなくなったそうだ。軍相手にこれだけのことができるだなんて、相手は相当ヤバイ奴だ。そんな奴に、僕たちは情報を握られているんだよ。《知る》タイプの異能力なのかもしれないけど、僕はそういうのをあまり見たことがない。しかもここまで細かに把握する異能力なんて僕は知らない」
平和なはずの青春に突如として暗雲が発生した。
三原の勢いは止まらない。
「それに君だって危ないぞ?」
「な、なんのことだ? 持続時間が短いのはご愛嬌だぞ?」
三原は唇をへの字にすると
「君の《壁》は、本来は変装や擬態を見抜くものじゃないんだろう?」
「……まあな。それは関係あるのか?」
俺の《壁》は確かに異能力による虚像を見抜くことはできる。
だが、その後の検証の結果、特殊メイクなどの物理的な変装は見抜くことができないことが判明した。
「僕は君の異能力が単なる《障壁》じゃないことは知っている。前生徒会長の事件で、君だけが敵の変装を見抜いたと聞いてるよ。でも真田くんの話を聞く限り、君は桐山茜に被さっていたあの男を見抜けなかったみたいじゃないか。《壁》はちゃんと展開していたんだろ?」
言われるまで気付かなかった。
言われてみれば秋山さんのときもそうだった。能力を展開してもあんな男の顔は見えなかった。
どういうことだ?
「これは僕の勝手な想像だけど、その外国人がちゃんと生きていたらもっと違う景色が見えたのかもしれない。あれが死体だったからこそ、君には通用したんじゃないかと思ってる」
急に怖くなってきた。事件ちっとも解決してねぇ。
「気を付けなよ。相手は恐らく、君自身すら知らない情報を知っている」
不安を残したまま、この事件は幕を降ろした。
◆◆◆
「ノートの原本か? 俺が預かっている。しっかしクラス全員分、みっちり調べてやがるなあ」
三原と別れた後、職員室の小宮山先生を訪ねるとノートをめくっていた。ガサ入れがあったようだ。
「秋山は被害者とはいえ、このノートに関しては言い逃れはできねえなぁ。吊し上げにあっても庇うのは難しい。唯一の幸いはおまえらの寮以外では出回っていないことだ」
「そうですか……」
つまりこの事実を知っているのは、あの寮に住んでいる3人だけ。
「おまえについても書いてあるけど、読むか?」
「はい」
恐る恐る目を通すと、俺に関する情報は確かに多いものの、身体的特徴ばかりだ。太一たちのような私生活に関する記述はない。
「異能力について書かなかったのは正解だな」
「はい?」
「もしやらかしていたら刑務所行きは確定だった」
「……」
洒落にならねえ。
「それともう一つ。三原と軍の話し合いの場に俺もいた。そこでの話は――――」
「聞きました。相手が相当危険だということも知ってます」
小宮山先生は大きくため息をつくと
「なら、話は早い。今回の一件は完全に大人の不手際だ。余計な心配させて悪かった」
大きく頭を下げられたが、釈然としない。
「先生のせいではないでしょう? ところでもう一つ聞いてもいいでしょうか?」
「おう、どうした?」
「秋山さん、今どこにいるんです?」
今は残った不安よりも解決できそうな問題と向き合おう。
◆◆◆
「あー、ここにいたんだ」
ビクッとした彼女が振り返る。
いたのは桐山の病室。彼女はまだ目覚めていない。
「…………」
口をパクパク動かしているが、この距離では聞こえない。
丸椅子を一つ引っ張ってきて、彼女の目の前に腰かけた。
「さて、言い訳を聞こうか? 君、ストーカーが趣味なの?」
俯いて黙ってしまった。
「『相手のことを知りたくてやった』とか言うなよ? 他人のプライベートを知りたいと思うなら仲良くならなくちゃ」
「……わ、悪気があったつもりじゃ」
「人様の性的嗜好を書いてる時点で、悪気がないってのは厳しいんじゃないかなぁ?」
「ご、ごめんなさ」
「謝るのは俺にじゃなくて二瓶さんにだろう。俺は説教しに来たんじゃないんだ」
彼女が顔をあげる。
俺の顔が余程恐ろしかったのか、歯がカチカチ鳴っている。
「釘を刺しに来たんだよ。これ以上、俺のことを調べられたら困るからね。ほら、手出して」
俺は彼女の手のひらにあるものを彼女に渡す。
「ひいっ……!?」
なんの変哲もないリンゴである。
ただし、彼女に手渡した瞬間に上半分を《壁》で削り取った。
なるほど、手を中心に発動させると断面に曲線が入る。真っ直ぐ切るのにはあまり向いてないな。
「とりあえず、このリンゴのようになりたくなかったら金輪際こういうことはやめて欲しい」
激しく首を上下させる彼女を尻目に、俺は病室を後にした。
◆◆◆
「鶴宮さんがこういう案件で後手に回るなんて珍しいじゃない。なにかトラブルでも?」
事件の報告書をめくりながら《社長》はソファに身を委ねる。
別件で動いていた部下たちのうち、できる限り回せる人員を動かしたものの失態は隠せるものではなかった。
事後処理がようやく終わって疲労困憊した面々が帰途につくなか、鶴宮は一人残っていた。
「後手どころか完敗だ。向こうにまんまとしてやられたよ。本命だと思っていた方を囮にされたようだ」
「えー、私らが追ってたのも優先順位は上の方じゃない? そっちだって想定しなかったわけじゃないんでしょ?」
「おまえの提案を突っぱねてまで、わざと警備を緩めて異能を使って侵入できる環境を作ったんだ。そこに入ったところを捕まえるつもりだったんだがな……予想外の邪魔が入った」
「『彼』かい?」
「いや、どこぞの軍人の倅だ。頭が回るんで俺の想定したタイミングより早く事件解決の糸口を見つけちまった。悪気があるわけではないんだろうが、今回ばかりは文句を言いたい」
「おかげで鶴宮さんの計画は総崩れ……その間に、敵はまんまと逃げおおせたみたいだね」
《社長》は顔をあげる。
その顔は普段の薄笑いから能面のようなものへと変貌していた。
「鶴宮さんの計画に茶々を入れられるとなると……『奴』で間違いないかな?」
「九分九厘な。ようやっと尻尾を掴みかけたんだがな……」
「まあ、これではっきりしたでしょ。『奴』はどうあっても私を殺したいらしい。しかもその鍵になる人間があの学校にいることまで突き止めてる。今回の一件の本当の標的は私だったみたいだね。未来への布石はしっかり打ったみたいだし」
鶴宮は、姿の見えない相手を脳裏に描く。
「《未来を知っている》相手に、勝ち目はあるのかねぇ」
◆◆◆
「よー、優哉……浮かない顔だな」
「おう太一。ちょっと昨日眠れなくてな……」
秋山さんのノートは焼却処分されたらしい。
二瓶さんは怒り狂って彼女を退学させようとしたらしいが、それに「待った」をかけた人物がいた。
二瓶さんの母親である。
娘のプライバシーを侵害されたのだから、怒るのが普通だと思っていた。
ところが、処分前のノートを見た母親は事実関係を確認すると秋山さんにではなく、娘に怒りの矛先が向いた。
「学舎でこのような不埒なことをするとは何事か!」
みたいなことを延々と説教されたらしい。
「私がおまえの交際を許したのは、節度のあるお付き合いをすると約束したからです。太一くんがそれを守っているのにおまえが破ってどうするの! 覗いた子も悪いけど、覗かれて困るようなことをするような子に育てた覚えなはい!」
ひどくお冠だったそうだ。
最終的に、秋山さんには「二瓶家による保護観察処分」が下った。
「太一の方は、何が書いてあったんだ?」
「『料理にすごい時間かける』とか、『祖父が除籍処分』みたいのだな。けど、よく考えれば、あれは表に出てる情報だしなぁ」
太一はまだ冷静というか、調べられて困るようなことはしていないらしい。
問題は二瓶さんだ。
「この間もそうだったけど、二瓶さんって時々行動が怖いよな」
「そうか?」
「いくらなんでも首にキスマークはまずいだろう? オープンに付き合えるようになったんだから、多少の自重は覚えろよ」
「ああ……そうだな、気を付けるよ。ところでさ」
太一は鞄からプリントを出した。
「体育祭、何に出る?」
次回より新章スタートです。




