どんな世界にもルールがある。
この話に入る前に、この世界の歴史を説明しておかねばならない。
《異能力》の発端は、第二次世界大戦にまで遡る。
戦局末期の1945年。大日本帝国陸軍に、ある人物が訪れる。
その人物は、手にしていた鞄から、錠剤をひとつ取り出した。
「この薬があれば、日本はこの状況をひっくり返せる」
突拍子のない唐突な話。
しかし、絶望的な未来を変えたい一心の軍は、その胡散臭い話に飛び付いた。
それから数日後、全国の日本人が、その薬を飲むことになる。
その結果。
《異能力》を発現したのは人数にして、わずか10人。
しかし、それだけで日本のみならず世界の歴史は大きく変わる。
結果だけ見れば日本は戦争に負ける。
歴史が変わる瞬間は日本の降伏宣言前の、9月2日。
その10人が世界に散った。
彼ら彼女らは当時の科学を圧倒的な力で蹂躙した。
未知の驚異に世界が震え上がった。〈未知〉が、目の前で暴れている。
たった一人が、数千を相手に大健闘。しかも、こちらは素手。あちらは武装済み。
そして、日本は宣言した。
「我が国には、これと同格の強さを持つものが、まだ数万人いる」
無論ハッタリである。
しかし、その力に恐怖した世界は、日本が同時に出した「交渉がしたい」という要求を呑んだ。
そして現在に至る。
日本は植民地を手放し、財閥を解体した。
だが、一つだけ。
軍だけは、名前を変えて残った。
それが、〈日本軍〉。
内部構造そのものにも改変を加え、法整備を整え、権力の暴走を食い止める。
それだけのことをしてまで日本は残したかった。
自分達だけが持つ、優越感を。
◆◆◆
「鶴宮さん! 大変です!」
日本軍・〈異能力テロ対策部隊〉。
そこのトップが、当時の彼のポジションである。
入ってきたのは、若い女性の将校。
「どうした松村くん? えらく焦っているようだが」
新人将校は息を切らしながら、入り口から机まで走ってくる。
「〈提携先〉からなんですが」
その単語に彼は眉をひそめる。
「どうした?」
「秘書の方が言うには『社長』が、姿を消したと」
「……ほう」
鶴宮は眉間にシワを寄せた。
「それはまたどうして?」
「なんでも、『犯罪者集団が動き出す』と言っていたとか」
「最近、〈銀狼の会〉を潰したばかりじゃないか。新手の連中か?」
彼の仕事は、〈異能力テロ〉を専門に、できる限りそれを未然に防ぐことである。
「あれが動いたなら、こちらも動かざるを得ない。他になにか情報は?」
「それが、『下戸な先生に気を付けろ』と言っていたそうで」
新人の彼女に、その言葉の真意を理解しろと言うほうが無理だろう。
だが、鶴宮には、それで十分だった。
4月7日。
午前7時半。
「全国の特別能力者学校に連絡! 今すぐ入学式を中止しろ!」
◆◆◆
そんなこんなで、入学式まではあっという間に過ぎていった。
結局、あの先輩たちは警察に引き渡された。
婦女暴行未遂で、刑務所に送られるらしい。未成年でも、能力者はそれだけ危険視されているのだ。
寮にも徐々に人が増え、前日にもなるとさすがに満室になっていた。
その日の夜。
「そういえば、優哉、朗報があるぞ」
今日の夕飯は、少し冷え込んだという理由から、シチューだった。
これがまた美味なのだ。
ほくほくとしたジャガイモ、甘いニンジン。野菜ってこんなに旨かったっけ?
「聞いてるか?」
「え、なんだっけ?」
「俺たち、同じクラスだった」
「マジで!?」
小躍りしたくなったが、ふと思った。
クラスはまだ発表されていないはずでは?
「優香の親父さんが手を回して、急遽おまえを、俺と優香のいるクラスに替えたらしい……。あいつ、おまえが秘密を知ってること、喋っちゃったんだ。ごめん」
……素直に喜べねー。
◆◆◆
そして、入学式当日。
俺たちのクラスは1組だった。
俺と太一は普通に接していたが、二瓶さんだけは、少し距離をとっていた。まあ、仕方あるまい。
席順は、なんと最悪なことに一番前。しかし、隣が太一だったので良かった。
他にも何人かと自己紹介をしていると、前の扉が開け放たれた。
「おはよう諸君! 俺が、君たちの担任の渡辺だ! 席につきなさい!」
いかにも体育系。野太い声と、妙に高いテンション。
俺が職員室に転がり込んだときには、いなかったような気がするが——
「ん!? まだ来てない生徒がいるのか!?」
ちなみに言っておくと、チャイムはまだ鳴っていない。
「初日から遅刻とはいい度胸だなあ!」
朗らかな顔と声で、冤罪を作り上げていた。
なんだろう。この人からは、言葉では言い表せない気持ち悪さを感じた。
結局、遅刻した生徒は現れなかった。
そのまま、時計の針は入学式の始まる時間を示す。
校内放送が流れ、隣のクラスの人がぞろぞろと移動する。
が、担任は動かない。
「先生? 入学式始まりますよ?」
太一が質問したが、全くの無反応。
それどころか
「君たちは、この国の制度をどう思う?」
いきなりなんだ?
「君たちは〈無能力者〉をどう思う?」
文字通り、「能力を持たない人間」。今の日本も半分以上はそうだ。
たがこの単語を聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。
現在では、〈非能力者〉という呼び方が一般的である。
〈無能力者〉という名前はこの世界では放送禁止用語にあたる。
この呼び方を、「能力を持たない人間を人間とは思わない」連中がよく使っていたことに由来する。
それを、あえて使ったということは。
「なぜ、無力なやつらのために、自分達の力を奴隷のように使わなければならない?」
この先生は、〈能力至上主義者〉だ。
能力を持つ人間が、そうでない人を支配、管理すべきと考える人たち。
厄介なのが担任になってしまった。
それにしても、なぜこのタイミングで話始めたのだろう。
入学式が始まりそうなのに。
「同士諸君なら、今の法律がいかに我々能力者にとって束縛となるか、知っているだろう?」
当たり前だ。
異能力は、簡単に人を殺せるほどの力を持つのだ。
規制がなければ、今ごろ日本は無法地帯なんてものではない。
ところが、そんなことは眼中にもない様子で。
「この国の教育は間違っている。だから、ここで革命を起こそうじゃないか!」
この痛いおっさんはなに言っているんだ? という空気が流れる。
だが、担任は一人で演説を続ける。
「今日、我ら能力者の奴隷時代は終わる!」
◆◆◆
「こっちもヒットです! これで45件目ですよ!?」
〈異能力テロ対策部隊〉は、今年一番の大忙しだった。
総員で、全国にある学校に連絡を取ると、学校のセキュリティシステムへのクラッキングが判明した。
そして、どの学校も。
「1クラスだけ、入学式に出ていない……!!!」
入学式とは、学校のほぼ全員が一ヶ所に集まるイベントだ。
一つ欠けていれば、不自然極まりないのだが。
この世界にはその不自然を、自然に変える能力も当然あるのだ。
「間違いない。《認知操作》か、それに近い能力者がいる! それと、いないクラスの担任、そいつらは殺すな! 黒幕がいる!」
鶴宮が叫ぶ。
警察や軍の他の部署など、様々なところに協力を仰いだ。
だが、完全に後手に回っている。
この状況を打破できるとすれば。
「頼んだぞ……!」
ちょっと長かったので区切りました。
次回は明日に投稿します。
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